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28.0話 優の幼馴染

 


「優くん……。奇跡を信じていたのですが、残念です……。君は日本をオリンピックに導いてくれる存在となるだろうと確信し、君の個性を潰すことの無いよう、自由にプレイさせた事は僕の誇りです……。ありがとう……。ゆっくりと休んで下さい……」


 ……バスケットボール部顧問の藍沢(あいざわ)先生は、意地なのか涙を見せず、お焼香。


「うぐ……うぅ……。ぐすっ……」


 その隣では、担任の白鳥先生が堪え切れず、ハンカチを濡らす。


 ……白鳥先生と藍沢先生は順番にお焼香を上げると、座布団から降り、正座のまま、深く一礼……。

 私も父も母も、お返し……。

 二三、言葉を交わし、玄関までお見送り……。白鳥先生の啜り泣く声が耳に残っちゃった……。


 リビングに戻ると、L字ソファーの折れ目部分に座ってみた。そこは出入りのしにくい、優の指定席……。


 蓼園さんの記者会見以降、優の()は世間に知れ渡った。

 剛を除いた私たち家族は、引っ切り無しに訪れる弔問客の応対を続ける。

 優って、こんなに交友関係広かったんだって、驚かされる。もちろん、優の友だちたちばかりじゃなくて、父さんの会社の人とか、大勢……なんだけど……。父さん、重役だからね……。


 その会社の人たちはともかく、優の顔見知りの見せる涙……。


 この涙が私の……ううん。私だけじゃない。私たちの心を抉る。

 私たちは嘘を()いている。優は死んでなんかいない。生まれ変わったワケじゃない……!


『私は優が死んだと思ってる。じゃないと私が死んじゃいそうだから。だから私は彼女(・・)を新しい優だと思ってる』


 私があんな事を言ったから、優は本当に死んでしまった事になってしまった……。優は死んでなんかいないのに……!!


 泣いてしまった優の友だち……。まだ中学生の子たちに真実を伝えてしまいたくなる衝動……。


 あの可愛い彼女は、気持ちの整理が付かないのかな……? まだ訪れてない……けど……。

 大守さんと山城さん……だったかな? 責任感じちゃって、また(・・)、大泣きしちゃって……。見ていられなかった……。


 ……罪悪感が私たちを蝕む。


「愛ちゃん……?」


 ……母さん。


「ちょっと休んでらっしゃい? あなた、寝られないんでしょ……? そんな、(くま)まで作っちゃって……」


 眠られないよ……。目を瞑ると赤く染まった優の姿が……。


「……リアリティあるけど」


 小さな声で付け足された言葉……。そんな冗談、面白くない。

 弟を亡くして、眠ることが出来ないほど悲しむ姉……か……。


「ホントに休んでらっしゃい? 少しの間、私たちに任せて……ね? ……本居さんちのたっくん、新城 勇太くん……。漆原 千穂ちゃん……よね?」


 そう。優が名前を挙げた3名の友だち。この3人の内、誰か1人だけもでいい。真実を伝えてあげる。優を……。憂をこの世に繋ぎ止める為に……。


 憂……。


 私が提案した『憂』。

 優から人を取り払ってみたんだ……。


 新しく出来た可愛い妹。でも優じゃない……。


 ……そんな事を考えていた。今は後悔しか残ってない。



 ―――優を優とは思えなくなってたなんて。



 いざ、『憂』と言う新しい名前に決まりかけた時、私は強硬に反対した。それは私の負の遺産だから……。

 でも、母さんが全力で支持した。


 優にとって、憶えやすい漢字である事……。


 これが私の反対を押し切り、『憂』って字を宛てる決め手になった。

 私には解る。きっと、『憂』と言う名前を母さんが支持した理由は、私への戒め。


「愛ちゃん? 聞いてる?」


「……聞いてる。言ったでしょ? 私が伝える。母さんも父さんも顔を知らないでしょ?」


 優……。本当にごめん。あんな事、言わなければ良かった……。傷付いたよね……?

