第1話:冒険者ってこんなの
どもどもべべでございます!
連続投稿致しましたので、1つ前のプロローグからお読みくださいませ~
時は遡り、少年の運命が決まった瞬間に視点は移る。
商業と研究の町、リネンスタ。
商談と爆音が1日の大半を占めると大袈裟に語られる、活気ある町だ。
この王国内においては、王都から2つ程離れた場所に位置しており、その立地故に人の足が絶えない。結果として商業が潤い、規模の大きい重要な場所となっている。
そんなリネンスタの、研究所区画にある一軒家にて。
光の差さない薄暗い部屋の中に、重苦しい空気が流れていた。
そこにいる人物は、2名。
1人は、読者諸君が未来を覗いた時に目視できたであろう少年だ。
栗色の髪、大きなメガネ。
前髪は長く、その目元をメガネごと隠さんとしているかのように顔半分を覆っている。
着込んでいるのは、かつては「白衣」と呼ばれていたであろう衣服だ。しかし、純白であったそれは大きく変色し、なんのシミか汚れかわからない程にまでなっている。
サイズは合っておらず、ぶかぶか。まるで大人のものをお古で頂いたかのようだ。
少年は、その白衣の袖で口元を抑え、テーブルを挟んで座っている人物と、テーブルの上の書類を交互に見ている。
その落ち着かない様子に、目の前の人物……ややデコの広めな小太りの男性は、憐れみすら籠もった視線を返す。
「……そろそろ、時間なわけ」
「え、あ、あの……スモーキンさん……」
「……凄く、残念なわけ」
スモーキンと呼ばれた男性が、ため息をつく。
少年が「ひうっ」と息を漏らすと……その瞬間に、事態が動いた。
2人の見ていた書類が、いきなり発火したのだ。
青い炎を纏わせ、書類はみるみる燃えていく。
不思議な事に、テーブルには一切の焦げ跡もつかない……が、少年はそんな事も気にする事ができないでいた。
「あ、あぁ、ぁぁぁ……!」
「……時間切れなわけ。悪いけど……君のご両親は、借金を返せず夜逃げした、と判断させてもらうわけ。契約は不履行。よって、保証人である君の身元は、うちで預からせてもらうわけ」
スモーキンが小さく腹を撫でる。
「君のご両親は立派な錬金術師だと思ってたんだけど……まさか、息子を売るような下衆だとは思わなかったわけ……」
「ま、まってくださいスモーキンさんっ、い、今、僕が個人的に作っている薬品が出来上がれば、きっと借金もお返しできます! だから……!」
「その研究ね……確かに実用的だし、実現不可能な突拍子のない話じゃないわけ。君の誠実さは知ってるし、待ってあげたいとも思うわけ」
「お、お願いします!」
少年が地面に頭を擦り付ける。
たとえ世界が違えども、土下座が最高の謝罪ツール足り得ることに変わりはないらしい。
しかし、スモーキンの表情こそ痛ましいものだが、事態は好転しない。
「けど、もう君に出資してくれる所はないと思うわけ。あの書類は燃えた後、その魔力の残滓が各都市の商人ギルドにある「ブラックリスト」まで届くわけ。つまり……君の一族は、借金を返し終わるまで信頼の置かれない立ち場になったわけ」
「そ、そんなぁ……」
「こればっかりは、書類にサインしたご両親を恨んでほしいわけ。うちも慈善事業じゃないわけ」
少年は、町でも有数の「錬金術師」を親に持っていた。
本人もその素質があり、何よりも、薬品の研究を好んでいた。
人々の生活と健康を守る薬を作る。それが少年の夢であった。
しかし、その夢は脆くも崩れ去る。
発覚した、両親の借金。
見に覚えのない、保証人の欄にある自分の名前。
なまじ腕の良い両親が、錬金術の妙技により無駄に完璧に偽装された魔力契約書を作り出した結果、問題なく受理されてしまっていたのだと後から知った。
これには金貸しのスモーキンも激怒したが、後の祭り。
両親は雲隠れし、即座に指名手配となった。そして残ったのが……多額の借金を押し付けられた、未来あるはずだった少年である。
「……かける言葉もないわけ。けど、うちらも貸した分返してもらわないと部下を食わせられないわけ。……お互い騙されたからといって、手と手を取り合って生きて行こうじゃぁ、人生通らないわけ」
「うぅ……」
「だから……これから君には、その体で借金を払って行ってもらうわけ」
ビクッと、少年が震える。白衣の中で体を更に縮こませ、必死に存在を消そうとしているかのようだ。
目元こそ見えないが、その輪郭から整っていると判断できる顔を緊張でこわばらせる。
先日まで栄養面でも問題なかった故に、程よく肉付いた太ももをこすり合わせ、ふるりと下腹を震わせながら、彼はスモーキンを見上げた。
頬を赤らめつつ、薄いがピンク色で艶やかな唇を開き、変声期突入前の声色で語りかける。
