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その7 場外乱闘大変に危険です

「傷口を塞いだだけなのでそっと持ち上げてください。……そうです。とりあえずこちらへ運んでください。……はい、ありがとうございます。じゃあ、次はこちらの方を……」

 警察官の手当を任された星河せいかは慣れたようすで透たちに指示を出す。

 その様子を眺めながら鷹羽たかはが忌々しげに吐き捨てた。

「けっ、呪術使いか。ドコにでもいやがるんだな」

「ただの魔法だ。妙な言い方をするな」

「なこたぁ、どうでもいいんだよ。重要なのはテメーがゲームの関係者ってコトだ」

 リーナの訂正を鼻であしらうと、鷹羽は連れのみかを振り返る。

「どうよ、やっぱりいたじゃねーか。俺のカンは当たるんだよ」

「タカハが言ったのとは別の子だけどねー。合計何回ハズしたか覚えてるぅ?」

「細かいコト言ってんな、見つかりゃ同じだ」

  上機嫌の鷹羽は相棒の皮肉にも動じない。

「用は済んだか? ではさっさと去れ」

「おいおい、そりゃねーだろ。こっちゃ朝から探し回ってたんだぜ? ちょっとくらい遊んでくれよ」

「お前の事情など知ったことではない。これだけの騒ぎを起こしたのだ、すぐに官憲が集まってくるぞ。そうなれば事が大きくなる。その前に去れと言っているのだ」

「はっ! 願ったり叶ったりじゃねーか」

「なに?」

「あの……」

 リーナが鷹羽の言葉を聞きとがめたとき、警察官の治療を行っていた星河が被害者の容態について報告した。

「3人とも生きてはいます。でも傷がひどくて完全に治すのは……」

「できるだけのことをしてやれ。あとはこの世界の医者と本人の運に任せるしかあるまい」

「分かりました」

 警官たちのもとへ駆け戻る星河を見やり、鷹羽の口元が三日月状に歪む。

「へへっ、意外としぶてーじゃねーか」

「自分の不始末を棚に上げてよく言えたものだな」

「あ? 俺は手を払っただけだぜ? ココの奴らがひ弱すぎるんだよ」

「なるほど。非力な者相手にことさら力を誇示したわけか。勇ましいことだな」

「イジメだよねぇ。タカハさいてー」

 鷹羽を茶化すチャンスとばかり朏がすかさず合いの手を入れる。

「ムカシからそういうトコあるよねぇ。カラダは大きいくせに幼いっていうかぁ。あたしと正反対」

「っせぇな。テメーもイジめんぞ」

「や~んこわ~い。助けてお姉さぁん」

「断る。笑劇ファースの相手ならよそを当たってくれ」

「ああん? ……まぁ、いいさ。どーしてもテメーがイヤだってんならそこらの奴と遊ぶだけだ」

「なんだと?」

「こっちには小うるさい自警団もいねーしな。思う存分暴れられるぜ」

「何を言っている。リモシー人が無力なことは分かっただろう。これほどの怪我を負わせておいて、まだ暴れ足りないというのか」

「カンケーねぇよ。なにせ俺ぁイジメっ子だからよ」

「リモシーが舞台に選ばれただけで、彼らはトゥルノワには無関係だぞ。それを……」

「だからカンケーねーつってんだろ。こいつらが先に手を出せば何ヤってもいいんだろ?」

「……まさか貴様、それが目的で……」

「ったりめーだろ。じゃなきゃ誰がこんなくっだらねぇゲームに手ぇ貸すかよ」

「……下衆め!」

 侮蔑のこもったつぶやきは、陽気な朏の声にかき消され、鷹羽の耳には届かなかった。

「ねぇねぇ、やめたほうがいいんじゃなぁい? また叱られるよ?」

「いンだよ。小言なんざ聞き流して終わりよ」

「相棒の忠告に従ったほうがいいのではないか? 今なら恥をかかずに済むぞ?」

「お、なんだ? 遊ぶ気になったのか?」

「お前が決闘権ラクトリスタムを持っているのならな」

 リーナの反応にもっとも驚いたのは星河であった。

「大尉!?」

「心配するな。このような輩に遅れをとる私ではない」

 決闘権ラクトリスタムとは、プレイヤーが闘技兵アパリティオに与える権限のひとつで、これを持つ者は独断で他の軍団レギオンと戦うことができる。

 いくらプレイヤーが許可したとはいえ、敗北したときのデメリットを思えば無用な戦いは避けるべきである。そう思ってリーナはこれまで決闘権ラクトリスタムを行使したことはなかった。

