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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第10話 大乱闘スプラッシュブラッディーズ
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その1 ジュネーヴなルール

「くっ!」

 迫る鉄鎖をかわしたリーナは鷹羽から大きく距離を取った。

「おいおい、逃げんなって!」

 鷹羽は左腕の鎖を通りの向かいにある電柱に絡ませると、踊り場の床を音高く蹴りつけ空中に身を躍らせた。

「何だ!?」

「うわ、危ない!」

 騒音に気づいた通行人たちが頭上を振り仰いで口々に叫ぶなか、鷹羽は右手を奇妙に拗じらせながら鎖を投じた。

「喰らいやがれ! 紅蜷局べにとぐろ!」

 鷹羽の手から放たれた鉄鎖は、巨大な螺旋を描きながら竹上通りを猛然と突き進んだ。

 鉄の渦の射線上にあるものは無残に薙ぎ払われ、人工の破片と天然の人血が飛び散り、人々が絶叫をあげて倒れていく。

 道路を蹂躙した鉄鎖は突如急カーブを描き、下方からリーナに襲いかかった。だがこの一撃をリーナは危うげもなく回避する。

 敵性浮遊惑星「龍星」に対抗するべく開発された羽衣ユニットの機動性をもってすれば造作もないことだが、今のリーナはそれを誇る心境ではなかった。

「いやぁぁぁぁぁ! 何!? なんなの!?」

「い、痛い……、たすけて……誰か……」

「え、なに!? ガス爆発?」

「やべぇって! 逃げろ! 警察は!?」

「おいどけ! 邪魔だ!」

「イタっ! なにするのよ!」

「爆弾だってよ! 変質者が暴れてんだよ!」

 多くの人で溢れていた休日の竹上通りは、今や流血の戦場と化し人々はパニックに陥っていた。怒号と悲鳴が飛び交うさまはシブヤ騒動を彷彿とさせるが、現場に蔓延する血生臭ささは比較にならない。

「カカカカカ! やり返す度胸もねーのか! いいぜ、さっさと逃げろ、腰抜けのクズども!」

 逃げ惑う人々に哄笑を浴びせながら、鷹羽は上空のリーナに間断のない攻撃を続けた。

 2本の鉄鎖は生き物のように動き回り、左右交互に飛んで来たかと思えば、右の鉄鎖が蛇行を描きながらリーナを追尾する間に、左の鉄鎖が住宅の中を突っ切って足元から現れる。

 荒れ狂う鉄の大蛇がリーナを追い回しながら町並みを破壊し、飛び散る瓦礫が雨のように降り注ぐ中を人々が悲鳴を上げて右往左往する。

「泣け! 喚け! 叫べ! ヌクヌク飼いならされたクソどもがはいつくばるのは最高の眺めだぜ!!」

 吠え立てる声に呼応するかのように鉄鎖を操る両腕の回転が上がる。建物の屋根を飛び跳ねながら執拗に攻撃をし続ける鷹羽に対し、リーナは防御一辺倒であった。

(セマルグルの火力を持ってすれば一瞬でこの男を塵に変えられる。だが、この世界の人々を巻き添えにするわけにはいかない。建物は諦めるにしても、せめて住民の安全は確保せねば……!)

 羽衣ユニットの武装は小惑星破壊を目的にしているため、地上で使用するには威力が大きすぎる。下手に反撃すれば、さらに被害者が増えてしまう。

(! ……あれは?)

 対応に苦慮していたリーナは視界の端で緑の密集している一角を捉えた。

(なんだ? 森? 人工林か?)

 リーナが目にしたのは都民の間で都会のオアシスとして知られるヨヨギパークであった。およそ54万平方メートルに及ぶ敷地面積はトーキョーで五指に入る広さだ。

(街中よりはマシか。うまく行けば……)

