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その3 ほころんでいく日常

「現実的に考えて、か」

 暁雄あきおは休憩スペースに置かれたモニターを見つめながらつぶやいた。

 林研の森公園の一角に設けられたトレーニングハウスは、園内で運動する人々のための施設である。

 シャワー室や休憩スペースなどの設備が充実し、休憩スペースには飲料水の自販機のほかに、各種のプロテインまである。

 本来なら有料の会員制だが、「こちら側」では当然無料だ。

 毎朝早めに家を出て公園内をランニングし、シャワールームで汗を流しあと、登校までのわずかな時間をこの休憩スペースで過ごす。それがここ最近の朝の日課になっていた。

「まぁ、そのほうがフツーか」

 シブヤ騒動が起きてからというもの、「錯覚」や「常識」がじつに便利な言葉であるとつくづく感じるようになった。

 目撃者の証言をすべて見間違いや勘違いということにすれば、どんな事件もたちどころに無かったことにできてしまう。

 自信に満ち溢れたコメンテーターたちの言葉を聞いていると、事実を知っている暁雄でさえ、うっかり信じてしまいそうになる。

 しかし見過ごせないこともある。連日報道されるニュースでは、あいもかわらずヒーローに批判的な意見が目立つのだ。

「なんだかなぁ。2人とも、街のために戦ったんだぜ?」

 怪我人がたくさん出ているのは事実だし、正体の分からない相手を手放しで褒めろとは言わない。だが、彼女たちが街を守ろうとしていたことは現地の証言で分かるはずだ。

 それなのに、暴れていた連中とひとまとめにして叩くような論調が暁雄には納得いかない。まるで透と智環が町を破壊したとでもいいたいのか。

「何がパフォーマンスだ。ほっとけばよかったってのか?」

 暁雄は画面の向こうで好き勝手なことをいう大人たちに吐き捨てた。

 この報道は間違いなく透や智環たちの耳にも入るはずだ。直接関わりのない暁雄でさえ理不尽に感じるのだから、当事者である彼女たちが知ったらどんなに傷つくだろう。

 暁雄は、脱ぎ捨てていたトレーングウェアを洗濯機に放りこむと公園を出て学校へ向かった。

 校内でも生徒たちの話題といえばハラジュク騒動一色であった。

 教室に入った途端、何やら話しこんでいた征矢ゆきやたちが一斉に振り返り、またたく間にその輪の中に暁雄を迎え入れた。

「っぱ、芝居ってのはムリねーかなぁ」

「ケド、それがゲンジツ的だろ?」

 中信なかのぶ亨智こうじが報道の内容について議論を交わしている。

 メディアはパフォーマンス説一色に染まっていたが、どうやら視聴者の側はそうでもないようで、暁雄は少し安心した。

「街の映像見たか? 芝居に使うような火薬であんだけぶっ壊れるってありえなくね?」

「それなりの量を集めたらいけるんじゃね?」

「何10kgになるか知らんけど、そんなデカイもんが家や店のそばに置かれてたら気づくだろフツー」

「ナニかに偽装すればイケるんじゃね?」

「ナニかって? いきなり置かれて怪しまれないモノってあるか?」

「自販機とか? あと車に積んどくってのも聞いたことあるぞ」

「そんだけの火薬、どこで手に入れるんだって話だよな。いまどき特撮だってほとんど使わないって言うし」

 征矢もパフォーマンス説を疑っているようだ。問答してる中信と亨智にしても、 雑談自体を楽しんでるだけで、本気で討論してる感じではなかった。

「犯罪グループならそういうツテもあるんじゃね? 敵国に潜伏するテロ支援組織とか、海外ドラマの定番じゃん」

「ドラマの話はいいって。こっちは現実の話だ」

「んじゃ、アレはホンモノの狗面ランナーで、悪の怪人と戦ったってか?」

「そうじゃねーけどよお」

「ウテナは何ていうかな?」

 話題がループしかけたとき、征矢がこの場にいない友人の名を挙げた。

「今回は証拠が山程あるからなぁ」

「あいかわらずガチの証拠映像は絶無だけどな」

「なら、まだトリック派かなぁ」

「どうかな。なんか新情報つかんでるかもしれんぞ」

「かも。あの辺には知り合いが多いって言ってたしな」

 それは予想というより願望だな、と暁雄は思ったが、友人たちの気持ちもわかる。

 シブヤに端を発する一連の騒動に関して、メディアから発せられる情報は不確かな憶測ばかりで、世間の人々は真実に飢えていた。

 情報通で通っている台に、征矢たちが期待するのも無理はなかった。

 だが、友人たちの期待を背負わされた台は、HRが始まっても姿を見せなかった。

 休み時間のたびに暁雄たちは連絡を取ってみたが向こうからの反応はない。友人の身に何かあったのではと心配するなか、4時限目が終わりかけたとき教室の後ろの扉が開いた。

「すみません、遅くなりました」

「はい、聞いてますよ。席について」

 教室に入ってきた台は、暁雄たちに意味ありげな視線を送りながら自分の席につき、すぐに授業が再開された。

 それから数分も経たずに授業の終了を告げるチャイムが鳴ったが、暁雄たちには何倍も長く感じられた。

「おい、なにしてたんだ?」

「連絡くらいしろよ、心配すんだろ」

 授業が終わると暁雄たちは台の周りに集まった。だが、台は、暁雄たちの問いかけに答えることなく、カバンから取り出したコンビニ袋を手に立ち上がった。

「今日は別のところで食おう」

 そう言うと、台は、暁雄たちの返事も待たず、さっさと教室を出ていってしまった。しかたなく、暁雄たちもそれぞれの弁当を手に手に、廊下を速歩きで移動する友人の後を追った。

 いまどき、自分の教室以外で昼食を取る生徒など珍しくもない。クラスメイトの多くは、慌ただしく教室から出ていく暁雄たちを気にもとめなかった。

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