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その6 Third time's a charm

「どうします? 男のほうだけじゃなくて、あの子もちょっとおかしいですよ」

「例の一件以来、妙なのが増えてるらしいからな」

「応援要請で生安の連中にも来てもらおう。児相にも回すよう伝えておけ」

「分かりました」

「へっ、ポリ公なんざ、どこの世界も同じだな。ワカンねぇのはコイツらだ」

 みかの見た目に騙されて動揺する警察官たちをせせら笑ったあと、鷹羽たかはは周囲の群衆たちに訝しげな視線を投げかけた。

 ここに集まっている人々はみな鷹羽が暴れるのを目撃している。彼の凶暴性を目の当たりにしながら警戒心の欠片もないのはどういうことだ。

 なかにはケータイで撮影している者もいて、鷹羽や朏が上手く映らないとぼやくばかりで、その理由を深く考えようともしない。

「ボケた連中だぜ。大道芸でも見てるつもりか?」

 鷹羽のいた世界では考えられないことだった。

 彼の生まれ育った町では一瞬の油断が命取りであった。子供ですら他人の発散する空気を敏感に感じ取り、怪しげな相手から身を隠すくらいのことはする。

 その程度のことすらできない者には生きる資格も権利もない場所だった。

 鷹羽自身、そうやって生きてきたし、ナメた真似をする者がいれば、年齢や性別に関係なく始末してきた。

「コイツらに比べたら家畜小屋のブタのがまだマシだろうぜ」

 眼の前で何が起ころうと自分たちには関係ないと思いこんでいる。少なくとも鷹羽にはそう見える。

 確かに今のところ直接的な被害は出ていない。だがそれは、鷹羽がトゥルノワのルールに従って欲望を抑えているからに過ぎない。

 通行人の中には、鷹羽と目を合わせないよう顔を背け足早に去っていく者もいて、彼らは鷹羽の全身から漏れ出す破壊衝動を敏感に感じ取ったのかもしれない。

「まぁいい。せーぜー浮かれてろ。スグに地獄を見せてやるぜ」

 トゥルノワでは現住生物への加害行為が禁止されているが、ほとんど建前に過ぎない。その気になれば簡単にすり抜けられる。現に鷹羽はこれまで何度も実行してきた。

「ちょいと辛抱するだけで暴れ放題だからな。たまらねぇぜ。ま、そんくらいの役得がなきゃやってらんねーけどな」

 数分後に到来するであろう血生臭い未来を想像し舌なめずりすると、鷹羽の口元で牙のような犬歯がむき出しになる。

 そのとき鷹羽の引き締まった脇腹を朏の小さな指先がつついた。

「ねぇタカハ、いいの?」

「あ? なにが?」

「行っちゃうよ、あの子たち」

「!」

 間一髪の差であった。

 鷹羽が視線を向けたとき、ちょうどそらたち3人の後ろ姿は人混みに紛れ見分けがつかなくなっていた。

「テメェらぁ! 待てやコラァ!」

 せっかくの獲物を逃してたまるか。鷹羽が鎖を握りしめて駆け出すと、その背中で場違いなほど明るい声が弾けた。

「あァ~! 男が逃げるぞぉ~!」

 鷹羽の行動に気づいた警察官たちは反射的に動いた。突然のことだったため、彼らの注意を喚起した声の主にまで気を回す余裕などなく、ましてやその真意に気づくはずもなかった。

