ミルク
「よし、着いたよ!今日からここが君のお家だ〜。」
その優しげな口調には普段俺と相対する時の…いや、していた時の意地悪さはすっかり見当たらない。
「しばらくここにいてね…ミルクを持ってくるから。」
そう言ってあいつは俺を部屋に閉じ込め、ぱたぱたと足音を立てて去っていった。
そういえばこの家に来るのは幼い頃以来だと、懐かしくあたりを見回す。確か10歳の頃ぐらいから、遊びに行きたいと言っても「そんなに女の子の部屋に行きたいの?君は本当に変態だね。」というような、理不尽な誹りと共に拒否されるようになった。
昔はいかにも女の子女の子した可愛らしいピンクのカーテンやらなんやらで彩られていた部屋は、今はえんじ色と深緑、茶色の落ち着いた配色に様変わりしている。いちいち考えるのが面倒で殆どが黒の俺とは大違いだ。
あいつがひたすら俺から隠していたのが一体どんな理由ゆえなのかはわからないが、こうしてあっさりと目にすることが出来た事は何故か嬉しくはなく、後ろめたい苦さがあった。
ガチャリとドアノブを捻る音がし、片手にミルクを入れてあるのであろう底の浅い皿を持ちながらあいつが入ってきた。
「今度ごはんは買ってくるけど、取り敢えずはこれをたんとお飲み〜。」
そう言って皿を床に置く。無防備に見せた笑顔は、なるほど同級生達が揃って美人だと評する筈だと素直に納得できる可愛らしいもので。
(こいつ、こんな顔も出来たんだな。)
いつも俺に向けていたのは憎たらしい笑顔と言葉だった分、その差がより大きく感じられる。
騙されるな、あいつの本性はさんざん知ってるだろ、と自分に言い聞かせ、ミルクを舌で舐める。ちゃんとした食事…と言っていいのかどうかは分からないが、久々に味わった甘い味に感動する。これ以上虫を食べないで済むのだったら、まあ、こいつに飼われてやるのも良いかもな。そう思った。