その2 常識人たちの模範解答
ハラジュクで起きた騒動は夕方のニュースで全国に知れ渡り、シブヤ騒動と同様、テレビ各局が特別編成で長時間の特番を組み、翌日になってもメディアはこの話題でもちきりであった。
「現場周辺は、現在車両の立ち入りが禁止されておりまして、ご覧の通り警察関係者と工事用の車両でいっぱいです」
「すでに開店時間を迎えておりますが、ほとんどの店舗はシャッターが降りたままで、付近の住民の方々の中にはご自宅を離れられている方もいるそうです」
「破壊された家屋のようすがここからでも確認できます。マンションの壁や道路には乱闘で出来たと思われる生々しい爪痕が残されております」
「現在捜査当局では、騒動の原因と思われる男女2人組と、彼らと争ったという複数の人物の目撃情報を求めております」
「目撃者の証言によりますと、騒動を起こした2人組のうち、男のほうは異様に背が高く、長い鎖のようなものを振り回していたそうです」
「襲撃犯の女に刃物を投げつけられたという被害者の証言があり、さらに多くの住民が大きな爆発音を聞いており、なんらかの爆発物を持っていたのではと思われます」
「今回も既存のキャラクターによく似た人物の目撃情報が寄せられておりますが、関係各所は関与を否定しております」
メディアの過熱ぶりはシブヤ騒動のときと全く同じだが、唯一異なることがあった。それは町を守るために戦った透や智環に対する評価である。
今でこそ、暁雄たち「ヒーロー」を非難する声が大勢を占めているが、シブヤ騒動の直後は「異形の魔物から町を守った」として称賛する向きもあったのだ。
しかし今回はそのような意見はほとんど聞かれない。それどころか、騒動の発端である「鎖使いの大男と玩具を操る幼女」や「空を飛ぶ2人組の少女」は軽い紹介程度で済まされ、報道の時間の多くはシブヤ騒動との関連性や、両方で目撃されたヒーロー2人の解説に費やされている有様だ。
「先日のシブヤに続いて大きな騒動が起きたわけですが、現場はまるで戦争でも起きたかのような惨状です。シブヤでは建物に一切被害がなかったことを考えると、この点が大きな違いといえますが、何か理由があると思われますか?」
「私がこのニュースを聞いて最初に感じたことは、『抗争に見せかけたパフォーマンスではないか』ということです」
キャスターから水を向けられた初老の男性はそう切り出した。
「パフォーマンスですか?」
「ええ、そうです。シブヤで起きた騒動は、当初、いずれかの武装集団同士の衝突であるかのように考えられていましたよね? 昨日のハラジュクの一件も同様です。しかし私は、そもそもその考えが間違っているのではないかと思うのです」
そう語るのは元防衛軍出身の経歴を持つ的外頑考で、陸軍少将まで勤め上げたのち退役、ジャーナリストに転身した人物だ。
「つまり、対立する組織の抗争ではないと? どうしてそのように思われるのですか?」
「考えてもみてください。シブヤにせよハラジュクにせよ、都心のど真ん中で乱闘を起こすなんて普通は考えられないでしょう? あまりに目立ちすぎるし、すぐに警察が駆けつける。そんな場所で騒ぎを起こすなんて常識では考えられない。誤解を恐れず言わせていただくなら異常者ですよ」
「まぁ、たしかに非常識な行動ではありますね」
キャスターは的外の言葉に驚く素振りをみせながらも、反論や質問はせず、的外の主張を噛み砕く役に徹している。番組開始前から打ち合わせ済みなのだろう。
「ところがですよ。それほど頭のおかしい連中が、騒動が収まった途端、一斉に姿を消した。文字通り消えたんです。付近には多くの防犯カメラがあるにも関わらず、彼らの姿はまったく映っておらず、怪しい車両の目撃情報もない。天に昇ったか地に潜ったか、綺麗さっぱり消えてしまった」
「情報によると戦闘のあと2人組が空を飛んでいったという証言があるそうですが?」
「そんなものはね、……いや、それは後にしましょう。ともかくですね、ついさっきまで血気にはやって暴れていた頭のおかしい連中が、急に冷静になり、整然とした行動を取ったことになる。敵も味方も示し合わせたかのように。あまりに不自然じゃありませんか?」
「たしかにそうですね。かなり激しく争っていたという話ですから、あの場から移動するにしても、その途上で小競り合いを続けてもおかしくない。ところがそういう情報は入っておりません」
「そうなんです。全員そろって煙のようにかき消えてしまったわけです。予め逃走計画を練っていない限りこんなことは不可能です。騒動を起こす範囲やタイミング、警察の到着時間など綿密に計算し、騒動に関わった全員が示し合わせて動く必要がある。つまり、彼らが個々の集団と考えるより、統率のとれた一個の集団と考えたほうが自然ではありませんか?」
「なるほど! それでパフォーマンスという疑いを持たれたわけですね。抗争に見せかけた一種の芝居だと。前回のシブヤのときも、愉快犯の自作自演を疑う声がありましたね」
「そうでしょう? 私はその可能性のほうが高いと思いますよ。まだわかりませんがね、世間の注目を浴びることが目的の輩もいるんです。いわゆる劇場型犯罪というやつですな」
「あのぉ、ちょい、イイですか?」
番組レギュラーのお笑い芸人が的外とキャスターとのやりとりに割って入った。
