解決編 本当の目的
「クイズは楽しかったですよ。今日はありがとうございました」
わたしはその人に声をかける。向こうを向いたまま何も言ってこない。
「じゃ、特別問題を解きましょうか。まず数字はクイズの答えだった人の順番。①なら代田先生、とかね。そして頭、顎、肩、足はそれぞれ苗字の頭文字、苗字の最後の文字、名前の頭文字、名前の最後の文字を表しているんでしょう?
きっとこれはわたしへのヒントだったんじゃないですか? だって前に趣味で作ったと言って探偵小説研究部員のわたしに見せたわよね、こんな感じのを」
その人は全く動揺を見せず、ピクリとも動かない。
「分かってるだろうけど一応解説もしようかしらね。ちなみに頭文字とか最後の文字ってのはローマ字で書いた時のこと。
1文目は佐熊だからsaで『さ』。2文目は代田和友だから doで『ど』。3文目は浦川倫造だからuuで、これはまあ『う』で良いのかな? 4文目は成治だからsiで『し』。5文目は頼子だからyoで『よ』。6文目は雲谷だからkiで『き』。続けて読めば『さどう しよき』。つまり『茶道』部員で、生徒会の『書記』であるあなたが答えになるってこと。ね、優里」
二つ結びの髪をフワッとさせながら優里はこちらを向く。
優里は何も言い返してこない。そしてその表情から、いつもの可愛らしい感じはほとんど感じられなかった。わたしはさらに続ける。
「実はね、北坂先生からあの紙をもらう前にもう気が付いたのよ。優里がこのクイズを作った人じゃないかって」
ピクッと優里の眉が動いた。
「今日会った生徒会の長の人の話を思い出してみて。まず牧原先輩の話。優里、牧原先輩、雲谷先輩、高沖先輩の4人の後に、田町先輩と保城君が到着したそうね。
次に雲谷先輩の話。高沖先輩と雲谷先輩は一緒に来た。
それから保城君と話していたこと。保城君を見かけたとき、田町先輩以外は集まっていた。
最後に優里が生徒会室の前で話してくれた、自分は2番目に着いたって話からして順番も加えると今朝体育館に到着した順番は①牧原②優里③雲谷と高沖④⑤保城と田町、のはず。
ここでもう1度雲谷先輩の話。雲谷先輩は、今朝学校に着いたら手紙があったと言っていた。つまりそれを置けるのは雲谷先輩より先に来た牧原先輩か優里だけ。高沖先輩は道で雲谷先輩と会って、一緒に来たって言ってたから置くことは不可能よね。それから雲谷先輩の自作自演の可能性は高沖先輩が一緒にいたことで消える。彼がいたら生徒会室前のクイズを貼りに行けないからね。だからやっぱり牧原先輩か優里なのよ。
そこで思い出すのは全て例のクイズは手書きだったこと。もしかして手書きにしたかったんじゃなくて、パソコンとかで作って印刷って作業が苦手だからそうしたんじゃないのかな? となるとあんなに素晴らしいポスターを作れる牧原先輩じゃなくて、スマホを何とか使いこなすってレベルのあなたってことになるわけよ」
優里はゆっくり目を閉じた。そして後ろを向いてから小声で話す。
「『さどう しょき』が解けたんならあっちの問題も解いてるわよね?」
「もちろん。あれは読み解くと――」
「いや、その答えは口にはしないで。心の中に留めておいてほしいの」
「で、でもどういうことなの? あんなことをわたしに伝えて……」
優里は黙ったままゆっくり振り返り、わたしに寄る。彼女の目は物悲しげだが、何かを大きな決意したかのような顔だ。
この表情……もしかしたらあの時のわたしはこんな表情だったのかしら……じゃあ今のわたしの気持ちが江藤君の……。
そんなことを考えていると優里はわたしの目の前。そしてにっこり笑った。
「あたしは理絵花が読み解いたように、あなたのことを愛してるの。どうしてもこのことを理絵花に伝えたくて――」
「だ、だったらなんでわざわざこんなクイズを作ったの?」
わたしが尋ねると優里は顔を赤らめた。
「そんなの理由は1つしかないわ。好きなのよ……あなたが嬉々として謎解きをしている時が特にね。それを見たくて……」
わたしは混乱していた。だって、だって、わたしの1番の友達が……。
しばらく黙っていると優里が口を開いた。
「ゴメンね、理絵花。こんなことに付き合わせちゃって。ちょっと変よね、あなたのことを好きになるなんて。でもこの想いは止められなかったの。あなたと一緒に過ごしている内にあなたの良いところいっぱい見つけちゃって――でも理絵花は雪美条高校に通ってる好きな人がいるんでしょ? しかもその人と付き合うことにした――それを聞いたとき、あたしは決意したの。あたしが好きな“理絵花”をいっぱい見てからこの想いを告げようって。そしたらきっぱり理絵花のことは諦めて――そう決意したの」
「……ダメよ」
「え?」
「ゆ、優里が……優里がわたしのことを愛してくれるからわたしはわたしなの。もし優里がわたしのことを諦めて、わたしとの関係が変わるんならそれはわたしじゃないわ。だからお願い、わたしのことを諦めないで。今までの、わたしを愛してる優里でいて! というより、わたしのことをもっと愛して! それに今日はホントの優里の気持ちを知られたから、本当に嬉しかった。ありがとう」
「理絵花……」
ぽろぽろと優里の瞳からは大きな涙が流れていた。
気が付くとわたしも優里と同じになっていた。
◆
「へぇ、ああいうわけだったんですか。北坂先生?」
彼女はあたしに小声でそう言った。あたしは例のクイズの真の目的を見せるため、こっそり口井さんの後を彼女と尾けていたのだ。
「……ええ。実は直々に彼女からそれを聞いちゃったのよ。なんだか様子が変だったから何かあったのか聞いてみたらね……その時は特に大きなアクションは起こさなかったんだけど、後日彼女から言われたの。協力してくれないかって」
「なるほど。そして先生の役割は例の手紙を書くこと。それからわたしみたいな問題をヒントも無しにバンバン解いちゃう人を最後にストップすることだったんですね?」
「そう。後者の方はあたしから申し出たの。万が一、日野田さん以外に解き終えちゃう人がいたらまずいからって。
でもやっぱりあなたは解けちゃうわよねぇ。さすが3年前のトップ入学生、しかも満点で。これはもう何年ぶりかわかんないって浦川先生が言ってたし、結構久しぶりだったそうよ。そういえば日野田さんも満点ではないけどトップ入学だったのよ」
あたしと彼女は、そのままコッソリ立ち上がってその場を離れる。ふたりの時間を見るのは、あまり良いことではなさそうだから。
校舎に戻ろうと歩いていると、彼女は思い出したかのように呟く。
「……そういえばさっき、口井さんが雪美条高校って言ってたけど、わたしの妹はそこに通ってるんですよ。もしかしたら日野田さんの彼氏と妹は知り合いかもしれないなぁ。ま、妹は2年生なんで、日野田さんの彼氏も1年生なら知らないかな?」
「妹さん、お名前はなんて言うの?」
「“ほのか”です。にしても、やっぱり姉妹って似ちゃうんですかね? みんなミステリーが好きなんですよ。わたしは探偵小説研究部ですけど、妹は探偵部なんです」
彼女――凪沢のぞみさんはそう答えた。