声劇台本『路傍のクロ』
登場人物 男3:女1:不問3 上演時間 約40分
翔介 高校2年生 ♂
浩平 高校2年生 軽い ♂
小翔介 小学2年生 真面目 不問
小浩平 小学2年生 快活 不問
父 今は亡き翔介の父 ♂
母 翔介の母、台詞が少ないので他と兼役可 ♀
クロ 翔介たちが拾った黒猫 不問
黒猫 クロと兼ね役
猫の鳴き声 クロと兼ね役
**********
浩平:あっちー…もう夕方だってのに…
翔介:そうだねー…制汗剤使う?
浩平:いらね、翔の使うやつ臭いんだもん
翔介:ええー、いい匂いなのに
…なんか天気予報じゃ今夜は熱帯夜らしいよ
浩平:うわ、最悪
浩平:なあ翔…
翔介:ん?何?
浩平:近いうちさ、お前ん家行って良いか?
翔介:え?どうしたの急に?
浩平:いや、そろそろだろ、おじさんの…
翔介:ああそっか…もうそんな時期か。忘れてた
浩平:バッカ!忘れちゃダメだろ!…お線香あげさせてくれ…
翔介:うん、わかった…
浩平:…
翔介:…ねえ、浩。浩は進路決めた?やっぱり実家の後継ぐの?
浩平:おん?決めてないし、継ぐかどうかもまだ
これからのことなんて皆目見当がつかねえよ。そっちは?
翔介:僕もさっぱりだよ。でも早く決めないとな
浩平:翔は真面目だな
翔介:え?そうかな?
浩平:だって、俺たちまだ高校2年生だぜ?たった17年しか生きてないってのに、そんな先の、それも重大な事すぐ決められるかっての!
俺にとっては、先のことよりこの夏休みをどう充実したものにするかが大事だな!たははは!
翔介:ははは、浩らしいや。僕もそれくらいドーンと構えられたらな
浩平:何言ってんだ?俺よか翔の方が肝座ってるだろ!
翔介:そう?
浩平:そうだよ。ほら、この前皆で遊園地のお化け屋敷行ったときとか、お前一人だけヘラヘラしてたし
翔介:それは、あんまり怖くなかったし、むしろ可愛かったから
浩平:かわっ!?嘘だろおい…俺には翔の感性が分からない。…後は、電車で痴漢を捕まえた時とか
翔介:あの時は体が勝手に動いてたから、あんまり良く覚えてないなぁ
浩平:そういうことをサラッとやってのけるとこだよ
翔介:そうかな。後は?ある?
浩平:後は…クロを助けた時だって…
翔介:ああ…
翔介:必死だったからね
浩平:俺はあの時、ビビって体が動かなかったんだ。パニクってもおかしく無いってのにお前はテキパキ動いてて…
ああ、俺は翔みたいになりたいなって思ったんだぜ
翔介:そか
浩平:…クロ、元気にしてっかなー?
翔介:…きっと、元気だよ
浩平:ああ
翔介:…にしても、今日はやけに上げるじゃん。何か裏があるよね?
浩平:え!?いや、そんな、あははは
翔介:んー目が泳いでるぞー?
浩平:その…アイス、もう一本奢ってください!!
翔介:うわーがめつい。ここまで来ると最早清々しいね
浩平:おーねーがーいーだーよー!給料入ったらちゃんと返すからさー!
翔介:駄々っ子みたいに言わないの。いくら?
浩平:140円!
翔介:はい
浩平:サンキュー!じゃ、ちょっくら買って来る!
翔介:行ってらっしゃーい。もう調子いいんだから
翔介:…そういえば、クロと初めて会ったのもこんな…
【SE 鈴の音】
翔介:え…?
黒猫:なーごー
翔介:ッ!?待って!
*****
【場面転換 10年前】
翔介M:こんな茹だるような暑さが残る夕暮れだった
夕日が当たり黄金色に輝く入道雲を横目に、僕たちは帰路を急いでいた
小学2年生の夏休みを迎えた僕たちは、学校の裏山へ蝉取りに出かけていた
時刻は5時半、帰宅のチャイムがスピーカーから流れた
小翔M:その時だ、劈くような猫の鳴き声と車のブレーキ音が響き渡った
小浩:なんだ今の音!?
小翔:なんだろう?行ってみよう!
小浩:は?おい、翔!待てって!おい!
