その5 『ステラモル stell@mor』
「いいのかなぁ~、間違ってたらまたペナルティだよぉ?」
当事者である女子高生と見物人たちが不安と恐怖に包まれるなか、男の連れの童女はいたって呑気なもので、むしろその口調にはどこか男を煽るような響きがあった。
「カンケーねぇ! どーせ全員ツブすだけだっ」
銀髪の男は鎖をしごき、目の前で震えている黒髪の女子高生の顔に狙いをつける。
男の殺意をまとったシルバーチェーンが不気味な音を奏で、再び振り上げられようとした寸前、群衆の中から横槍が入った。
「ねぇ、そこのおにーさん」
「あぁっ?」
人波をかきわけ輪の中に足を踏み入れた透は、臆するようすもなく輪の中心まで歩いていく。
それを見て童女が小さな歓声をあげた。
「わぉ、セーギの味方登場?」
「ちょっとごめんね」
透は女子高生たちを手振りで数歩下がらせると、銀髪の男が口を開く前に空いたスペースに身体を滑りこませた。
「ンだ、テメーは? コイツらの仲間か?」
「違うよ、通りすがりの女子高生」
「けっ、カンケーねぇヤツぁ引っこんでろ」
「無理。こんなの見てほっておけない。3人とも怖がってるじゃん」
「いいね、お姉さんもっと言ってやって」
そう言って透に賛同したのは、男の連れの童女であった。
「鷹羽は女の子の扱いがゼーンゼン分かってないの。だからいつまでも素人ドーテイなんだよねぇ~」
「そうなの? まぁモテそうには見えないけど」
「やっぱ分かっちゃう? カラダは大きいくせに中身は子供だからさ、あたしも手を焼いてるワケ」
「いるよねそういう人。その年で子守なんて大変だね」
「ちなみにアソコもキッズらしいよ☆」
男をからかうような2人のやりとりに見物人の間から失笑がもれる。
「コロされてねーのか、テメェら!」
鷹羽と呼ばれた男は激昂し右腕のシルバーチェーンを薙ぎ払う。銀色の蛇が道路の表面をえぐりとり、透の足すれすれに横一文字の亀裂が走る。
「や~ん、鷹羽、図星ぃ?」
群衆は男の凶行に恐れをなし一斉に口をつぐむが、透は腰に手をあてた姿勢のまま男の目を見据えている。
「だから、そういうのがダメって言ってるの。いちいち暴れてたら話進まないよ?」
「テメェ……!」
男の目に危険な光が宿った。それまで暴風のように荒れ狂っていた怒気が収まり、変わって明確な殺気が透に向けられる。
殺伐とした雰囲気を感じ取り、群衆も3人の女子高生たちも固唾をのんで2人を見つめる。
しかしその緊張感が極に達する前に、二度目の横槍が入った。
「そこの君たち、何をしているのかな」
「ちっ、ウゼーのが来たか」
見物人の輪の中から現れたのは3人の警察官であった。通行人の通報を受け近くの交番から駆けつけてきたのだろう。
「何かもめごとですか? 事情を聞かせてもらっていいですか?」
「よくねーよ、消えろ」
「君たちはこっちへ」
現場に現れた3人の警察官のうち2人が揉め事の張本人と思われる2人組を引き受け、その間に残る1人が透と女子高生たちを輪の外周近くまで引き離す。
「君たちはここにいて。いいね? あとで話を聞くから」
透たちを移動させた警察官は、そう言い残すと仲間のもとに戻った。
警察官が離れたのを見計らって、透は3人の女子高生にささやきかける。
「ね、今のうちに行っちゃいな。事情はアタシが説明しとくから」
「いいんですか!?」
「え? でも……」
透の申し出に3人のうち2人が安堵の気色を浮かべたが、銀髪の男と対峙していた少女だけは消極的だった。
「被害者である私たちがいなくなったら警察の方々が困るのではありませんか? ここから動かないよう言われましたし」
