エピローグ 焼き捨てられた誓い
最終話です。
読み終わられましたら、下記の評価フォームにて、評価して頂けると幸いです。
1人でも多くの方にお読み頂きたい願望があるのです。
過呼吸は何度も何度も起きた。
繰り返し、起きる現象を私は喜んだ。その過呼吸中は苦しそうであり、実に酷い医者であると理解している。
だが、この過呼吸は機能の回復のサインなのだ。
目に見えた回復は、最初の1週間に集中していた。しかし、憂さんは脳の機能を回復させていると断言出来た。
1月下旬、過呼吸を起こしたこの日、突然、伊藤くんに謝罪したのだ。脳に改善が見られたからこそ起きた事象だと言える。
怯える様子は、やはり残していたが、憂さんから伊藤くんに歩み寄った。後は時間が解決してくれるのだろう。
『僕、普通に暮らしたい』
今は、この憂さんの願いに向け、全力を投じている。
家族に関しての心配は無くなった。姉・愛が当初の直感の通り、キーパーソンとなる。
この姉に任せても大丈夫だと現在は断言出来る。
年末年始に比べ、さすがに面接の頻度は下がったが、兄は幾度となく姉に引っ張られ、面会に訪れている。自殺行為へのショックからも近い内に立ち直る事だろう。女の子となった件に関しても、一緒に生活するようになれば、次第に関係を改善させていくものと信じる。
憂さんは目下、リハビリ中だ。理学療法士にも診せた。彼女が言うには未来は明るいらしい。頑張り屋さんですから、と言う言葉だった。こちらも解決は時間だ。時間とは多くのモノを癒やしていく。そして、いずれは私の下を巣立っていってくれるのだろう。
2月となり、総帥閣下は私どもを率い、私立蓼園学園を訪れた。
学園長は掴み所に困る人物だったが、総帥の頼み、何より大切な生徒の為、全力を尽くすと約束してくれた。現在、裏で手を回し、我々の戦略的優位を構築してくれている最中だ。
しかしながら、4月の入学式には間違いなく間に合わないだろう。体力の強化が絶対必要なのである。
……学園に復学する。すれば、いずれ秘密は公となってしまう。これは確定事項だ。どこまでが隠蔽に失敗しても平穏でいられるのか。
その為には何が必要か。何が不要か。
私と渡辺くん、院長、総帥とその秘書。繰り返し、話し合った。
憂さんは絶対の容姿と言う武器がある。それこそ、世に2人と居ない美貌の持ち主だ。それが『再構築』によりもたらされたと言う真実は、絶対の秘密である。
ここが最終防衛ラインであり、憂さんが優くんである事はバレてしまっても良いよう、準備を進めている。要するに、憂さんをアイドル化してしまうのだ。比類無き偶像としてしまい、牙を剥く者を排除出来るよう、味方を増やし続けるのだ。
何も難しい事は無い。憂さんが普通に過ごせば、それだけで人の目を集める。きっと憂さんならば出来ると思っている。
勉強に関しては、可哀想だが、すぐに付いていけなくなるだろう。
憂さんもそれを理解している……と、信じる。出来る事を出来る範疇で探してくれれば良いのだ。時間は3年間もある。きっとこの3年間で大いなる可能性を掴んでくれる事だろう。皮肉な事に『再構築』によって、それだけのカリスマ性を彼女は授かってしまった。
大いなる可能性の手助けとする為、専属にタブレットの使用方法のレクチャーを依頼した。伊藤くんの得意分野であり、きっと、タブレットは憂さんの助けとなる。
助けになると言えば、彼ら憂さんが記憶していた3名は、深く理由を問い質すことも無く、憂さんの為ならば……と、辛い役割を引き受けてくれた。
優くんの人柄と深い友人関係、愛情が彼らを突き動かしてくれているのだと理解する。
彼らは憂さんの事を第一に考え、行動してくれる確信を得ている。何より彼ら自身が憂さんの平穏に欠かせない人物たちなのである。
この平穏は憂さんの望む平穏とは違うものだ。
これが悔しい。神を殴ってやりたいほどだ。
平穏を望むには、これほど向かない容姿は無い。それが『再構築』により得た奇跡の一環であり、どうにもならないと承知している。
神は奇跡を与えたもうた。
総帥殿の受け売りだが、一々、的を射ている。私は彼の動向を見守らねばならない。総帥は掴めない男だ。何を望み、何を成し得たいのか理解に苦する。
彼の動向には、注視が必要である。危険な男だと忘れてはならない。
我々の与える平穏で十分だと私は信じる。
「しまい――せんせい――?」
ペンを走らせる手を止め、顔を上げると、憂さんが小首を傾げていた。
「……どう、しました?」
「いつも――ありがと――」
そう言い、恥ずかしそうに笑ってくれた。最近では、このようによくお礼の言葉を伝えてくれるようになった。これは彼女にとって、回復か成長か?
成長だと思うとしよう。
私はこの子の崩壊から、成長を見守り続けた。
私は2人目の父親であり、全力でこの子を守ると誓おう。
……この島井の手記は、この後すぐに渡辺によって、焼却処分された。
『誰かの目に入ってしまったらどうするんですか!? まったくもう!!』
正にその通り。
―――『半脳少女』、物語の始まりの終わり―――




