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29.0話 面会へ

 


 ―――1月6日(金)



 拓真、勇太、千穂……。

 憂の姉が指名した3名は、姉自らの迎えにて、蓼園総合病院の地下駐車場に到着した。


「ごめんね……。スマホの電源……、切っておいてくれるかな……?」


 愛の行動は実に積極的である。同行しようかと問うた父と母を制し、『私が……。これからは私が憂のお世話をするんだ』と突っぱねた。

 優の起こした行為を自らの責任とし、変わろうと死に物狂いで藻掻いているのだろう。


 ……もう既に変わっているのかも知れない。




 憂の同級生である中学生3名。


 拓真から連絡を受けた勇太も千穂も『優が生きてるってよ』と言う言葉に、喜ぶ事も無かった。疑心暗鬼に陥ってしまっている。


 それは仕方の無い事だろう。


 拓真を含め、優の事故以降、延々と面会謝絶。

 年が明け、優の死のニュースを蓼園商会会長の辞任報道と云う形で知ったのである。更には、そのニュースの中で、葬儀は家族内でひっそりと執り行われたと聞いた。それも僅か2日前の事だ。

 線香を上げに訪れなければ……と、思いつつも彼の死を認める事が恐ろしく、塞ぎ込んでいたのは千穂だ。

 そして、心の整理も付かぬまま、拓真の電話を受け取った。姉と面と向かって告げられた拓真でさえ、信じられていない。


 ……生存していたのならば、隠している理由が……。葬儀まで済ませてしまった理由が皆目見当が付かないのである。


 彼らは、暗く重い挨拶を済ませて以降、堅く口を閉ざしてしまっている。聞きたい事は山のようにあるはずだが、何をどこから聞けばいいのか全く以て分からないのだろう。


 無言で頷くと、愛の指示通り、スマホの電源を落とした。本来は持ち込み禁止となっているが、それは益々、彼らの不審を増大させてしまう行為となってしまうはずだ。



 一方の蓼園総合病院、最上階。


 ……憂は、地下駐車場に懐かしい顔ぶれが並んでいる事など露知らず……。


 傍らに控える島井にチラリと視線を送り、目が合うと慌てて逸らした。そんな少女を見ると恵は哀しげに目を伏せた。


 ……憂は記憶しているのだ。自らの愚かな行為を。


 そして、伊藤の力強い腕を。手を。


 その伊藤は、最上階の廊下で佇んでいる。


 今のところ、可能な限り、伊藤は憂の近くには行っていない。端的に言うと、憂は伊藤に対し、怯えているのである。伊藤が不憫でならない。彼はナイフを片手に狂ったように嗤う優に怯むこと無く、その刃を素手で掴むと、力づくで奪い取り、投げ捨て、小さな体を取り押さえた。自身の手の平には深くは無いが、確かに一条の傷が創られていた。


 その傷付いた左手で、血飛沫飛び散る右手首を強く握った。もう片手は首の傷からの出血を少しでも軽減しようと、その細い首筋に回されていた。その時の伊藤の表情には鬼気迫るものがあった。


 ……憂は、覆い被さり、自身を取り押さえる伊藤の姿を記憶し、怯えている。


 それは女性として初めて、男性に対し、恐怖心を抱いた瞬間であったのかもしれない。




 小太りの男が煤けた背中で佇むだけの、殺風景で寂しい廊下に、ポーンと電子音が鳴り響いた。


 この十数秒前、姉がエレベータの隠しコマンドを入力すると、連れられる3人の中学生の疑惑の表情は、驚きと動揺に切り替わった。


 どう見ても普通では無い。通常では有り得ない、非日常へと引きずり込まれてしまった気持ちなのだろう。


 エレベータの厚い扉が開き、4名の男女は最上階に降り立った。

 廊下の先では、小太りの男性看護師が遠めから会釈をしている様が見て取れた。


 拓真は愛の後ろを歩く、白いコートを羽織った小さな背中を見詰め、追従している。


 小柄な少女だ。優しそうな雰囲気を纏った、すれ違うものの半数は振り返るであろう美少女。それが優の彼女であった漆原 千穂である。


 千穂の気持ちは自分とは違うものだろうか?

