その4 『スティグマ』
ハラジュク竹上通りといえば、ティーン向け流行ファッションブランドが集中することから、「ファッションの発信地」、「若者文化のメッカ」などと言われ、他県から修学旅行の生徒たちが訪れる観光名所にもなっている。
通り沿いにあるカフェ「GREEN GARDEN」は、地元でも知られた人気店で、フルーツと野菜を使ったスイーツやランチが女性から支持を集めている。
ゆったりとくつろげる店内の雰囲気も人気の理由のひとつで、人でにぎわう通りを見下ろす2階テラス席に、杉山智環、神奈谷透、大宅魅麗の姿があった。
「みんな今日はありがとう。せっかくいろいろ教えてもらったのに、まだひとりじゃお店に行きずらくて……」
「いいっていいって。始めはそんなもんだって。アタシもそうだったし」
「そーそー、アーシ、お店回るの好きだしぃ。みんなイイ人だったっしょ? 分かんないことは分かるヒトに聞けばいーんだって。アーシなんて、いっつもそーしてるよ?」
この日、3人で休日の竹上通りに繰り出したのは、「店で服を探すにはどうしたらいいか」という智環の相談を受けてのことだった。
透の友人で、オシャレの師匠でもある魅麗は、自分のバイト先や行きつけの店を一通り案内して周り、知り合いに智環のことを紹介してくれたのだ。
「うん、ありがとう」
「なんで、もうエンリョはなしね。今日はありがたーくチョーダイするけど、次からはフツーに誘ってくれればいいから」
オープンテラスのテーブルには、アーモンドを使ったフロランタン、キャラメルナッツのエクレール、アーモンドベースのフレジェなどが並んでいる。
これらはショッピングのレクチャーをしてくれた2人のために智環が注文したものだ。
「でもお休みの日につき合ってもらったんだし……」
「え~、休みだからっしょ? トモダチとショッピングってフツーじゃん。ん~、ウマイ!」
魅麗は美味しそうにフレジェをパクつく。
「自分の探すのもいーけど、トモダチの服探すのも楽しーよ。いろんなカワイイが発見できるじゃん」
「そういうもん? ま、おかげでアタシも助かってるけどね。取材あるときはミレイ頼りだからね」
「そんなこといって、トール、最近注文多いよ? ミニよりショーパンがいいとか、アンクル系はヤダとかさー」
「いや、それはほら、ミレイのおかげで目が肥えてきちゃってさ……」
「うんうん、いいコトだよ、アーシも教えガイがあるってもんさ。……どしたチワワン?」
「え? あ、うん……、私、友達なんだなって……」
「え? え? なにそれ、トモダチじゃないの? なに、アーシだけ?」
いささか大げさな仕草で魅麗が驚いて見せると、智環が慌てて訂正する。
「う、ううん! 違うの、うれしいのっ。ありがとう……」
「も~、なんなの、それ。チワワンはトールのトモダチ、トールとアーシはラブラブ。だからチワワンとアーシはトモダチ。でしょ?」
「ラブラブはおいといて。みんな、カナのゲーム仲間ってのもあるしね」
ファッションやグルメなど同世代の流行に敏感で、たまに読モもやっている魅麗は校内でもなかなかの有名人だが、カナンたちからはノーマークだった。
知名度のジャンルが特殊なため、公式記録を元に作成した暁雄の闘技兵候補リストからもれていたからだ。
透が面白半分で推薦したところ、魅麗の闘技値は2,500ほどもあり、戦力としては申し分ないのだが、本人にその気がないため保留扱いになってる。
「そうそう。だからチワワンがオシャレに目覚めたならアーシもうれしいワケよ。イクラでも聞いてくれていーの。わかった?」
「う、うん……ありがとう」
「にしてもチワがせっかくガンバってるのに、肝心のアイツがなぁ……」
「ありゃ。トール、映画のコト、まーだ怒ってんの?」
「あったりまえじゃん。女の子の前で無言とかありえないでしょ! 10分間も黙ったママなんて、チワが可哀想で見てられなかったモン。そういうトコ、ホンッット情けない」
