第6話:初めての戦闘
どもどもべべでございます!
……その、すみません……相当に遅れてしまいました。
いやぁ、その……ね? ほら……あれだよ……TRPGに夢中になってました。
すんませんっしたぁぁ!
彼の叫びは正当なものであろう。
自分たちでは何も出来ぬと、身の丈にあった主張であったろう。
「「…………」」
だから、何も言えなかった。2人もまた、察したのだ。
空元気だろうと強がりだろうと、何もかもをぶった切った「真実」という名の重しが、冒険者モドキの肩にのしかかる。
「…………(スクッ)」
ただ、一人を除いては。
「『あらくれ』、さん?」
「…………(なでなで)」
無骨の極みと言えそうな腕で、少年の頭を撫でた『あらくれ』は、後の2人を振り返る。
一度だけ、小さくうなずき……茂みから、一歩。
「ちょっ、『あらくれ』さんってば!」
「『めがね』っ、ちょ、落ち着きなさい!」
助けに行くつもりなのか?
そう思い、慌てて止めようとする『めがね』だが、『ばくし』に静止されては動けない。
しかし、その一瞬の硬直が彼らを救う。
「ギキキィィ!!」
「「っ!?」」
茂みの側、わずかに西。そこから、もう1匹の小鬼が走ってきていたのだ。
小鬼は、『あらくれ』を目視した瞬間に小躍りし、得物を抜く。
「…………(ダッシュ)」
それを確認した『あらくれ』は、まっすぐに馬車の元まで走って行く。
彼を追う、小鬼を引き連れて。
「ま、まさか……」
「気づいて、いたんですよ~。きっと、『あらくれ』さん~」
「あの見張り……なのかしら? アイツに気づいて、私達が見つからないように、ワザト……?」
だとするならば、なんという事であろう。
彼は、この3人を逃がそうとしたという事になる。
己が身を危険に晒してまで。
「…………っ!」
ここにきて、こみ上げる。『めがね』の途方もない感情。
恐怖? 否。
悔恨? 否!
それは、まさしく「怒り」であった。
「『ばくし』さん、『けもなー』さん……」
「ん、言わなくていいわよ。『めがね』」
「はい~」
前方を走る巨大な背中を見つめ、3人はうなずき合う。
行動を起こすなら、今だ。
◆ ◆ ◆
「チッ、流石に……だめか……!」
兄貴と呼ばれていた男性冒険者は、歯を食いしばって剣を振るう。
その一刀は的確に小鬼の持つ武器を弾き、後方に飛ばしていった。
「ケヒィ!?」
「おらぁ!」
返す刀でもう一振り。
瞬間に血しぶきが上がり、もんどり打って子鬼が倒れる。
「ギャアアアアアアアア!?」
そう、この男とてランクEの冒険者。
小鬼を倒したことだって、何度かあるのだ。
「キギィィ!!」
「ヒャハァァ!!」
「チッ!」
だが、それは1対1での話。
3体の内、1体を倒したところで、もう2体が襲いかかってくる。
手入れもなにもされてない粗悪な刀身が、彼の肌を傷つけていく。
切れ味はない。しかし、鎧の上から響く衝撃や、切り傷から入り込む錆という名の毒が、後々の彼のスタミナを奪っていく。
「『けびん』の奴は、何してやがる……!」
2体にまで減って、ようやく拮抗。
このままでは、彼の健闘も時間の問題である。
「ちょっ、アンタ! 何して……!」
「すまねぇな! 命あってのモノダネでさぁ!」
「ま、待って! 見捨てないでぇぇぇ!」
そんな彼に届けられた通知は、最悪なものであった。
おそらく……否、間違いない。
あの馬鹿は、自分たちを置いて逃げ出したらしい。
「……ここまでか」
元々、借金の末に堕ちた道。いつかは無残に死ぬるもの。
そう考えていた男の諦めは、存外あっさりとしたものであった。
しいて言うならば、こんな薄汚い連中に殺されるのが心外だという点が心残りであろうか。
「ゲキャァァァアア!!」
「キャホォォォ!!」
子鬼が、大きく振りかぶって飛びかかってくる。
傷だらけの体では、一刀は防げても片方は無理だ。
もはやこれまで。男は、最後っ屁で片方にカウンターを食らわせる。
「ケペッ」
脳天に剣先を埋め込まれ、小鬼1匹が絶命する。
しかし、その間の一振りが、男に迫っていた。
小さく目を閉じ、来るべき痛みに全身を強張らせる。
「ギャベェ!?」
しかし、彼に届いたのは命刈り取る激痛ではない。
無様に響く、子鬼の悲鳴であった。
「なん……?」
「…………(ぶらぶら)」
男の眼の前にいたのは、覆面の巨漢。
振り抜いた腕を引き寄せ、殴った感触を振り払うように手をぶらつかせている。
「あ、あんた……!」
「キャホォォォ!!」
男が何か言う前に、巨漢の背後から声が響いた。同時に、巨漢がよろめく。
視線を向ければ、新手の小鬼。どうやら、やつらは見張り込で4体いたらしい。
巨漢の背中をナイフで切り裂き、へらへらと笑っているではないか。
「…………っ(ぶぉん!)」
「ヒィィ!? ケヒッ、ケヒヒッ」
巨漢がダメージを受けながら腕を薙ぐ。しかし、大振りな一撃はかわされた。
馬鹿にするように笑いながら距離を取る子鬼。その反対側では、殴られ吹き飛ばされた子鬼が復帰して武器を構えていた。
「っ、すまねぇ。助けられたな」
「…………(サムズアップ)」
男は思い出す。この巨漢は自分たちがあの時スカウトした男であると。
たしか、【バーバリアン】を持っていた筈だ。それゆえに、全身の防御力が鎧並に硬いのである。
まだ武器も買えない新米冒険者だったはずだが、事ここにおいては心強いことこの上ない。
「だが、アンタの力じゃ……まだコイツラには及ばねぇと思うぜ? 見てたんなら、なんで逃げなかった」
「…………」
「だんまりかい」
もちろん、この巨漢にも理由があったのだろう。しかし、このままでは死体が一つ増えるだけだ。
不意打ちこそ成功したものの、小鬼は本来、駆け出しが相手にしていい存在ではないのである。
「キェェェェイ!」
「ヒャアアアアアア!!」
小鬼が同時に攻めてくる。
ダメージを受け、なおかつ攻め手に欠ける巨漢では防御に回る他ない。
男も、先ほどのカウンターができればいいのだが……何度も使えるものではない。
助太刀が増えても、数が変わらなければどうにもならないのだ。
そう、助太刀が、「1人」ならば。
「――――を纏て、刃と化せ……<ウインドスラッシュ>』!」
突如響いた、呪文の詠唱。同時に、一迅の風が舞い上がる。
その風は即座に刃と化し、片方の小鬼を傷つけた。
「ンギィ!?」
「あ~、やっぱりそんなに効いてないです~」
「それでいいです! 限界までうち続けてください!」
「は~い。んと、『この世界にそよぐ一迅の運び手よ――――』」
声は、巨漢が走り込んできた方向と同じ位置から響いてきた。
「…………!?(困惑)」
「『あらくれ』さん! お説教は後です! 今はとにかく相手を抑え込んでください!」
後方には、金髪の女性が。
その脇を抜けるように、メガネの少年が走りこんでくる。
武器も、防具もない、新米以下の冒険者。
彼らの初戦闘は、なんとも危なっかしい綱渡りから始まった。