小翔:不謹慎なんだろが、普段の夏休みとは違った胸の高まりを、僕は抑えることができなかった…そこで目にしたものは、焼けたゴムの臭いを放つブレーキ痕と、ぐったりと横たわる黒猫の姿だった
小浩:跳ねられたのか…?車はもういないようだけど…
小翔:生きてるかな?
小浩:え!?おい、猫なんか放っておいてもう帰ろうぜーー
小翔:浩!
小浩:なに?
小翔:猫生きてるっぽい!!
小浩:それは良かった。って、俺の話聞いてたか?
小翔:ごめん全然聞いてなかった!
小浩:聞けよ!!
小翔:急いで病院連れて行こう!
小浩:わ、わかった。俺ん家一階が動物病院だから
小翔:よし、急ごう!
小翔M:これがクロと僕たちの出会いだった
急いで浩平の家の動物病院へ行き猫を診てもらった。どうやら打ち所が良かったようで、大した怪我は無く回復も早かった
当初は浩平の家で猫を引き取る筈だったが…
小浩:翔、あのさ…あの猫、お前ん家で飼えないか?
小翔:え?どうして?浩ん家動物病院じゃん、そっちの方が猫にも良いんじゃーー
小浩:いや俺、猫…嫌いだからさ
小翔:え!?そうなの?初めて聞いたけど…
小浩:そうなの!だから…その、頼めないか?
小翔:わかった、母さんに聞いみるよ!
小浩:サンキュー、翔!持つべきものは友だな!
小翔:でもあんまり期待しないでよ
小浩:分かってる分かってる!
小翔M:といった経緯でうちで引き取ることになった黒猫、僕はこの黒猫をクロと名付けた。だって黒いから。初め、クロは警戒して近付こうとはしなかったが、少しずつ心を開いてくれたのだろうか、次第に触らせてくれるようになった
小翔:ただいまー!
小浩:おっ邪魔っしまーっす!
母:おかえりー!あらー浩平君じゃない、いらっしゃい!熱かったでしょう?今麦茶入れるから
小浩:ありがとうございます!あとこれ、お菓子です!
母:まあ、こんなに!ありがとう。あ、翔介ー!お父さんにただいましたのー?
小翔:まだ
【SE お凛の音】
小翔M:仏壇の前に座り、何度合わせたか分からない手を合わせる
最近は父さんの写真を見ても泣かなくなった。時々、親子の仲睦まじく遊ぶ姿を見かけると辛くなってしまうことがあるが
きっともう、大丈夫だ
小浩:おじさん…お邪魔してます
小翔:ただいま、父さん…
小浩:おーしクロー元気だったかー?
クロ:なごー
小翔:…あれ?浩、猫嫌いなんじゃなかったっけ?
小浩:あ!…いや俺はーほら動物病院の跡取りとしてだなーー
クロ:なーご
小浩:ぁあっ!クロは可愛いなぁよしよしー
小翔:全然猫嫌いじゃないじゃん
小浩:おん?なんか言ったか?
小翔:別にー
小翔:…浩、あのさ
小浩:んあ?どした?おークロ良い子だねー
小翔:猫ってさ、人間に見えないものが見えたりするって本当?
小浩:へ?
小翔:いや、よく誰もいないところに向かって鳴いたり、仏壇の前に座ってじっとしてるからさ、幽霊でも見えてるんじゃないかって、ちょっと怖くなって
小浩:んな訳ないだろー!幽霊なんているわけないじゃん、翔は怖がりだなぁ
きっと虫が飛んでたとか、偶然その場所が居心地良かったとか、そんなんじゃないか?知らねえけど
小翔:そんな適当な…
小浩:しかし、随分と慣れたな。初めは近寄るとシャーって怒ってばかりだったもんな!
クロ:なーごー
小浩:そうかそうかークロ、そうだよなー
小翔:え?浩はクロの言ってること分かるの?
小浩:いんや、全然
小翔:なんだよ、ちょっと期待したじゃんかー
小浩:悪い悪い。…でも、本当に動物の言ってることが分かったらどれだけ良いだろうな
小翔:どうして?
小浩:え?いや、だってさ…きっとこいつらだって何かを伝えたいんじゃないか?
もし、お別れを伝えようと喋ってるのに伝わらなかったら…きっと寂しいだろうなって、俺は分かってやりたい…分かったら、きっと違ったのかなって…
小翔:違ったって、どういうこと?
小浩:へへっ、教えてやんねーっ!