「あ、あの……その……体でって……その……」
「……そっち系がいいわけ?」
「い、い、い、いいえ!」
「そう、需要ありそうだけど。嫌ならいいわけ」
勝手になにか勘違いしていた少年の、真っ赤な顔を見てため息つきつつ、スモーキンは手元のカバンから書類を一枚取り出す。
「君にはこれから、冒険者として人権を登録しなおしてもらうわけ。身元は「スモーキン金融」に預けてもらうわけ。そうしないと君を社会的に守れないわけ」
「へぁっ? ぼ、冒険者ですか!?」
「そう、冒険者なわけ。君がくれば、丁度メンバーが揃うパーティーがあるわけだけど、君にはそこでお金を稼いでもらうわけ」
その書類には……確かに、「冒険者志願」と書かれていた。
◆ ◆ ◆
この世界は、様々な危険が存在する。
並み居るモンスター、ランダムに出現するダンジョンなど、数えればキリがない。
しかし、人類はそのリスクの中からリターンを見出し、それを糧にする力を得るに至った。
それこそが、登録した冒険者を兵隊に使うという手法である。
「はい、ではよろしいでしょうかー?」
「は、はい……!」
冒険者ギルド、リネンスタ支部。
様々な人物で賑わうこの空間の、受付にて。少年は、背筋を伸ばして固まっていた。
受付のお姉さんは、ニコニコと笑いながら対応してくれている。しかしいかんせん、場所が場所だけにその程度で緊張はほぐれない。
「冒険者登録は以上で終了となります。今回は「人権構築」でのご契約となりますので、お客様の名前も一度戸籍から削除させていただきましたー」
「ふぇ!?」
「身元引受人の方が、後ほど新規のお名前をつけてくださると思いますので、その名前をこちらのカードに魔力記入なさってくださいねー」
「は、はひ……」
冒険者として登録した者の中でも、借金などで人生を棒に振った者は、こうして「人権構築」なる契約を行う。
これは文字通り、人生を1からやり直すためのものであり、大体の冒険者はこの契約内容で誕生する。
「えー、では注意事項です。冒険者となった貴方は、適正のあった「クラス」が2つ、カードに記入されているはずです。そして、身体能力などが数字として、「データ」表示されていますね?」
「は、はい……」
「その「クラス」の中にある「スキル」は、今後自分の手でポイントを使い取得でき、才能を伸ばしていけます! すごいですねー。……でも、落とし穴があります!」
お姉さんはまるで紙芝居を読むように、丁寧に少年に説明していく。
少年にとっては人生を左右する授業だけに、聞きそびれは許されないためそんなのほほんと言われても困るのだが。
「貴方の人生をデータ化したことにより、貴方の才能は一本道となってしまいました。つまり、貴方が他の何かを目指す際に、非情に覚えが悪くなったり、効率的になれなかったりしますー。人生の半分損してますよねー」
「……あ、う……」
「本当なら、こんな損しかない契約しない方がいいんですけどー。お金に困った人たちが早めに儲かる為には、何かに突出した能力を身につけて、命を賭けるしかないんですよねー。頑張ってくださいねっ?」
天使のような悪魔の笑顔とは、まさにこのことだろう。
つまり少年の人生は、この契約を遂行するまでの間、ただ危険を冒して金を稼ぐ人生に固定されたわけだ。
なんという非情な措置であろう。
「まー、そんな貴方を活かすも殺すも契約者様次第ということでー? 後は契約者様に名前を貰ってから、またここに来てくださいねー。お仕事斡旋してあげますよー」
「あ、ありがとうございました……」
「あはは、この仕事しててお礼言われるなんて珍しい体験しました! 今後少し優先してあげましょうかねー」
そんなお姉さんの笑顔に見送られ、少年はギルドを後にする。
手に握られているのは、少年の人生が記入された、冒険者カード。
「あぁ……僕はこの先の人生、このデータに縛られて生きるのか……」
そう、少年の未来は狭まった。
これから先、もう少年は、夢の薬を作って人々を病から救うことも出来ない。
大好きだった錬金術を、続けていくことも出来ないのだ。
それは、このカードに記された「クラス」に縛られるから。まさに、少年にとっては呪いのようなものである。
恨めしげな雰囲気を漂わせ、少年はカードを見る。
そこには………こんな名称が、記入してあった。
メインクラス:『アルケミスト』
サブクラス:『ドクトル』
「……研究、出来るんじゃないかしら……!?」
少年は、割と大当たりを引いたようであった。
『アルケミスト』:錬金術を扱えるようになるクラス。
『ドクトル』:医学や薬学に長けた回復職。
いずれも、少年には嬉しいクラスだったもようです(笑)