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18.0話 りはびりかいし

 


「優さん、ついに2人きりの時間が出来ちゃいましたね」


 祐香はそう声を掛けると、優は小首を傾げた。不満を口には出していないが、その顔が雄弁に『ゆっくり話せ』と語っている。


「2人……だね……」


 そう言い直し、広いVIPルーム内を見回してみた。





 ―――今はただ、放置されているだけの存在となった生体情報監視装置に表示された時刻は【21:07】を示している。

 夕飯は既に摂り終えた。優の母・幸からの差し入れがあったのである。彼女はレンジの存在を把握済だったのだろう。かに玉あんかけや、ほうれん草のお浸しなど、栄養価の高い手料理を差し入れた。愛する娘の為のその手料理の量は多く、島井も祐香もご相伴に預かった。

 島井からすれば、久々の病院関係以外の手料理。涙ぐむほど美味だったようである。


 優も久々の……とは、言っても意識無く眠っていたばかりの優からすれば、ほんの1週間ぶりほどの感覚だろうが、母の手料理に舌鼓を打っていたのだった。


 母・幸の料理の腕は確かな物らしく、間違いなくハイレベルな品が並んでいた―――




「――ぅぅ」


 冒頭の祐香の声への返信は、ちっさい唸り声だった。髪は適当に結ばれ、化粧気の1つも無い祐香だが、素材の良さは垣間見られる。そんな白衣の天使と2人だけ。優にとって、性別の変化は気にするほどの事でもなかったのか、本人はその事について、一切触れない。気にする素振りもない。忘れるには無理のある出来事のように思えたが、単に忘れただけかも知れない。

 正常な返答を出来なかったのは、女性と2人きりのこの状況のせいなのかもしれない。


 起床は19時を回っていた。好きな時間に眠り、好きな時間に起きている。自由人にも思えたが、島井の見解は脳の状態に伴う後遺症の1つ……時間の認識のロストだろうと、云う事だった。


 生憎、その時間には既に渡辺は病院を経った後だった為、質問タイム……、いや、様々なテストは翌日へと持越しになった。


 もう1人、病院内の知る者、島井 裕司はこの豪奢な部屋の隣室、NSで調べ物の最中である。別の言い方をすれば、渡辺からの宿題を消化しているのだ。


「あたし……山崎……祐香。よろしく……ね?」


 ここに至ってようやく自己紹介である。記憶の混乱を招く恐れがある上、優が気にする様子を見せないので、ここまで棚上げとなっていたのである。


「やまさき――んぅ――?」


 小首を傾げてしまった。眉尻が下がってしまっている。

 覚えられず申し訳ない気持ちがあるのかも……。そう思ったNs(ナース)は「祐香で……いいよ……」と優しげに微笑んだ。眼前の少女が可愛くて仕方がないといった風情だ。


「ゆうか――さん――」


「よろしく」


「――よろしく――おねがい――します」


 ぺこりとベッド上、長座位のまま頭を下げた。腹筋に力は無さそうだ。どうやら、体が柔らかいらしく、その為に安定した座位を取れているのだろう、と島井は言った。


 ……が、そんな事はどうでもいい。やはり優は自身が入院患者であり、祐香が看護師である事を理解している事を示している。


 それに気付いているのかいないのか、祐香の目付きが少しヤバい。若干、獲物を狙うような眼差しがチラリと顔を出した。とは言え、実際に襲いかかる事は出来ず、「呼び捨て……いいよ?」などと言葉を被せた。優の言葉は『さん』でひと括りとなっている。呼びにくそうだと思ったのかもしれない。何しろテンポが悪い。


「ゆうか――」


 従順だ。微細にも抵抗感を見せず、優はこの提案を受け入れてしまった。


「うん。それで、おっけい」


 右手でOKサインを作ってみせると、ようやく本題を切り出した。「トイレ……大丈夫……?」と。

 職業柄、よく問いかける質問だ。祐香も幾度となく、聞いている……が、看護助手や介護職の方が回数は多いはずだ。彼女の場合は、救急救命に詰めている期間が長かった。


「だいじょうぶ――でも――」


 ここで言の葉は1度、途切れる。どうにもテンポが悪いが、言語障害から現れる症状なのだろう。どもる事はなく、軽度とも捉えられる事は僥倖か。


 そのテンポの悪さを埋めるべく「……でも?」と続きを促してみた。すると「そのとき――おねがい――」と、スムーズに発した。けれども顔を背けてしまった。ほんのりと頬を染めている。

 何も気にしていないように振る舞っていたが、あれは何だったんだろうか……と、祐香に疑問が浮かぶ。


「――あるいて――いい――?」


 その疑問は霧散した。会話の流れを思い返すと「……どうして?」と新たな疑問をぶつけた。


「――めいわく――かけたく――ないから――」


 期待通りの言葉に祐香に喜びが生じたのだった。











 ……だが、この日の夜はそこからが大変だった。















 優ちゃん、汗掻いて……、一生懸命歩いて……。


 ちょっと進んでは、島井先生たちと並べた丸椅子に腰掛けて小休止。


『そうですね。看護師に迷惑を掛けたくないのでしょう。だから自分の意志で人の為にリハビリを開始した。こんなところでしょうか?』


 島井先生。大正解だと思います。


 でもね。もう2時間だよ!? 頑張りすぎなんじゃないかな? 今、3時だよ!?


 ……勘弁して欲しいです。転びそうで怖いからずっと付き添い。ハラハラしながら時々、フォロー。


 良い事! 良い事なのはわかってる!!


 わかってるんだけど……ね?


 優ちゃんの目の前の丸椅子に座ってみる。ちょっと抗議の目を送ってみた。


「ゆうか――。ボク――がんばる――!」


 あ。綺麗な顔。


 また、立ち上がった……。頑張りすぎじゃないかな!? 明日は……? 今日は筋肉痛じゃないかな!? あたしも。


 んーん。あたしはいいんだよ。寝て貰ってもやること無いし……。


 優ちゃんは力の無い右足を少し進めて、左足を右足の隣に。顔は真剣そのもの。


 ……いつか普通に歩けるようになるといいね。こんな子が頑張ってるんだ。とことん付き合ってあげるよ!





 ……でもさ。


 ホント。30分くらい休憩しない?








 リハビリ開始2時間半経過……。

 島井先生もあたしの休憩の為に再合流。もうちょっと寝てていいんだけどね。島井先生、倒れないかな? 毎日、どのくらい寝てるんだろ?


「ぅ――ふぅ――くっ――」


 汗、どうしよっかな? お風呂入れてあげる?


 パニック起こすかな? 恵の時には、パニック起こしてから放心状態。ちょっと怖い。


「……本当に休んでていいですよ? 私が付き合います。優さんの思うがままにやりたいだけやらせてあげたいので」


「先生? お父さんの顔になっちゃってますよ?」


 先生にとって、本当に娘なのかも? 優ちゃん、生まれたばかりみたいなものだし。


 あ……。顔が強ばってる。


「……気を付けます」


 ……いや、いいんですけどね。それだけ本気なんだと思いますし……。


「そろそろ終了だね」


 ベッドに向かっていってるから……?


「甘いですよ。戻ると見せかけて素通りしたり、引き返したりしてるんです」




 その後、本当にベッドイン。戻ったらすぐに眠っちゃって……。

 あれだけ運動したら疲れるよね。お疲れ様。


「終わりだったよ?」


 ……ドヤ顔むかつくんですけどっ!





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