クロ:なごー
小翔:何だよそれ
小翔M:意外だった。浩があんなにクロと仲良くなるなんて思ってもいなかった。猫が嫌いと言っていたが、きっと訳があるのだろう
それからも浩平は何かとクロを気にかけて、猫用のペット用品を持って来てくれた。だが、浩はいつも決まってーー
小浩:親父がさ、あの時の黒猫はどうなったってうるさくてさ
翔くんのところへあれを持って行けーこれを持って行けーって!だからほら、やるよ
小翔:でもこんなにタダで貰うのは悪いし
小浩:いいから!貰っとけ!
小翔:わ、分かったよ。素直じゃないな(小声)
小浩:んあ?なんか言ったか?
小翔:ううん、別に
小翔M:それから月日はたち…光陰矢の如し…とまではいかないが、クロが来てから1年が過ぎようとしていた。僕たちは学年が1つ上がり小学3年生に。勉強も少し難しくなり、遊んでばかりではいられなくなってしまった。もちろん…夏休みの宿題もドッサリ出た…
小翔:さて
小浩:んあ?
小翔:夏休み始まって間もないですが、早速、宿題を終わらせようと思う!
小浩:おお!翔、偉い!
小翔:もっとほめたまへ
小浩:流石だ!偉いぞ翔!
小翔:ふふん、さあ、浩も一緒に宿題終わらせよう!
小浩:…へ?俺も?
小翔:いや「…へ?俺も?」じゃないよ
小浩:嫌だ!俺は夏休みの宿題は最後にやるんだ!折角の夏休みだぜ、遊び尽くさなきゃ損だろ!損!
小翔:えー、早めに終わらせた方が絶対気が楽だよ
小浩:なに言ってんだ、翔!小学三年生の夏休みは今この時しか無いんだ!
100歳まで生きるとしても、100回しか夏を迎えられし、夏休みはそれよりもっと少ないんだぜ?大人になったら夏休みは無くなるって聞くぜ?
だったらこんな貴重な夏休みを勉強に使って良いのだろうか?否!断じて否!
今を逃しちゃ勿体ねえって!クロだってそう思うよな?
小翔:浩、難しい言葉知ってるね…
クロ:なごー
小浩:ほーら、クロだってそうだぞ!って言ってる
小翔:クロはそんなこと言いませんー!だよねクロ!
クロ:なーごー
小翔:はぁ、こういう時、クロが伝えたいことが分かったらなってものすごく感じるよ
小浩:だろう?
小翔:うん。ねえクロ。クロとお話ししたいよ
クロ:なーご
小翔:クロもお話したいよね?
クロ:なーご
小翔:したくない?
クロ:なーご
小翔:どっち?
クロ:なーご
小翔:なーご
クロ:なーご
小浩:意思疎通できてっか全然わからんな!てか宿題終わらせるんだろ
小翔:そうだった!浩平もやる気になってくれた?
小浩:いや!全然!
小翔:おい!
小翔M:結局浩は宿題をやらなかった。帰り際に…
小浩:翔!宿題終わったら見せて!
小翔M:と言っていた…。絶対に見せてやらない!
小翔M:この日はやけにクロが外へ出たがっていた
小翔:ん?クロ、どうしたの?
クロ:なーご
小浩:どうしたんだ、ドアの前でそんなに鳴いて
クロ:なーごー
小翔:もしかして外に出たいのかな?
小浩:みたいだな
小翔:クロ、ちょっと待っててね
小翔M:戸を開けると、クロはゆっくりとした動きで外へ出る
この時、無性に寂しい気持ちになったのを覚えている
クロは、数メートル進むとこちらに振り返り一声「なごー」と鳴いた
クロM:付いて来い
小翔M:僕には何故だか、クロがそう言っているように聞こえた
小翔:浩!僕たちも行こう
小浩:え?ちょっと待てよー
小翔:早くしないと置いてくよ!
小浩:今行くって!置いてくなよー!
小翔M:先をクロが歩き、僕たちが後ろを歩く。宛ら導かれているようであった
学校とは反対方向の寂れた商店街を抜け、高架下を通る。民家の塀をよじ登り、落ちないように気を付けて歩いて行く。随分歩いたのだろう、隣町まできていたようだ。初めて訪れる街、初めて通る道、初めて見る風景、日常とはほんの少し違った冒険に、胸の高鳴りが止まらなかった
小翔M:気がつくと、いつしか人気の無い狭い道に入っていた
小翔:クロ!待って!
小翔M:民家に囲まれた狭い道は、人一人がやっと通れる広さだった
その道を一匹の黒猫が先導する
僕たちが遅れる度に、クロは振り返り足を止め、ただ一声「なごー」と鳴くのだ
クロM:全く人間はとろいな、早く付いて来い。
小翔M:そう言っているかのようだった
道を進むにつれて辺りは仄暗くなって行く
小浩:なあ、なんだか増えてないか?
