その2 玩具と兵隊
断続的な破壊音とそれに続く人々の悲鳴が星河のもとにまで届いてくる。
(大尉なら、きっと大丈夫……!)
駆けつけたい気持ちと不安を抑え、星河は傷ついた人々の手当を続けていた。
「あーあ、はしゃいじゃって。ほーんとガキなんだから」
愉快そうにぼやきながら、朏は竹ひごを挟んだ左右の手を素早くスライドする。竹ひごの先端には竹製のプロベラがついている。
いわゆる竹とんぼだ。
朏の手元から飛び立った竹とんぼは、いったん3mほどの高さまで上昇したあとゆっくりと降下する。しかし地面に落ちることはなく、ふわふわと朏の周りを浮遊し続けた。
明らかに普通の竹とんぼではない。奇怪な動きをする竹とんぼは合計6つ。朏の周囲を衛星のように飛び回っている。
惨劇の場と化した竹上通りには、鷹羽の凶行で負傷した者たちや、騒ぎを聞いて建物から出てきた人々であふれていたが、朏の周り直径10mほどは人口の空白地帯になっていた。
不気味な竹とんぼが人々を威嚇するように飛び回っているため、気味悪がって誰も近寄ろうとはせず、不安と不審と不快の三重奏を奏でながら遠巻きにしていた。
「うん、準備オッケー♪ オネーサンはどお? もうイケる?」
重苦しい雰囲気にそぐわぬ陽気な声で、朏は星河に向き直った。
その全身は手製のバルーンアートで飾られ、背中にはひときわ大きなピンクの風船が2つ浮かんでいる。
呼びかけられた星河は、朏の言葉の意味を理解できず戸惑いの視線を返した。その間も治療の手は止めていない。
「もう始めちゃっていいの? その人、ジャマじゃない?」
「? まだ動かせるわけないでしょ。傷がふさがってないのに。何をする気か知らないけど場所を変えてくれない? 怪我人が大勢いるんだから」
「あたしはドコでもいいよ? オネーサンに選ばせてあげる」
「選ぶ? どうして私が?」
「人の少ないトコがいいんでしょ? エンリョしないでいいよ」
「私はどこへも行かない。行くわけ無いでしょ。だいたい何をするっていうの?」
「えー? 闘技兵のやることなんて決まってるじゃん」
「私はあなたと戦う気はない」
「なんで? オトモダチはノリノリだよ?」
「大尉は、あの男を止めるために戦っているだけ。いっしょにしないで。それに見て分からない? 私は、今手が離せないの」
「なんだ、じゃあたしも手伝ってあげる♪」
朏の右手が怪我人を指差す。と、彼女の周りを浮遊していた竹とんぼのひとつが反応した。
「!?」
横合いから迫る竹とんぼに気づいた星河は、反射的に羽衣ユニットのバリアを起動した。直後、乾いた音を立て、竹とんぼが半透明の障壁に激突する。
まさに間一髪であった。
バリアに衝突した竹とんぼはその後も前進をやめない。高速回転するプロペラがバリアの表面に刃を立て続け耳障りな音を響かせる。
「あれ~、何でジャマするの?」
朏は竹とんぼを下がらせたが、星河はバリアを解除せず障壁越しに応じた。
「いま何をするつもりだったの? この人、怪我をしてるんだよ!?」
「死んじゃえば手当しなくていいでしょ?」
「!」
星河は息を呑み、朏のあどけない笑顔を凝視する。
不規則に飛んでいた竹とんぼたちは、いまや星河たちを半包囲下に置いていた。
「ね、だから、さっさとコロして遊ぼうよ!」
朏の手が振り下ろされると、それを合図に三方向から竹とんぼが殺到する。
「やめて!」
カグヤの周りに複数のバリアが展開し、竹とんぼの群れは半透明の壁に進路を塞がれる。高速回転する羽がノコギリのような音をたてるが、バリアには僅かな亀裂もない。
「むぅ~、かったいなぁ」
「何でこんなひどいことをするの!? みんな大変な怪我なんだよ! 早く手当てしないと死んじゃうかも知れないのに!」
「だからだよ?」
「え?」
「死んじゃったらコロせないじゃん」
「……!?」
「人が死ぬところって面白くない? あたしを見てる目の中からフッと光が消える瞬間。アレほんっとたまらない! どんな映画や漫画よりもドキドキしちゃう! 作り物にはない生命の神秘、一生に一回きりのエンタメってやつ? ほんっっっとサイコー! だからあたしはコロすときはプチッてやる系なの。イジメるのもイイけど、たまに勝手に死んじゃったりするからさぁ。やっぱり自分でやらないとね? あ、お姉さんたち兵隊さんでしょ? 敵をコロすときってどうしてる? プチ派?」
「……人の命を何だと思ってるの。命はひとつしかないんだよ? 大切なものなんだよ!?」
「そうだよ? だから面白いんじゃん♪」
「あなた変だよ! おかしいよ! 誰かが死んだら、その人の家族や友達だって悲しむんだよ!? 心が傷つくんだよ!?」
「そんなのあたしに関係ないじゃん。どーせみんないつかは死ぬんだしぃ」
「か、関係なくない! この人たちが怪我をしたのはあなたたちのせいなんだから!」
「? 違うよ。その人たちが弱いから死ぬんだよ。弱いくせにイバるのが悪いの」
(な、何なのこの子、おかしいよ絶対! 私たちとも、千翼ちゃん たちとも違いすぎる! どんな世界から来たの!?)