「穹ちゃん……」
銀髪の男から友人たちを守っていたところから察するに、穹と呼ばれた少女は几帳面で律儀な性格のようだ。それゆえ警察官の指示を無視して現場を離れることに難色を示したのだろう。
そうした人となりは平時であれば長所として称賛されるものだが、ここは状況が状況だけに、同行の友人たちも困惑気味である。
「うん、フツーはそれが正しいと思う。けどアイツ、フツーじゃないじゃん? お巡りさんにはアタシが話をしとくからさ。証人は、ホラ、いっぱいいるし」
「あの、そうしたほうがいいと思います!」
透が非常時の対応であることを少女に説いていると、人混みをかき分けて現れた智環が口添えする。
「えっ? あの、あなたは?」
「あ、私、この人の友人です。あの、どうしても話したいことがあるなら、明日、改めて警察に連絡したらいいと思います」
透と智環は、銀髪の男と童女を目視したときから、彼らが異世界からの来訪者であろうと直感していた。容姿も服装も自分たちと似ているようでどこか違和感があるし、何より身にまとった雰囲気が違う。
先日のシブヤの一件で身にしみたことだが、異世界の人間にはこちらの常識は通じない。
2人組の目的は不明だが、何をしでかすか分からない以上、目をつけられている3人にはこの場から離れてもらったほうが安全だ。
「そうそう。家はココから遠い? スグに連絡できる人はいる?」
「……いっしょに来た友人たちがほかにもいて……」
「じゃあ、まずはそのコたちと合流したら? とにかく今はココにいないほうがいい」
「穹ちゃん、そうしよ? ね?」
「私もそのほうがいいと思う」
「……わかりました」
怯える友人たちの説得で冷静になったのか、穹と呼ばれた少女はようやく避難に同意した。
「助けていただいたうえにすべてお任せするのは心苦しいですが、お言葉に甘えさせていただきます」
「それがいいです。お巡りさんも分かってくれると思います」
「助けてくれてありがとうございました!」
「本当になんてお礼を言ったら……!」
「いいからいいから、ほら急いで」
3人は代わる代わる透と智環に頭を下げると群衆の中にとけこんでいった。
こうして女子高生たちが慌ただしいやりとりを交わす間、不審な2人組はといえば、目の前の警察官をあしらうことに気を取られていた。
「君たち名前は? その手に持ってるのは何?」
「ウッセ、知るか。さわんじゃねー」
「纐纈鷹羽。18歳。高1のときから喧嘩ばかりしてるせいでまだ高2でーす」
銀髪の男が警察官相手にふてぶてしい態度を取った直後、そんな相棒に当てつけるかのように、童女は男のプロフィールを詳らかにした。
「テメ……っ!」
「ありがとう、お嬢ちゃん。それで君のお名前は。この人はお兄さんかい?」
「笑えない冗談はやめてくださぁい。身内にこーんな狂犬がいたら恥ずかしくて死んじゃいまぁす。バレる前にバラバラにしてポイです」
「……そ、そうかい。じゃあ……」
「あたしの名前は玩月朏でーす。12歳。小学校6年生。ミカって呼んでいいですよぉ。自慢じゃないけど優等生です。タカハと違って」
「けっ……!」
「あ、ああ、ありがとうね。それじゃ……」
「なので今度『お嬢ちゃん』って言ったらコロしますね☆ あたしそーいうの嫌いなんでぇ」
「は? え……!?」
童女の無邪気な処刑宣言に警察官たちが絶句するのを見て、鷹羽は腹を抱えて笑う。
「クハハハハハ! 気ぃつけろよオッサン。そいつイカれてっからマジでヤっちまうぜ?」
「ぶぅ~、好き勝手暴れるだけのタカハとは違いますぅ。注意を守らないほうが悪いんです」
「言ってろ、サイコ野郎」