小翔:え?何が?
小浩:猫…
小翔M:辺りを見回すと、軒から、塀の上から
何匹もの猫がこちらをジッと見ていた
小浩:なんだか少し怖いな…
クロ:安心しろ。別に取って食やしない、皆ここに来る人間が珍しいだけだ
小翔:えっ!?今の、浩の声?
小浩:ち、違うって!翔じゃないのか?
小翔:僕でもないよ!
小浩:じゃあいったい誰がーー
クロ:ここだ
小翔・小浩:…え?…ええええええええ!?
小浩:クロが、喋った…!
クロ:ん?何だ、猫が人間の言葉を喋っちゃ悪いか?人間なんてそこかしこにいるんだ、言葉だって自然と覚える
小浩:そ、そうなのか…
クロ:ああ、その辺にいる猫だってきっと喋るだろうさ。ん?どうした翔介?
小翔:…
小浩:翔…?
小翔:クロー!!喋れたんだね!じゃあ僕達の話してることも分かってたの?
クロ:ぬぬぬぅ!?ぐ、離せ!苦しい!死んでしまう
小浩:翔、嬉しいのは分かるが離してやれ、クロが白目剥いてんぞ
小翔:え?あああああ!!ごめん、クロ…嬉しくてつい
クロ:大丈夫だ今更もう気にせんよ
今までの話していることもちゃんと分かっていた
小翔:じゃあなんでずっと喋らなかったのさ?
クロ:決まりだからだ
小浩:それって猫のルールみたいなこと?
クロ:そうだ。他の人の目がある所でしゃべっている事がバレたら大変だろう?
だが時々、主人に「ごはん」と喋ってねだる猫もいるらしいが…
小浩:へ、へぇ…抜け目ない奴もいるんだな
クロ:ああ、引いたか?
小浩:いんや!何だか面白いなって思った
小翔:ねえねえクロ!クロは家で食べたご飯何が一番美味しかった?
クロ:そうだな…金のスプーンもまあ悪くなったが、時々くれたちくわが格別に美味かった!
小翔:ちくわ?
クロ:ああ!あの柔らかい食感、口に含んだ瞬間に広がる魚の味!
嗚呼、ちくわこそ至高!
小翔:そ、そうなんだ
クロ:翔介お前、今引いただろ?
小翔:そ、そんな、全然!これっぽっちも!
クロ:全く心外だ。あれほど美味いものはないというのにーー
小浩:なあクロ、俺たちはどこに向かっているんだ?
小翔:僕も気になった!
クロ:そういえば、言っていなかったな
小浩:教えてくれよー
クロ:まあそう急くな、着いてからのお楽しみだ
小翔M:さっきまで狭い道を歩いていたはずが、気付けば辺りの風景が変わっていた。どこまでも続く鳥居。どこかの神社だろうか?その奥の奥にポツンと佇む小さな社は、猫達に囲まれ賑やかではあるものの、どこか人が近づいてはいけないような、荘厳な雰囲気を纏っていた
小浩:…俺たち、ついさっきまで狭い道を通ってたはず…だよな?
小翔:う、うん…
クロ:さ、着いたぞ。ここだ
小翔:ここは?
クロ:俺たちは集会所と呼んでいる。…かねてから思っていた、助けてくれた恩返しがしたくてな。ここでなら、会わせられる
小浩:どいうこと?
クロ:まあ見ていろ…もう出て来ていいぞ!
父:…ぁ…えっと…
小翔:ッ!?
小浩:え!?もしかしておじさん?
父:ああ、久しぶりだね浩平くん
小翔:…
小浩:すっげええ!なあ、クロどんな技使ったんだよー!?
クロ:それは内緒だ
父:翔介…久しぶりだな。大きくなったなぁ!
昔はもっと小さかったのに…子供はすぐ大きくなるもんだな
小翔:…
父:もう夏休みだっけか?覚えてるか、夏休みに家族でキャンプに行ったのを
楽しかったなぁ!
小翔:…
父:今年の夏休みは母さんとどこか行くのか?爺ちゃんの家とか?
小翔:…
父:あ!子供だけで水場に行くのはプールだけにしておけ
川とか海は危ないから、大人が一緒にいないとな
小翔:…
父:学校はどうだ?楽しいか?
小翔:…
父:風邪、引いてないか?
