12.0話 強き母と弱き姉
「失礼します。今日から経口摂取を開始してまして……。自己抜去される危険がありますので……。それで優さんにプリンを……」
恵さんはそう言いつつ、優ちゃんにプリンを見せてくれた。「市販の物で申し訳ないんですけど……」って、オマケ付き。理解していますよ? 優が目覚めたって広がったら大変。いろーんな人が大騒ぎ。
あらあら? 考えるだけで嫌になっちゃうわ。考えないでおきましょうね……。暗いことなんか必要ないんだから。
優の目はプリンに釘付け。この子は甘いものが好きだったから……。相変わらずの子ども舌なのね。
恵さんはそんな優を見て、子どもを見守る母のような微笑み。ホントに優のこと、好きでいてくれているみたい。
ふふ。本当の母は私だけどね。
「ぷりん――」
「嬉しそうですね」は、恵さんが愛に向けて。
愛は話しやすい子だから。人見知りしていた恵さんの心を、もう解しちゃったのかもね。自慢の娘1号。今更、2号が出来ちゃうなんて思ってもみなかったけど……。それはそれであり……。なんせこんなに可愛くなっちゃったんだから!
「へぇ……。優ちゃんはプリン好きなんだ……」
……あら? 困ったものねぇ……。
愛ってこんなに偏屈だったかしら?
変な小細工しちゃって……。そんな必要ないの……に? 必要なのかしら? この子にとっては……。
よっぽど、剛ちゃんのほうがマシかも?
……時間が解決してくれるわ。きっと。
「失礼します」って、恵さんはオーバーテーブルを用意して下さった。『あーん』したかったのに……。
「なんで残念そうなのよ?」
「何でもないわよ?」
愛は相変わらず、よく見てる子ねぇ。早く、優のこと、受け入れなさい?
「たべて――いい――の?」
まぁ……。小首を傾げちゃって可愛いわね。男の子で産んだはずなのに、女の子なんて……。
「はい。どうぞ」
…………。
いいわね! こんなに可愛くなったんだからいいじゃない! ネガティブなんて必要無いわ。前を向いて行きましょ? この子、きっとモテるわね。いい事じゃない!
……千穂ちゃんだったかしら? 前にこの子が連れてきた彼女ちゃん。いい子だったわね。どうしようかしら? こんなところにも困った困ったが落ちてるわね。
憂は右手でスプーンを何とか持って、プリンを掬おうとして失敗。左手に持ち替えた。右手をにぎにぎしてたけど、食欲が勝ったみたいね。左手で上手に掬った。
ひと口、食べようとして、また失敗。恵さんが落ちたプリンをナプキン……? で、ナイスキャッチ。
「ナイスキャッチ」
あらあら……。愛ちゃんと同じ事、思っちゃったわね。
2人で笑い合ってから「優さん? ゆっくり……」と、恵さんの声掛け。よく気の利く子ね。剛ちゃんにどうかしら? 彼氏、居るのかな?
「――はい」
……きちんとしたお返事も出来るのねぇ。破壊されたのは言語野のある左脳がほとんど……。
まぁ、この辺りは専門家にお任せね。病院は優に悪いようにはしないわ。総帥さんが優に惚れ込んで下さったみたいだし……。
あ。食べられたわね。嬉しそうにちっちゃなお口に入れちゃって……。小さな頃を思い出すわねぇ……。
…………?
首を傾げた? 何かしら?
島井先生の気配が動いた。観察眼を私たちから、優に戻したのね。優の喉がプリンの嚥下をお知らせ。細い首ねぇ。折れたらどうしましょ?
もうひと口……。ゆっくりと慎重に掬ってるじゃない。憶えられてる。偉いわね。
うん。上手にお口に入りました。
…………。
もしかして……。
「優さん?」
あら? 島井先生も気付かれたみたいね。優は島井先生をゆっくりと見上げた。なんだか、不満そうね。唇、突き出てるわよ?
「どう……ですか……?」
コクリと喉が動いた。嚥下は本当に問題無さそうね。これなら家でも見られそうね。なるべく早く連れ帰ってあげたい。大切な子ども。姿が変わっても関係ないわよ?
みんな、それを早く理解してくれないと……ね。私と、あと1人は必要かしら? 誰が先に優を受け入れてくれるのかな? 早くしなさいね。血を分けた家族なんですからね。
「あじが――しない――」
「「え?」」
心配そうな顔してハモったのは、お父さんと剛ちゃん。愛ちゃんは他人事みたいな顔してるわね。やっぱりこの子が1番の重症。
……時間掛かりそう。
「姫!」
「んぅ――!?」
恵さん? 家族の前ですよ? そんなに強くハグしてくれちゃって……。
……嬉しいわねぇ。
でも、その子、元は男の子……て、言ってもそうは見えないわね。
「ひ――ひめ――!?」
「五十嵐くん!」
あらら……。これは後で叱られるパターンね。
「恵さん、姫って……。本当に大事にして下さってるんですねぇ」
……フォローになったかしら?
「母さんはなんでそんなに平気そうなんだ? 障害の度合いは高そうだよ……?」
そうねぇ……。
「母さん? その顎の下に指当てるのやめたら? 年を考えてよ」
もう……。年齢の事はダメよ? いつか自分に返ってくるんだから。
「……姉貴も平気そうなんだよな。性別が「剛ちゃん?」
笑顔笑顔。笑顔を忘れたらダメよ? 子どもは笑顔のお母さんに育てられるべきだわ。
でも、周りを気にしないとダメよ? ここは帰り道のうどん屋さんなんだから。
「剛? 母さんの言う通りだ。気を付けなさい」
そうそう。叱るのはお父さんの役目。私は逃げ道であるべき。
「母さん?」
お父さんの促し。『なんで平気そう?』ね。なんて言おうかしら?
「今は生きてくれていただけで十分よ」
「母さん……、そう……、そうだね」
お父さんが1番、受け入れに近いのかな? 剛ちゃんは『そうか?』って、顔しちゃってるしねぇ。
愛は論外ね。別の子……。新しい妹が出来たくらいに思っているんじゃないかしら……。優はどうなった事になっているのかしら? 聞いてみる……ワケには行かないわよねぇ……。
「お待たせしました!」
ズズズーっとね。
麺類はこうでなくっちゃ!
ズズ……。
ズズ……。
ズズ……。
……みんな元気ないわね。優は目を覚ましてくれたって言うのに……。
「ズズズーっゴフッ!」
……!
「う……ケホッ!!」
「何やってんのさ……」
うぅ……愛ちゃんのせいなんですけどね……。
……絶対、バレてる。
我が母ながら曲者……。父さんも剛も気付いてないのに……。
でも、聞いてこないね。聞けない……のかな?
…………。
そりゃ、聞けないか。弟のことを……死んだって思ってるか、なんて……。
うん。優は死んだ。
優ちゃんは新しく妹になってくれた。それでいいじゃない? そうすればさ……。優の思い出もそのまま……。
なぁーんにも考える必要ないじゃない。
優はホントにいい子だったよね。年頃だし、ちょっと距離は開いてたけどさ。
……今の優ちゃんが、あの活発だった優だなんて思えない……。
ごめんね。でも、お姉ちゃんはそうするしか受け入れてあげられないんだ。




