幻想依存症例患者 3
ナキが連れてこられた場所は彼女の予想を大いに外れていた。
不思議なほどにすんなりと退院でき、そしてロウに連れられるがまま、あれよあれよとバスに乗って街の外れに。
ナキは治療と聞いていたので、てっきり診療所に行くものだと思っていたが、彼女の目の前にあるのは、それは豪勢な屋敷だった。
「アケビさーん。連れてきましたよー」
呆気にとられているナキをよそにロウは自分の家の様に屋敷の中へ入っていった。
ナキもあわてて続いて入っていくと、屋敷の中を目の当たりにし、またも呆気にとられた。
何かすごい絵画や彫刻などの芸術品があるわけではないが、むしろ何も無いが圧倒される。
こんなに広い屋敷はテレビでしか見たことがない。
「おかえり。ずいぶん早いじゃないか。」
不意にした声の方を見ると、そこには白衣を着た女性が二階からの階段を降りて来ていた。
「私の予想では彼女を説得するのにもう少し手間取り、もう一本遅いバスで向かってくると思っていたよ。どうやら余程効果的な文句を見つけられたらしい」
女性は持っていた書類の束を不躾にロウへ、はいコレと押し付けると懐から何かを取り出し、ナキの目の前に立った。
そしてナキの全身を一瞥すると、ニッコリと笑みを浮かべた。
「どうもはじめまして千賀ナキさん。私は椎名アケビ。こう見えても医者です」
「えっと、どうも。あの……お医者さん……なんですか?」
アケビはナキの反応を見て、少し噛み合っていないと感じた。そして2秒ほど考え、ははーんとナキの反応の違和感について納得した。
「ロウ。もしかして私が医者じゃないとかこの子に言ったな?」
「だってアケビさん。医者ではないし、どちらかといえばサイコパスって感じですよ」
そう言いながらロウはこちらには目もくれず、渡された書類に集中している。
この時のナキは二人のやりとりをなんとなく聞いていただけだったが、ひとつだけ彼女には分かったことがあった。
眼前のアケビの顔は笑顔のままだったが、笑顔ではなかった。
「もーう怒ったぞー。そんなヒドイこと言うならアンタが使ってる部屋の隣を掃除させるぞー。」
「アケビさんの本性を知っていると、そんな所にサイコパスの片鱗を感じられますよ。というかナゼに掃除を……」
ロウは顔を上げると何かに気づいたように、ナキの方を見た。そしてロウとナキ、二人の目と目が合った。
「ああ……なるほど」
勝手に納得したようで、ロウは書類に視線を戻さず、アケビの方を向いた。
「この件が終わってからでイイですか?」
「うん。それでイイよー」
何か大きな事に発展するわけも特になく、軽すぎる終わりを会話は迎えた。
そしてアケビは、よしと一声上げ、
「じゃあ立ち話もなんだし、本題は居間で話しますか」
「居間じゃなくてリビングだと思いますよ」
「どっちでもいいわ」
アケビは踵を返し、ロウと共にナキを案内しようとしたが、不意に、あっそうだと身体を回すのを途中で止め、
「忘れない内にはいコレ。気分が悪くなったら食べてね。ずっと握ってたから生温かいけどな」
アケビはおもむろに先ほど懐から取り出したモノをナキへと手渡した。
それは包装紙に包まれた、
「アメ?」
だった。
「そう。アメちゃん。でもねーそれ」
そう、それはどこからどう見てもただのアメ。
「DayDreamの、毒素の中和剤だから」
それを聞いて、ナキは思わず言葉を失った。
DayDreamは服用すれば超能力が発現する以外は他のドラッグと変わらない、副作用まみれのシロモノだ。
薬が切れれば、効果も消える。使用者はまた一つ新しい薬を買う。そして依存のループに陥る。売買する連中の懐はウハウハだ。
だからこそ、中和剤などあるわけがない。
しかしこのアメが嘘か誠か本当にそんなシロモノならば、この椎名アケビという女性は、そんなものをいとも簡単にほいほいと人に手渡してしまうということだ。
つまりは、椎名アケビはそういった存在であると、このアメは物語っていた。