 拓真の思いは、そこにある。


 ―――優は病院に居るよ。


 よく冗談を言う優のお姉さんだが、下らない冗談で人を傷つけるような真似をするような人では無かったはずだ。

 幼い頃には、優と一緒に遊んでくれた、幼馴染の優しいお姉さん。


 姉の人となりを知っていても、未だに半信半疑だ。


『……優が生きているんだそうだ』


 千穂はおそらく、自分からの着信を慰めの電話だと思い、通話を始めたはずだ。


『……何の冗談……かな……? いくら拓真くんが相手でも怒るよ……』


 電話越しの千穂の声は、弱々しかった。

 優の意識不明から壊れかけた千穂。1度は親友たちの支えで持ち直した。親友であり、幼馴染の彼女であった千穂を気に掛けていた拓真は、その経緯を知っていた。


 今度は、死の知らせ。

 そして、生存の知らせ。


 怒りたくなる気持ちも十分に解った。笑おうにも笑えない。自分と同じく、何のふざけた冗談だ……と、思ったはずだ。


 保育園からの付き合いであり、最高のバスケ仲間であった優。

 彼が自分の前から姿を消した日から、何も手に付かなくなった。

 楽しくて楽しくてどうにもならなかったはずのバスケへの熱も、優が居なければ楽しくない事を知った時、急激に冷めてしまった。


 ……だが、それ以上に憔悴していく千穂を放っておけなかった。


 優が姿を消し、バスケへの情熱も冷めた。

 この時、もしも千穂が平然としていたとしたら……。


 自分は立ち直れていなかった……と、拓真は思う。



 廊下の先の男が言った。いつの間にか男の下まで歩いていたらしい。


「この子たちっすか? こんにちは。どうぞ、憂さんは中におられます」


 ……その言葉を聞いても冷静な自分に、拓真は少し驚いた。







 前日の電話。


 千穂は、きっと慰めの電話だろうと思った。優の幼馴染は、外見やぶっきらぼうな物言いに反して、優しかった。


 優の事故以降、知った事だ。


 可愛い彼氏の幼馴染であり、親友。でも少し怖かった。

 バスケの練習中も厳しい顔付きが多かった。優と拓真が話している時には、笑う姿も見かけていた。それでも、彼のぶっきらぼうな物言いがやっぱり怖かった。


 だから、千穂と拓真は優と言う共通点を持ちながらも、まともに話した事は無かった。


 接触してきたのは、拓真からだった。優の意識不明の知らせの数日後、いきなり教室に来た。そのまま、中等部の園庭に連れ出された。


『大丈夫……か?』


 そう言った彼氏の幼馴染の顔もなかなか酷かったと思う。


『大丈夫……だといいな……』


 ご飯が喉を通らない頃だった。生きる気力を失いかけていた。

 もしかしたら、拓真もそうだったのかも知れない。

 時が経った今だからなのだろう。そんな事も思えた。千穂には当時、そんな余裕は無かった。


 親友の叱責により、持ち直した。


 それからも時々、拓真は自分の様子を見に来てくれた。

 優の大切な彼女としての自分を気に掛けて。


 その優しい拓真からの電話。また気に掛けてくれてるんだろう。

 そんな気持ちが、優の死と云う現実からほんの少し目を逸らさせてくれた。


 ……束の間だった。


 拓真の口から出た言葉は、突拍子も無い、狂った冗談……と思った。だから怒ってみた。


『怒られても困る。優の姉さんが言ってんだ……』


 それが冗談だったのか、真実だったのか。まもなく判明する。


 少し歩くと扉の前。門番のように佇む小太り、短髪の男が言った。


「この子たちっすか? こんにちは。どうぞ、憂さんが中におられます」


 この言葉を聞いた瞬間、千穂の鼓動は早まった。




 その千穂と拓真の背後には、背の高い拓真を凌駕する高身長の少年が控えている。


 彼も拓真の電話を受けている。


『……拓真ぁ? マジで優が生きてんだとしたらよ……。お前、どうすんだ?』


『何のことだ?』


『言ってたじゃんよ。千穂ちゃんの事、優の分も大事にしてやりてぇ……って』


『……どんな状態かも分からねぇ』


『優が……か?』


『あぁ……』


『………………』


『何にしても、まずは生きてんのを確認してからの話だ』


『……そうだな』




 伊藤は、インターフォンを鳴らした。


 20秒も掛からず、女声による応答があった。


「すぐに開けますね……」


 その言葉通り、数秒の内に分厚いサイドスライドドアがさほど音を発さず、開いた。


「さぁ……どうぞ……」


 3人の中学生は暗い看護師たちだ……と、思った事だろう。


 インターフォンに応答した恵は未だ、自傷行為への自責の念が抑え切れていない。

 伊藤は、そちらの影響は小さそうだが、憂の怯える瞳に凹んでいる。


 それでも看護師2名は自身の職務を全うする。


 ナースステーションに彼らを誘い、続いてVIPルームへの豪華な扉をノックした。

 返事を待たず、その絢爛豪華な扉を押し開いた。



 ……恵と伊藤に続き、姉が入室。

 姉の後ろに黙って付き従う中学生3名が、その余りの広さに驚き、動きを止める。


 対する憂は……動きを止めた。

 またリハビリを始めた直後だったのか、部屋の中央に位置する、簡素なベッドの付近で歩いている最中だった。


 動きを止めると、小首を傾げた。視線はナースステーションへと続くドア、そこに居る同級生3名に注がれている。


 島井は憂を観察している。じっと、憂の動向を伺っている。


「――あ!!」


 憂の目線が、撤去されず残されたソファーへと動いた。そこには、クリスマスプレゼントとして頂いたバッシュとバスケボールが。

 つい島井もその目を追ってしまった……瞬間、悲劇が起きた。


 憂が、左足で強く踏み込み、駆け出そうとしたのである。



 ……無理だった。



 麻痺の残る右足が付いて行かず、絨毯に顔面から突っ込んだ。

 咄嗟に伸ばされた島井の手は、ほんの僅か数cm……届かなかった。


 不運である。


 突然、『あ!!』と大声を発し、横を向けば誰でも釣られてしまうだろう。

 憂としては、拓真と勇太からバスケを連想し、ソファー上のものを見てしまったのだろう。


 もう1度。


 ―――これは不運な出来事である。



「……憂さん……急に走り出すとは……」


 ほとほと困ったと顔が物を言っていた……が、次第に焦りを見せ始めた。


 ……余りにも反応がない。


 憂の横にしゃがみ込み、そっと憂を仰向けにしてみると……。




 ……憂は気絶していたのである。





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