小翔:…んだよ…
父:え…?
小翔:…何なんだよ…
父:翔介、父さんはーー
小翔:今更何なんだよ!!僕や母さんの苦労も知らないで、どれだけ大変だったか、どれだけ悲しかったか!!
父:翔介…
小翔:父さんが死んだ日から、母さんはいつも夜になると泣いてるんだよ!聞こえてくるんだ!それで、翔介、ごめんねって言うんだ。それを聞いたら、僕も父さんと一緒の頃を思い出して、涙が…止まらなくなって…。何で死んじゃったんだよ!!!何で帰って来ないんだよ!!!
父:…
小浩:翔…
小翔:もっと一緒に遊びたかった!もっと一緒にご飯食べたり!運動会見にきて欲しかった。勉強教えて欲しかった。家族揃っていろんなところへ行きたかった。もっと…もっと…。もっと、生きてて欲しかったよ!!お父さん!!!
父:…ごめん、ごめんな翔介。父さん死んじゃったよ…
父親らしいこと全然してやれなかったな。もっと一緒にいてやれば良かったな
本当にごめん、一緒にいられなくてごめんな
小翔:そんな父親らしいこととかいいから!そんなのいいから帰って来てよ
また一緒にいようよ!!
父:翔介…父さんも、もっと一緒にいたいよ
見てみたかったな…沢山のことを学び、多くの人と触れ合って、翔介がどんな大人になっていくのか。…でもな父さんはもう死んじゃってるんだ、生きてる人とは一緒にいられないんだよ
小翔:そんなことない!!父さん、帰ろう?母さんのところへ一緒に帰ろう?
父:それは出来ないんだよ翔介…悪いが母さんに伝えてくれないか?
小翔:…え?
父:…先に行って悪かった、愛していると
小翔:…そんなの自分で伝えればいいだろ…嫌だよ、また離れるのは
父:聞きなさい、翔介!…今見えているものは…幻なんだ、これは…夢だ
夢は覚めなくちゃ、そうだろ?
小翔:そんなことーー
クロ:そろそろだ…
父:…ああ分かった。浩平くん!
小浩:は、はい!
父:恥ずかしいところを見せてしまってすまなかったね。もしよければ、これからもウチの息子と仲良くしてやってくれ
小浩:はい!翔とは親友ですから!
父:そうか、翔介は良い友達を持ったな
小翔:うん…!
父:母さんのこと守ってやってくれ。翔介と似て泣き虫だからなぁ
小翔:ッ…
父:…父さんは、母さんと出会えて、翔介が父さんの息子で
本当に良かった………幸せだった
小翔:え?嫌だ、嫌だ!せっかく会えたのに!
嫌だよお父さん、どこにも行かないで!
父:…最後に………。翔介…お前を愛している。じゃあな、風邪、引くなよ…
小翔:待って行かないで!お父さん!!!お父さん!!!!
小翔:あ、ああ…ああああああああああああああああああああ!!!!
小翔M or 翔介M:しばらくは泣いていたと思う
初め、父さんが死んだときは、何かの嘘なんじゃないかって、きっとどこかに隠れていて、僕をからかっているんだとろうと思っていた
…最後に父さんがかけてくれた言葉、愛している、と…。僕にはこの言葉の意味がよく分からなかったが、聞いた途端、いろんな感情が溢れ出した
もう会えないと思っていた父さんに会えた喜びと、母さんを悲しませた事への憤りと、もっと色々話せば良かった、もっと側にいればよかったという後悔と…
これで、これで本当に最後なんだ、父さんは本当に遠くへ行ってしまったんだ
溢れ出す感情は、涙となって零れ落ちてゆく。止めどなく…止めどなく…
小翔:父さん…僕も父さんの息子で良かった。愛してくれてありがとう
小翔M or 翔介M:帰ったら今日起こった事を母さんに伝えようと思う。浩とクロと、一緒に冒険したことを、その先で夢のような出来事が起こったことを
信じてくれるかどうかは分からないけれど
クロ:翔介、立てるか?
小翔:…うん!
小浩:ほらよ
小翔:ありがとう、浩
小浩:良いってことよ!
間
クロ:さて、帰り道の案内はここまでだ、ここから先はお前達だけで行くんだ
このまま真っ直ぐ進んで行けば、お前たちの町の裏山へ出るはずだ
小翔:え?どういうこと?
クロ:ここでお別れ、ということだ。いやなに、少し所用を思い出してなーー
小浩:帰ってくるよな?
クロ:…なぜそんな事を聞くんだ?
