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21.0話 戸籍の悩み

 



 ―――1月2日(月)



 覚醒から1週間目の午後。

 優の1日は、ある意味で優雅な1日となっている。


 好きな時間に眠り、好きな時間に起床し、好きな時間に食す。

 朝昼晩と主食と伴う食事の他は、総帥の差し入れのフルーツやスイーツの類など、少量ずつ、何度も食している。どうやら胃の容量は、ごく小さいらしく、すぐに「ごちそうさま」をしてしまうが、その分、すぐに腹が減ってしまうらしい。

 因みに食事の時間には、ベッドから離れ、ソファーの傍に用意されているオーバーテーブルと多く置かれている丸椅子の1つを使い食べている。

 ここのソファーは軽い優の体でさえ、沈み込んでしまうほどに柔らかい。食事には適していないのである。


 いきなり食事の話をしてしまったが為に勘違いされてしまうそうだが、何も食べているばかりではない。


 ベッド上で過ごす時間は明らかな減少を見せている。

 起きると長座位を崩し、端座位となる。これが現在の基本的な体勢だ。専属や医師と話す時にもこの姿勢となる。

 医師も専属も、優との会話に慣れてきたように思える。短い言葉に可能な限りの情報を詰める。多少の言葉足らずであれば、優は脳内で補足してくれるのだ。そんな長所を活かしている。


 この会話に当てている時間は多い。

 未だ、不明な点は数多い。隠れた障がいも探す必要があり、専属も島井も渡辺も注意を払い、会話を行なっている。





 ―――注意を払うと言えば、鈴木看護部長は休暇中だが、この日の朝、女性専属2名が揃った。恵は休日のはずだが、顔を見せた。彼氏は寂しい正月三が日を過ごしているかも知れない。

 それは兎も角、折角、女性ナース2名が揃った為、女性としての洗体について、レクチャーが行われた。きっぱりと語らせて頂ければ、女性器の洗い方……である。

 優は真っ赤に染まりつつも、このレクチャーを受け入れた。

 これは優が自身の変化を認識している事を示す。これには渡辺も驚いたようだ。


『自分の体が男性から女性に変わって、何も思わないはずはないんですけどねぇ?』


『なったものは仕方が無いと思っている可能性も。それよりも、驚いている場合じゃない……と云う可能性も……』


 渡辺と島井は、よくこうやって語り合っている。彼らの間にあった利害関係は、日を追うごとに信頼関係に変化しているようにも見えた。


『どうします? 聞いてみちゃいます?』


 優の傍での会話だ。本人を目の前にし、如何な物かと思えるが、優には話を理解しようとする様子は見られていない。例えば島井と渡辺は相談事をしている時、当たり前だが、2人向き合い話す。

 優と話す時には優を見、話している。


 優は、その常識的な行動を思い出したかのように、自分と目を合わさず会話が成されている時、一生懸命に耳を(そばだ)てる事が無くなっていった。


『優さん……。君の……体は……』


 そして、本当に聞いてみた。代表し、この重要な質問をぶつけたのは、主治医だった。こう言う質問は渡辺は嫌がる。嫌われたくないのだろう。


『からだは――?』


 略したがこの問いの場面では言葉が不足していたらしい。このように言葉の追加を望んでいる時には、鸚鵡(おうむ)返しし、言葉を足して欲しい旨を通達する。これが意思疎通を円滑に進められるようになってきた所以だ。


 優の言葉が不足している時には、その逆だ。鸚鵡返ししてあげれば、また悩んだ上で出にくい言葉をなんとか追加してくれている。


『君は……女の……子に……』


 島井の肌は白い。不健康な白さだ。以前、救急救命に詰めていた頃には、どこか浅黒い肌をしていたが、優の事故以降、皆無と言っても良いほど外出していない。日光を浴びないからこその白さである。

 その白い肌がほんのりと朱に染まった。純然たる美少女を前にし、言い淀んだ部分があるのだろう。だが、優への途切れ途切れな声掛けの為、バレにくかっただけ……。そんな感じだった。