 だから……罪滅ぼしってワケじゃないけど……。


 これから先、私が居る時はね……。私が憂の面倒を見る。


「……そうねぇ……。分かったわ。任せちゃうわね……?」





 ……本居さんちのたっくんが……。

 優の幼馴染みであり、親友の拓真くんが弔問に来てくれたのは、もう暗くなってからの事だった。

 何でも、たっくんのお父さんとお母さんが言うには、どこかに出掛けていたんだって。たっくんが……ね。

 彼の想いは……。本当、想像するだけで……。

 美優ちゃんも、ずっと泣いてて……。本当にごめん……。


「……たっくん?」


 ……深く、頭を下げて……。三軒だけ離れた自宅に帰ろうとする拓真くんを呼び止めた。


「…………?」


 彼は優の遺影を前に、泣かなかった。

 でも、目が赤くて……。どこかに出掛けてる時に泣いてたんだろうな……って。


「あの……さ……?」


「……はい」


 畏まった態度。寂しく感じる。本居家と私たちは、優が繋いでくれていたんだって、はっきりと理解した。


「……優の部屋に……上がって貰えるかな……?」


「拓真、行ってこい……。先に帰っている……」


 たっくんのお父さん……。優と仲良しだったけど……。ごめんなさい。





「……久々っす。優の部屋……」


 ……バスケの雑誌にテレビゲーム。ほとんど使われてない勉強机……。事故直前のゴールデンウィークにも、優と遊んでたね。

 部活で忙しいのに……。部活で一緒に居るのに、たっくんは優の部屋によく遊びに来てた……。


「優の……、いえ、愛さん……大丈夫っすか?」


 前みたいに『優のお姉さん』って、言おうとしたんだろうね。でも、優はこの世に存在しなくなったから……『優のお姉さん』じゃなくって、『愛さん』……。


「ありがと……。大丈夫……だよ? 実は……ね……」


 ………………。


「えっと……」


 ……予想以上に言い辛い……。

 優は生きてる。目覚めて1週間以上……だね。

 ずっと優の事、心配してたよね……? きっと、いつか目覚めるはずだって、信じてたはずなんだよね……? でも、蓼園さんの記者会見で亡くなったって知って……。


 ……今まで、私たちはずっと隠してた。

 事故って意識不明に陥って……。初めて面会を許された……、優が女の子になって、目が覚めない頃から……。


「愛さん……。疲れてんすよ……。しっかりと休んで下さい。愛さんがそんなだと優もおちおち眠ってられないっすよ?」


 ……こんなに気遣ってくれて……。


「愛さん? しっかりと泣いてやって下さい……。泣けてないんじゃないっすか……?」


「優……は……」


 言え! しっかりしろ! これからは私が憂を支えるんだから!


「憂は今も病院に居るよ」


 ……言えたよ。


 拓真くんの顔は……悲しみを湛えた顔から、無表情を挟んで……。怪しんだようなものに落ち着いた。


「明日……。明日ね? 正午に学園のロータリーに居てくれないかな……? 驚くと思うけど……、拓真くんなら絶対に優だって、分かるから……」


 もう引き返せないって思ったら、どんどんと言葉が溢れ出してきた。


「……意味が分かりません」


「憂……。自殺しちゃってね……。未遂で済んだんだけどさ」


「…………?」


 ……困惑を隠し切れてないね。そりゃそうだわ……。ふざけてんのか、この人は……くらいに思ってるのかも……。


「……友だちの力が必要なんだ……。勇太くんの連絡先は分かるよね? 漆原 千穂ちゃんって知ってる?」


「……分かるっす。あの子も俺らと同じで、凹んでた内の1人なんで、何度か話してるんで……」


 ……真剣な顔付きになってきたね。具体的な話になってきたから……かな?


「……千穂ちゃんの連絡先も知ってるなら助かるよ。私たち家族の言葉より、拓真くんの言葉の方がいいと思うんだ」


 電話にも出づらいだろうし……ね。弔問にも来られてないんだからさ……。


「本気……なんすか? 優が病院に居るって……」


「うん。本当よ。こんな嘘、付ける訳ないでしょ?」


 ……それでも半信半疑って感じだね。もうひと押し……。


「……優が生きてるって事は絶対の秘密。勝手な話だって事は重々承知してます。それでもお願いします。優の為に……力を貸して下さい……」


 しっかりと頭を下げる……と、一歩近寄って……私の肩を掴んで、頭を上げさせてくれた……。

 おっきいね。見上げないと、その目を見られない。ちっちゃかったのになぁ……。


「分かりました。正午に蓼学のロータリーっすね。勇太と漆原さんを連れて……」


 ……たっくん。優しいね……。


 ありがとう。





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