 だがリーナの表情に気づいた鷹羽が皮肉めいた笑みを浮かべながらその機先を制する。

「さきに言っとくがよぉ、俺ぁ場所を変えるつもりはねぇからなぁ? テメーが消えたらコイツらに相手してもらうだけだぜ」

「くっ……!」

「たぎりまくってカンタンには収まらねーからよおお! ぅおらぁぁぁッ!!」

 鷹羽は道路脇にある街灯を左右の鉄鎖で1本ずつ引き抜くと、豪快なスイングで投げ放った。

「くっ! なんてことを!」

 街灯を避けるのは容易いが、こんなものが地上に落下したら大変なことになる。

 高速で回転しながら迫る街灯を回避したリーナは、咄嗟にセマルグルに内蔵された接地用アンカーを射出し、今まさに飛び去ろうとしていた街灯を空中で捕獲した。

 だがほっとしたのもつかの間、地上からは次々に街灯が飛んでくる。確保した街灯を安全に下ろしている余裕はない。ワイヤーのアンカーを解除しその場で投棄した。

「おらぁおらぁ! よそ見してんじゃねーぞ!」

 リーナは狙いすました左右のワイヤーで、それぞれ1本ずつ街灯を捕らえ、そのまま身体を旋回し続いて飛んできた別の街灯に当てる。

 落下していく4本の街灯には目もくれず別の街灯の下方へ回りこんだリーナは、仰向けの姿勢で副砲を発射した。

 短い衝撃が周辺の空気を震わせ、一条の閃光が空を駆ける。その光の中で、かつて街灯であった物体は跡形もなく消し飛んでいた。

 出力を最低限に絞ってもこの威力であった。発射時には射線上に建物が入らないよう細心の注意が必要で、最適な位置取りをするためにリーナは目まぐるしく飛び回る。

 旋回、横転、宙返り、急降下、急上昇。地上スレスレの高度で曲技飛行を行い、無造作に投げ放たれる街灯を、1つ、また1つと撃ち落としていく。

「ハハッ! やるじゃねーかトンボ野郎!」

 鷹羽を喜ばせるためにやっているわけではないが、リーナのハイレベルな空戦技術あっての妙技であることは間違いない。

 だがそれにも限界があった。

(次は……!)

 囃し立てる鷹羽の声を無視して副砲の狙いを定めたとき、街灯の飛んでいく方角に高層ビル群が林立するのをリーナは見た。

(まずい! この角度は……!)

 副砲の射程距離を考えたら安全とは言いきれない。そのためらいが発射の機会を逃した。

 撃ち漏らした街灯は唸りをあげながら建物の陰へ落下し、重々しい落下音に続いて人々の悲鳴が上がる。

「おーおー、大サンジだな、ありゃ。ちゃんと落とさないからだぜ? かわいそうによォ」

 残忍で無責任な嘲笑が自責の念にさいなまれるリーナの肺腑をえぐる。

「……何を賢しげに! 貴様が闘技ルドゥスに応じなかったせいだろう! いたずらに暴れてこちらの者まで巻きこんで。恥を知れ!」

「おいおい、テメー、軍人じゃねーのか? 戦場で爆弾落とす前に相手にお伺い立てるマヌケがいるかよ!」

「軍人であればこそ民間人を守る義務がある! 何よりここは戦場ではない! 貴様が勝手にそうしただけだ!」

「はっ! フヌケたこと言いやがって! ぬるいんだよ!」

「非戦闘員まで見境なしとは見下げ果てた奴!」

「こっちのセリフだ腰抜け!」

 鷹羽の鉄鎖が左右に広がり道路脇の街灯に巻きつく。

「ゲーム再開だぜ、しっかり守ってやれよトンボ野郎!」

 しかしここで先手を取ったのはリーナであった。

「何度も同じ手が通じると思うか。私の七頭神鳥セマルグルを侮るなよ。ゆけ! ガラヴァー!!」

 リーナが叫ぶと同時に、ユニット背部および左右に備えられた7つの砲塔が一斉に飛び立ち、四方から鷹羽に襲いかかった。

「うおっ! んだ、こいつらぁ!」

 セマルグルに合計7基搭載されている浮遊砲塔「ガラヴァー」は、思念による操作が可能なうえ、ある程度の自律性も備えている。

 そのうちの1基が軽快な動きで鷹羽の背後に回りこむ。気配を感じとった鷹羽が寸前で横に飛んだためジャケットの脇腹をかすめただけですんだが、ガラヴァーの触れた部分は真一文字に切断されていた。

「ちっ、シャレになんねーぞ!」

 羽衣ユニットの外装はウルツァイト合金とドラゴンセラミックの複合装甲で覆われており、理論上は小惑星の直撃にも耐えられる。

 超硬度の砲塔が音速で激突すれば、重戦車に採用されている劣化ウラン装甲すら紙切れに等しい。

 砲撃ができないのであれば砲塔それ自体を武器にする。リーナの機転に不利を悟った鷹羽は身を翻し、群衆のいる方へ走り出した。

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