『――うん――。そう――みたい――』


 目を伏せた。その黒目がちな瞳を伏せると長い睫毛が扇を成す。

 ちらりと島井は渡辺に視線を送る。目を逸らした訳ではなく、意見を求めたのだろう。


『でも――それより――』


 ポツリポツリと柔らかな桜色の唇から、その想いが解き放たれる。


『うごけ――ないと――』


 専属の女性2名の口元が緩んだ。儚く見える少女は思いの外強いらしい。

 自身に起きた現象さえ後回しにし、先ずは迷惑を掛けないよう、リハビリを……。

 専属の想いが1つになった瞬間だったかもしれない。


『めいわく――だから――』


 少女となった優は、精神的にもっと弱っていても何ら不思議はない。ところが、彼女は他者に迷惑を掛ける事を嫌い、その為、自ら歩き始めたのだった―――





 食事と間食と会話とリハビリ。

 この日も好きな時間に目覚め、好きな時間に活動する優だが、専属は文句を言わない。煩わしく思う事さえない。

 優はこれまでそうやって生きてきたのだろう。自分の事は二の次にし、他者を想い生きる。


 バスケに打ち込んだ理由もそうだ。


 一見、自分が大好きなバスケにのめり込んでいったようにも見えるが、それだけでは何故、熱中したのか、と言う問いに対しては三角を付けねばならない。おそらく、優の中では自分の才能を活かすことで、県東部に存在する強豪校を超え、全国への夢を見る仲間たち……。とりわけ、幼馴染みの少年を導きたい……。そんな想いが存在していたはずなのである。


 だからこそ、この日も優は歯を食いしばり、必死な形相で歩を進めた。まともには歩けない、幼く小さな躰を前進させた。


 よく食べ、よく運動する優に医師も看護師も可能性を感じた。将来的には、普通に生活が送る可能性がある……と。






 そんな優には、本日も家族の面会は無い。

 この日は前日の遠方に住む父方の祖父母の元への帰郷に続き、母方の実家へ年始の挨拶である。


 こちらでも、迅の親族と同様、優の話題で暗く沈んだ。

 母・幸は一人娘だ。よって、親族と言っても人数は少ない。だからかは不明だが、特別なエピソードは無かった。


 特別な出来事と言えば、またも帰りの車中で起きた。


「……私、優の戸籍を消して、新しくするって言う、病院の先生たちの案……。賛成」


「ちょっと……愛?」

「何を突然……」


 母も父も、長女の言葉に面食らった。

 ある程度は、娘の想いを理解していたはずの母もだ。


「…………」


 剛は、助手席で無言だった。自分の意見が無い訳ではなかろうが、成り行きを見守るつもりらしい。


「……だってさ。優は目を覚ましてるんだよ? なのに、まだ意識不明だって、嘘付いてさ……。おじいちゃんもおばあちゃんも……。昨日、舞ちゃんなんて取り乱して……。だから優を亡くなった事にして、戸籍を新しくする病院や総帥さんの意見には賛成。そしたら……嘘はやっぱり嘘なんだけど、前を向けるんじゃないかな……? 今の嘘の付き方……私は嫌い……」


「……姉貴の言いたい事、めっちゃ分かるよ。優が亡くなった事になれば、悲しむだろうけどよ……。新しく優を迎えたって事にしとけば、優の事は終わった過去に出来るんじゃねーのかな……?」


 ……祖父母を想い、姉弟の意見は一致を見せた。

 言い出した隣に座る姉に母の真剣な眼差しが突き刺さる。


 そんな彼女は「はふぅ……」と大きな溜息を吐くと、その表情は一転。柔和な母へと変貌した。


「そうねぇ……。母としては我が子を死んだことになんかしたくは無い……けど、考える必要はありそうねえ……。ねぇ? お父さん?」


「……検討だけはしてみる。でも俺はもう少し、様子を見たい」


 父も母も内情は複雑だ。それでも彼らも進む。問題を棚上げし続けてても、前には進めない事を彼らは理解している。


「戸籍に細工するとしたら、名前……ね。まだ決定したワケじゃないけど、何か考えておきなさいね」


「それならもう考えてるんだ! 人偏を取り払ってさ! 『憂』なんてどうかな? 今の雰囲気にぴったりだし、音も同じだから優の混乱も少ないと思うよ!」


「『憂』ちゃん……。そうね……。可愛いわね。漢字がほとんど消えてるって、連絡して下さったけど、『優』はしっかりと憶えていたから、覚えやすそうだし……」


 急に盛り上がり始めた後部座席の2人に対し、前方の男性2名は胸中の複雑さを顔が物語っていたのだった。



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