 だがこの男は危険すぎる。リーナたちが挑戦に応じなければ、本気で辺り一帯の人々を虐殺するつもりだ。

 たとえ異世界の住民とはいえ、無辜の民が被害にあうと知りながら見過ごすことはできない。そんなことをすれば、弱い人々を守るために軍人の道を志したリーナ自身の決意が無駄になる。

「おいおい寂しいこというなよ、2人で来いよ。人数無制限だぜ?」

「お前たちの相手など私1人で十分だ」

「えー、あたし、やるなんて言ってないんですけどぉ」

「しゃーねー。そっちのお前、このガキがヤバくなったら来いよな? 途中参加もアリだからよ」

 やや白けた様子の鷹羽を見やりながら、リーナは闘技申請を行うため右腕を空に向かって伸ばす。宣言の文言を脳裏で再確認し、口を開こうとした矢先、至近に迫る殺気がリーナの神経を貫いた。

「大尉! 危ない!」

 路上に星河の悲鳴が響き渡ったとき、すでにリーナは体を反らせながら後方に飛んでいた。直前までリーナの頭部があった空間を一条の鉄鎖が駆け抜けていく。

「はっずれ~! 鷹羽だっさーい!」

「ちっ、やるじゃねぇか!」

 槍のように伸びた鉄鎖の一撃を咄嗟に回避したリーナは、悪びれたようすのない2人を睨みつけながら立ち上がる。その左頬から血のように赤いマナが流れ出ていた。完全にはかわしきれなかったのだ。

「おお~、なんかお姉さん変身したっぽい?」

 朏が言うように、リーナの身体は瞬間転送された羽衣ユニットで覆われていた。

「貴様、何の真似だ!?」

「ああ? 遊んでくれるんじゃねーのか? お上品によーいドンとでも言って欲しかったか?」

「ふざけるな! 申請前の不意打ちなど許されるものか! 闘技ルドゥスのルールすら破る気か!」

「おいおい、ふざけてんのはそっちだぜ。誰が闘技ルドゥスをやるなんつった?」

「!?」

「言ったろ? 遊んでくれってよお!!」

 言い放つと同時に鷹羽の鉄鎖が風を切り裂き、道路上に真円を描いた。建物の壁やガラスが割れ砕ける音に、通行人たちの悲鳴が重なる。

 鉄の旋風が収まったあとの路上には大小無数の破片が散乱し、巻きこまれた人々が血を流しながらうずくまっていた。

「あらら~、いったそぉ~」

 道路にしゃがみこんだ朏が血まみれの人々を愉快そうに眺める。

「何てことを……!」

 宙に飛び上がることで難を逃れたリーナは、道路の惨状を見下ろしながら怒りに身を打ち震わせる。

 路上では、羽衣ユニットのバリア機能を解除した星河が怪我人のもとへ駆け寄っていた。

 怪我人の多くは鷹羽たちをのん気に撮影していた者たちだが、中には先ほど星河を手伝い警察官を運んでくれた者たちもいる。

 怪我をまぬがれた者や軽傷の者は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。建物の中にいた人々も、窓際を離れて部屋の奥へ隠れたり、道路とは反対にある裏口から避難を始めていた。

「ち、飛べんのかよ。うっぜーな」

 鷹羽の鉄鎖「恨牙うらが」は伸縮自在で最大100m近くまで伸ばすことができる。飛ぶ鳥を叩き落とすくらいわけないが、空中を飛び回る人間を相手取るのは厄介だ。

 鷹羽は右手の鎖を手近なビルの非常階段の手すりに引っ掛けると、ウィンチ代わりにして一気に2階踊り場まで移動する。

「……貴様、正気か?」

 鷹羽のいる踊り場からやや上方にリーナが浮かんでいる。距離にして数mも離れていない。

「あぁ?」

「彼らはただこの場にいただけだ! 我々の争いに全く関係ない! それを……!」

「は! 外野を気にするたあヨユーじゃねーか!」

 鋭く突き出された鉄鎖がリーナの言葉を遮り、その眼前に迫る。

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