「おい! 何をしているんだ!」

「待てこいつ!」

「逃げるな!」

 3人の警察官は半ば飛びかかるようにして鷹羽を取り押さえた。だがそれこそ鷹羽の望んだことだった。

 現地民のほうから攻撃を仕掛けてきた。それがたとえどれほどひ弱な力であろうと関係ない。

 もはや鷹羽を縛りつけるものはない。

「さわんじゃねーつってんだろぉ!!」

 喜怒ないまぜになった鷹羽の声が轟くのと、手にした鎖がうなりをあげたのは、ほぼ同時だった。

 銀鎖の暴風が荒れ狂い、屈強な警察官たちは数メートルの距離を吹き飛ばされた。

 3人のうち2人は建物の壁に激しく打ちつけられ、残るひとりは頭からショーウィンドウのガラスを突き破り店内に転げ落ちた。

 倒れた警察官たちはそのまま起き上がってこない。全身血まみれで、手足がわずかに痙攣している。

「キャー!!」

「警官がやられた!」

「ひ、人殺し!」

 凄惨な光景を目にし、それまで静観していた見物人たちが一気に騒ぎ出した。

 だがその場から逃げ出したのは、集まっていた人々のおよそ半数で、残る半数は鷹羽を遠巻きにしたまま映らないケータイで写真を取ろうと躍起になっている。

 騒ぐ群衆には目もくれず鷹羽は逃げた3人を追う。

 道路にあふれていた群衆は潮が引くように道を開けるが、ただひとり、透だけはその場から一歩も動かず、鷹羽の行く手に立ちはだかった。鷹羽を見すえる瞳に恐れの色はない。

「同じ目にあいてーってか!? 気に入ったぜ!」

 鎖を肩の高さで回転させながら、鷹羽は大股で近寄っていく。さっきは傷つけないようわざと外したが、もうその必要はない。

 相手が残忍な笑みを浮かべて近寄ってくるのを目にしながら、透は手にしたケータイを握りしめた。そしてそれを掲げようとしたとき、この日、三度目の横槍が入った。

「待て!」

 制止を告げた声は透のすぐ後ろから聞こえてきた。

 それは子供のような、それでいて奇妙な力感に満ちた声だった。命令することに慣れた熟練兵のような威圧感があり、傲岸不遜な鷹羽ですら思わず動きを止めていた。

 驚いた透が振り返るよりも早く、声の主は透の視界に映りこんでいた。透を背にして鷹羽の前に立ったその人物は、透の胸元にも届かないほど小柄な少女であった。

 一見すると小学生のような見た目で、どこかで見たような制服を着ている。

「……ったくまたかよ。ナンナンだ今日は」

 その女性、リーナことアンゲリーナ・ルキーニシュナ・テレシコワ大尉は、拍子抜けしたようすの鷹羽を見据えながら透に呼びかけた。

「勇敢な少女よ、ここからは私が引き継ごう」

「えっ? でも、こいつだいぶヤバイよ? 危ないんじゃないかな?」

「心配は無用だ。この手のケダモノの相手は慣れている」

「……ハッ、言ってくれるじゃねーか……!」

 鷹羽の刺々しい視線がリーナに突き刺さるが、少女は平然とした顔でそれを受け止め後方の部下に指示を出す。

「モーリ、けが人を見てやれ」

「はい! あの、すみません! この人たちを移動させたいので、どなたか手を貸してもらえませんか?」

 倒れている警察官のひとりに駆け寄った毛利もうり星河せいかは、周りに呼びかけながら治癒魔法を発動させた。

「なにあれ? 手品?」

「そのへんにカメラでもあるんじゃね?」

「え? 撮影なの? 映画?」

 星河の両手から出た光が警察官の身体を包みこむのを見て、見物人たちが再びざわつき出した。なかには映画の撮影と勝手に勘違いして緊張を解く者までいる。

 その場で事実を知る者、あるいは理解した者はごく数人だった。

「……へ、そういうことか。テメーらがそう(・・)ってことかよ」

 目的の獲物を見つけた鷹羽は愉快げに呟き、謎の少女の素性をおおよそ理解した透は鷹羽の相手を任せることにした。

「わかった。じゃ、アタシはあっちを手伝うね」

 透が星河のサポートに名乗り出ると、見物人たちの中から他にも男女数名が進み出て、星河の指示に従い負傷した警察官たちを運び出していく。

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