星河が押し黙ってしまったため、朏は退屈そうに口を尖らせる。
「てかさぁ、遊んでくれるの? くれないの? どっち?」
「だから、遊びとかじゃ……!」
「ンもー、またそれぇ? なんかつまんなぁい。やる気ないならいいよもう。あっちに混ぜてもらうから」
朏は星河に背を向けると、戦闘音のする方へ歩き出そうとする。
(……この子は違うんだ。暴れたいだけなんだ。トゥルノワも、闘技兵も関係ない。みんなを苦しめるだけの存在。……龍星と同じだ! 私の、敵だ!)
星河は心を決めると、ゆっくりと立ち上がった。
「……せない」
「はい?」
「大尉のもとには行かせない! あなたの相手は、私です!」
「遊んでくれるの!?」
「すみません、みなさん。少しだけ待っててください」
怪我人たちに頭下げると、星河は羽衣ユニット「カグヤ」を起動し空中へ舞い上がる。
「あ、待って~♪」
星河を追うように朏も走り出す。
「よっと!」
スキップの要領で軽く道路を蹴ると、朏の身体は、まるで水中にいるかのようにふわふわと宙を漂った。
地面に足を着けることなく道路を横断すると、向かいのクレープ屋のひさしを蹴り、そのまま2階の屋根まで浮き上がった。
星河が朏の奇妙な動きを訝しんでいると、当の本人が種明かしを始める。
「ね、スゴイでしょ。これがわたしの『神血痕』♪」
「すてぃぐま?」
「そ、これも、これも、ぜーんぶね。誰かさんの鎖と違ってカワイイでしょ♪」
風船や竹とんぼを指差しながら、朏は得意げに語る。
神血痕とは、神獣と血の契約を交わすことで宿す異能の総称で、鎖や玩具など契約者の個性に応じた形で具現化する。
これらは朏たちの世界固有の「技術」であり、当然ながら別世界出身の星河には馴染みのないものである。しかし今、そのことは問題ではない。
「でね、この風船が……ひゃっ!」
朏の頭上数cmの位置を光の弾丸が通過した。とっさに首をすくめていなければ額を撃ち抜かれていただろう。
「ちょっとぉ、まだ途中なんだけどぉ?」
「必要ないから」
星河のかざした掌のあたりに新たな輝きが生まれ、朏めがけて撃ち出される。
「ひゃっ! も~! ……ん?」
朏に避けられた光の弾丸は、そのまま背後の壁に激突するかと思われたが、そのはるか手前で音もなくかき消えた。
「なになに今の? 呪術?」
「あなたには関係ない」
輝白物質。全宇宙にあまねく存在し、羽衣ユニットの動力にも利用されている不可視の物質。
「蓬莱玉」を搭載したカグヤは、その輝白物質を広範囲に運用可能な唯一無二のユニットであり、星河が打ち出している光弾は通常バリアとして使用する輝白物質膜を数十層積み重ねたものである。
威力の調整が容易で、うまく霧散させれば周囲への損害も避けられる。今回のような状況には最適の武器であった。