小浩:…俺さ、昔猫飼ってたんだ。
小翔:え?でも浩、猫嫌いって
小浩:ああ、言った。…すげー可愛がっててさ、俺には兄弟がいないから、まるで弟ができたみたいで嬉しかったんだ。でもある時、突然居なくなっちゃってさ。探し回ったよ…でもいくら探しても待っても、帰ってこないんだ。俺はあいつのこと家族だと思ってたのに、それなのに…。クロの今の顔、突然出て行ったあいつの顔にそっくりだ
クロ:…浩平、俺はクロだ。お前が昔飼っていた猫じゃあない
小浩:そういうことじゃない!そういうことが言いたいんじゃない!
…クロ…お前帰ってこない気だろう?
クロ:全く何を言っているんだ?
小浩:帰ってくるって約束しろ!
クロ:…それはできない
小浩:どうしてーー
クロ:あー分かった分かった!白状する。…俺もな、あまり先が長くないんだ
小翔・浩平:…!?
クロ:自分の身体だ、自分が一番よく分かってる。本当は黙っていなくなるつもりだったんだがな、こう問い詰められてしまっては仕方がない
小浩:…嫌いだよ…これだから猫なんて大嫌いだよ…
大切に思ってるこっちの気も知らないで…
クロ:…すまないな。…だが、大切だからこそ、お前たちの記憶には元気なままの俺だけを残しておきたい。時間と共に弱ってく姿なんて、見せたくないんだよ
小浩:くっ…
小翔:クロまでいなくなっちゃうなんて、嫌だよ…
クロ:もう決めたことだ
小翔・浩平:…
クロ:さあ行け
小翔:うん…。またね…クロ…
クロ:さようなら、翔介、浩平
小翔:そこはさよならじゃなくて、嘘でもまたねって言ってよ、クロ
クロ:いいや、さよならだ
小浩:うっ…
小翔:…
クロ:泣くな泣くな。男の子だろう
小浩:でも…悲しい
クロ:そうか。そうだな。…お前達と過ごした日々、中々に悪くなかったぞ
この首輪と鈴は餞別とし貰っておく。気に入ってるんでな
小翔:うん。僕たちのこと忘れないでね
クロ:ああ、忘れるものか
小浩:絶対だからな!
クロ:約束だ。…俺は行く。達者でな
小浩:ああ、さようならクロ!
小翔:クロー!さようならー!!
翔介M:後ろ髪を引かれる思いで、僕たちは何度も振り返っては泣きながら手を振った、だがクロは一度も振り返らなかった
これがクロとの別れだった
*****
【場面転換 10年後 SE 蝉の声】
翔介:クロッ!待って!
翔介M:こんな茹だる暑さの夕暮れだった。僕はクロとの出会いを思い出していた
浩平:翔!待てって!
どうしたんだよ?急に走り出して?アイス買い損ねちまったじゃねえか
翔介:そんなことより!
浩平:そんなこと言うな、夏に食べるアイスだぞ、重大だ
翔介:だから!
浩平:なんだよ?
翔介:いたんだ!
浩平:何が?
翔介:クロだよ!クロがさっきいたんだ!追いかけよう!
浩平:嘘だろ?あっおい待てよ!
翔介:はぁ…はぁ…確かこの辺だったんだけどな
浩平:ぜぇ…はぁ…翔、お前早すぎ
猫の鳴き声:なー
翔介:クロッ!
黒猫:なーご
浩平:じゃないな
翔介:あれ、おかしいな。見間違えるはずないんだけど
浩平:この暑さだから、きっと見間違えたんじゃねえか?さ!涼みに行こうぜ!
翔介M:そんなはずはない、絶対に見間違えない、だってあの首輪と鈴はクロの
翔介:うん
翔介M:さっき聞いたクロの声…気のせいだったのかもしれない…いや気のせいだって良い!きっとクロが帰ってきたんだ。またいつかどこかで会える…その日を願って僕は歩き出す。口元が綻ぶのを感じた
浩平:どうしたんだ?ニヤケちゃって。なんか良いことあったか?
翔介:へへ、別に?
翔介M:今年の夏休みもきっと何かが起こる
茹だるような暑さのなかで聞いたクロの声が、今も耳に残っている
翔介たちが立ち去った路地
ゴミ箱の影から姿を現した、尾が二又に分かれた黒猫
クロ:大きくなったな、翔介、浩平…
夕暮れ時、黄金色に輝く入道雲を横目に、黒猫はぽつりと呟いた
END