「パフォーマンスというには、ちょっと派手すぎません? 現場にいた人がインタビューで言ってましたけど、人が空飛んでたとか、鉄柱を投げあってたとかって話じゃないですか。それ芝居とかってレベル越えてません? 映画やマンガみたいな話で、人間業じゃないでしょ。シブヤのときもパフォーマンスだの幻覚だのって話ありましたけど、今回は実際に被害が出てるわけで、そのへんの説明つくんですか?」
芸人独特のいささか無遠慮な物言いだが、的外も慣れたもので、気分を害したようすはない。
「それは簡単ですよ、目撃者の中で二重の錯誤が起きているんです」
「錯誤といいますとどのような?」
「まずひとつめは視覚の錯誤。簡単に言えば見間違いですね。現場は相当混乱していて、目撃者の多くはパニックを起こしていた。そういう状況では、人はえてして見間違いをするものなんです。煙を巨大な人影と見間違えたり、熱風に煽られたシャツを見て人が飛んでると思いこんだりね。戦地や災害現場などでは珍しいことじゃない」
「なるほど」
「2つ目は記憶の錯誤です。人間の記憶とは非常に曖昧なものでして、時間が経つほど歪んでしまうものなんです。よく刑事ドラマで、聞きこみ調査を受けた目撃者が『そういえばあの時……』なんて具合に忘れていた光景を思い出す展開がありますよね。確かにそういうこともないわけではないですが、現実にはその逆のことも起こりうるんです」
「逆、ですか?」
「自分が体験したことを誰かと話すうち、記憶が上書きされてしまうことがあるんです。例えばある人が白い鳩を見たとしましょう。このときその人物の頭の中には白い鳩の映像が焼きついているわけですが、周りから『私が見たのは黒だったような気がする』とか、『鳩じゃなくてカラスだったような』という話を聞かされていると、次第に頭の中の『白い鳩』が『黒いカラス』に書き換わっていくんです」
「もともとあった記憶が、あとから編集された映像に上書きされてしまうと」
「そうです。もちろん警察は捜査するうえで、目撃者の記憶が改変されないよう配慮していますが、目撃者同士が会話することは妨げられませんからね。どんどん記憶が捏造されていってしまうんです」
「つまり目撃者の証言をすべてを鵜呑みにするのもよくないというわけですね」
「その通りです。もちろん最終的な判断は警察の捜査を待たないといけませんが、私としては荒唐無稽な話を信じる気にはなれませんね。何しろそうした話を裏づける証拠が無いんですから。これだけ目撃者がいて写真の一枚も無いなんてありえないでしょう」
的外がそう言い終えると、待ってましたとばかり別の人物が口を開いた。
「その話で言うと、被害者たちの心理を誘導した人間がいるかも知れないですね」
発言者はサイドパッドのメガネをかけた30代半ばくらいの女性で、大学で非常時対応学の教授をしているという。
「心理の誘導ですか?」
「ええ。人が空を飛んだとか、町中でミサイルを飛ばしたなんて、ただの見間違いというには現実離れしすぎている。目撃者がそのように錯誤するよう、意図的に仕組まれた可能性もある気がします」
「そんなことができるのですか?」
「簡単ですよ。現場は爆発騒ぎで混乱していましたからね。その騒ぎに便乗して叫べばいいんです。『あそこに人が飛んでいるぞ!』とか、『空から街灯が降ってきた』といった具合にね。そういう悲鳴を聞いた人たちは、例え自分がその光景を見ていなくても、実際に起きたことだと思いこんでしまう。そして、そう思いこんだ人間が多ければ多いほど、先ほど的外さんがおっしゃられた二重の錯誤が起きるわけです」
「なるほど」
「このような集団的錯覚による事故や、それを利用した犯罪は、過去に多くの実例があります」
「しかしそうなりますと、犯人グループの仲間が一般人を装って騒動の現場にまぎれこんでいたということになりますか?」
「シブヤのときもそうでしたが、相当大掛かりな集団みたいですからね。そのくらいのことはやりかねない」
「なぁるほどねえ、ヒーローショーみたいなもんですかね」
お笑い芸人が教授の言葉に大きくうなづきながら相槌をうつ。
「前もって道路や建物に爆発物や人形なんかを隠して、全員が配置についたところで騒ぎを起こす。通行人や警官相手に暴れ回って周りの注意を集めたら、ドッカーンと爆破したり人形を飛ばして騒ぎをデカくする」
「休日のハラジュクは人で混み合っていますからね、それだけでもかなり混乱するでしょう。そこへ一般人に扮したサクラが、あちこちで『あ、あれは何だ!』、『人が飛んでる』と叫び回ることで、集団的錯覚を誘発させる」
「その結果、あたかも超人同士の戦いが起きているかのように誤認させられる。十分可能でしょう」
「では、現場では警察がそうした火薬などの微粒物や仕掛けの痕跡が残っていないか捜査しているわけでしょうか?」
「可能性はあると思いますね。もし推測が正しければ、すぐに証拠が出てくると思いますよ。何しろ彼らはプロですから」
ここに至りもはやスタジオ内でパフォーマンス説を疑う者はいない。このような「一見、不可解な事件を冷静かつ科学的に考察」した論陣は、どこの報道番組も同様で、主張も結論も異口同音の感がある。
真相を知る者からすれば、「非常識な現実から必死に目をそらし、さまざまな仮説を立てて、是が非でも常識の範疇に収めようとしている」ようにしか見えないが、「真相を知る者」が圧倒的に少ないために、この主張は多くの視聴者に受け入れられたのである。