「ええっ!? ず、ずっと見てたの!?」
「イヤイヤイヤ、いーじゃんーじゃん。ピュアラブって感じでサァ」
「え~、そういうもん?」
「そーだよぉ。ナンも言えないモジモジな感じ、カワイくていーじゃん! セーシュンだよ。アオハルだよ。アーシにもあったなぁ、そんな時代」
「ミレイ、オバさんっぽい」
「トールには言われたくなぁい。モジモジ感、わかるっしょ? チワワン」
「え、え~と……、な、なんとなく……?」
高校に入学するまで親しい友達がいなかった智環は、透と魅麗の開けっぴろげな会話に圧倒されていた。
歯に衣着せぬやりとりに戸惑いを感じるものの、それを許せる2人の関係は素直にうらやましい。今はまだ無理だが、いつかは自分も彼女たちの輪に入ることができるだろうか。
「そういえば、2人は、いつ知り合ったの?」
「ん? チワワン、それ聞いちゃう? 聞きたい? アーシらの奇跡の出会いを聞いちゃう?」
「そんなもったいぶるコトじゃないでしょ。だいたい……」
そこまで言いかけて、透は不意に口を閉ざした。その視線は、前の席に座っている智環の肩越しに通りのほうを見ている。
「ん? トール?」
「透ちゃん、どうかしたの?」
「なんかもめてる。ほら、あそこ」
智環と魅麗が透の視線を追って振り返ると、竹上通りの一隅に人だかりができていた。
道路を行き交う人々の注目を集めているのは、やたら長身の男だった。体つきはほっそりしているが、背丈は2mをゆうに越えている。
体にフィットした黒のレザージャケットを羽織り、同じ色のパンツにブーツと、全身黒一色といった出で立ちで、やや長めの銀髪と左肩に掛けた太いシルバーチェーンが異様さを際立たせている。
銀髪の男のかたわらには、連れらしき少女がいた。こちらは男とは対象的に小柄で、あどけない顔立ちとファンシーな服装から見て小学生のようだ。
そして、そんな違和感のありすぎる2人組が向き合っているのは3人の女子高生だった。
3人とも紺色のブレザーにピンクのリボンタイ、チェック柄のプリーツスカートと、おそろいの制服を着ている。おそらく同じ学校の生徒なのだろう。
威圧的な銀髪の男の表情からして、2人組が女子高生たちに絡んでいるようだ。女子高生たちは助けを乞うように周囲の人垣に視線を向けるが、目が合った者は視線をそらすか足早に立ち去るだけで、一行を遠巻きにしたまま近寄ろうとしない。
「ねぇねぇ、ホントにこの子らがそうなの?」
「いや分かんねぇ。が! 妙に気になりやがる」
銀髪の男は、連れの幼女と話す間も女子高生たちをにらみ続けている。
「それ今日だけで7回目なんですけぉ? ぜーんぜんアテにならないんだけどぉ?」
「っせぇ! おう、テメーら、とぼけてねぇで吐けよ。どこのモンだ?」
鎌首をもたげた蛇のように、極端に前かがみになった男の顔が女子高生たちの間近に迫る。
「だ、だから、何を言ってるのか分かりません! さっきからそう言ってるじゃないですかっ!」
長い黒髪の女子高生が男の言葉をきっぱりと否定する。
怯える友人2人を背後にかばい、男の視線を真正面から受け止めているが、小刻みに震える足が少女の恐怖心を物語っていた。
「けっ、オトナしくしてりゃつけあがりやがって。いいぜ、いつまでシラを切り通せるか試してやるぜ」
銀髪の男は肩に掛けていたシルバーチェーンを右手に持つと、無造作に一振りした。金属的な衝撃音が鳴り響き、少女たちのすぐ足元の道路が粉々に砕け散る。
「うわ、危ねぇっ!」
「なにやってんだアイツ!!」
「ちょっと本気!?」
「マジやばいって! ケーサツまだぁ!?」
どよめきをあげながら見物人たちの輪が3mほど外側に広がる。
輪の中に取り残された3人の女子高生は恐怖で蒼白になり、いまにも泣き出しそうだ。




