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その3 新キャラお披露目終了

 翌朝、客船メティス・プリンセスの屋上デッキから2つの影が飛び立っていた。

 使者としての役目を終え、帰途につくリーナと星河である。空を舞う2人は、昨晩のきらびやかなドレスとは正反対の無骨で重量感に満ちたプロテクターを身に着けていた。

 飛翔機能と戦闘機能を兼ね備えた砲雷式宙空戦用翼袍、通称「羽衣ユニット」である。

 砲塔や推進装置、通信機器といった複数のパーツで構成されたユニットは、装備者の背部と両脇に展開しており、真上から見ると半円形あるいは馬蹄形状に装備者を包みこんでいるように見える。

 ユニット下部に設けられたマジカルロケットエンジンノズルから噴出するエーテルフレアーが太陽光に反射し、七色の軌跡を描きながら2対の飛鳥が軽快に風を切る。

 その様子を展望室のエトゥネが見送る。

「あれが羽衣ユニット。話には聞いていたけれど、小気味よい飛び方をするのね。まるでピルンドゥのように軽やか」

「テレシコワ、毛利の両名が所属する宇宙軍第192征龍航宙大隊は、数々の戦場で名だたる戦果を上げている軍でも指折りの精鋭部隊だそうです」

「頼もしいわね」

 味方である間は頼みにさせてもらおう。ナリオンの言葉にうなづきながらエトゥネは考えた。

 同盟は一時的なものだ。たがいの思惑が一致しているうちは手を組み、そうでなくなれば手を切る。それだけのこと。

 あくまでプレイヤー同士の取り決めに過ぎないから、違約したところでルール上のペナルティはない。

(あの子のことだから、変な小細工はしてこないでしょうけど、私とカナンが対立していると知ったら、どうするかしらね。私との同盟を継続するか、破棄してカナンと組むか……)

 同盟を申しこんできたミーエは、エトゥネにとって大事な友人であり、カナンを交えた3人で試験勉強をしたり、休暇中に旅行したこともある。

 明るく人好きのするミーエは、学院の内外に多くの友人や知人がいて、その交友関係の広さによく驚かされたものだ。

 学業の成績は平均よりやや上といったところだが、魔法理論は常に学年首位を維持していて、闘技ルドゥスではルード・スペルを駆使した堅実な戦略に定評がある。

(それともすでに対戦しているのかしら? リーナと星河(あの2人)は何も言っていなかったけれど、その可能性はある)

 スペル重視のプレイスタイルはカナンと似ているが、多彩なイェナンで相手を翻弄するカナンに対し、ミーエは手持ちのルルァで軍団レギオンの力を底上げし重厚な布陣を構築する。

(同盟を結ぶことで守りを固めるという方針は、彼女の性格に合っているし、戦略的にも理にかなっている。不自然な申し出ではない)

 とはいえ油断は禁物だ。エトゥネにそう思わせることが、相手の策かもしれない。

 仮に最後まで良好な関係が築けたとしても、トゥルノワで優勝するのはただひとり。他のプレイヤーをすべて倒したときには、同盟を解消し戦うことになる。

 エトゥネは頭を一振りし、思考の沼地に沈みかけていた意識を、現実の岸辺まで引き上げてた。

 同盟の申し入れを受けたときから熟考を重ねてきたことだ。同盟を受け入れたからには、いつまでも確証の無いことで悩んでいてもしょうがない。

(相手が誰であろうと、つけいる隙を与えなければいい。いずれ戦うことは確実なのだから、それまで、彼女の闘技兵アパリティオが、どれほどのものかじっくり見させてもらいましょう)


 メティス・プリンセスを飛び立ったリーナと星河は、挨拶がわりに船の上空を旋回したあと東の方角へ飛び去った。

 魔法の雲海を抜けたところで、星河がリーナに呼びかける。

「あの、リーナさん!」

「どうした?」

「こっちでいいんですか? 方向違いません?」

「寄り道だ。帰る前に大和だいわを見物していこう」

「え?」

「チヒロたちの話を聞いたときうらやましかったんだろ?」

「はうっ! そ、それは……」

「顔に出ていたぞ。常に冷静でいろと、いつも言っているだろう」

「あぅ……、すみません……」

「まぁいい。任地生活が続けば里心がつくのは当然だ。今は正規の任務中ではないのだから、無理をする必要はない。いいな?」

「は、はい」

「異世界とはいえ同じ大和国だ。多少の気晴らしにはなるだろう。ここは素直に従っておけ」

「でも、あの、いいんですか? 私のために……」

「安心しろ、クロエ中佐の許可はもらっている。みな、こちらの情勢には興味があるからな。偵察という名目で、土産も頼まれた」

「! ありがとうございます!」

「よし、では飛ばすぞ!」

「はい!」

 リーナたちの意思を受信した各ユニットはマジカルロケットエンジンの出力を上げ、一気に時速1万kmにまで達する。

 通常の航空機では考えられない速度だが、ふだん大気圏外での迎撃任務にあたる彼女たちにとっては、これでも最高速度まではるかに余裕があった。

 虹色の光彩を放ちながら超高速で飛行する2つの影は、空を行き交う旅客機のスタッフや乗客に何度か目撃され、そのたびに騒ぎとなったが、レーダーを始めとするあらゆる機器が無反応だったため、公のニュースに載ることはなかった。

 超高速でユーラシア大陸を横断した2人は、わずか1時間余りで日本に到着した。

「ふわぁ……」

 高度1万mの上空から地上を見下ろしながら星河は嘆声をもらした。

「やはりだいぶ違うか?」

「そうですね……。映像で見たときもビックリしましたけど、私の故郷とは全然違いますね。こんな大きな建物はありませんでした。」

 リーナに答えてる間も、星河はユニットに搭載された望遠カメラを覗きこんでいる。

 星河の故郷である大和国は、平野部には恵まれないものの、海上交通という島国としての特性を活かすことで、自然の景観を残しながら近代国家として発展を遂げてきた。

 しかしこの世界の「大和国」は全く違う。

 山地や森林は切り拓かれ、そうやってわずかに広げられた土地に異国風の角ばった建物がひしめいている。石と鉄で出来た道路が国土の端から端まで行き渡っている様は、まるで毛細血管のようだ。

 島の形が似ているだけに、故郷とは似ても似つかない風景には激しい違和感がある。だがその一方、故郷の近未来を見ているような感覚もあり、眼下の光景から目を離せずにいた。

「ふむ、そうか。では、余計に郷愁を誘うことになってしまったな。すまないことをした」

「いえ、そんな。福慈岳ふくじのたけは変わらないですし、久しぶりに見れて嬉しいです。やっぱりココは大和なんだなって。ありがとうございました」

 星河が深々と一礼すると、リーナは口元を綻ばせる。

「それならば良かった。ところで、中佐から土産にみたらい団子を頼まれているのだが、どこか良い場所は分かるか?」

「う……、すみません、見当もつかないです。ココには私の村も無いみたいですし……」

「そうか、いや無理もない。それだけ様変わりしてはな。では、チヒロたちと合流して聞いてみるか。アレがいた世界は、こことさして変わらないと言っていたからな。何か分かるかもしれん」

「はい。では、連絡してみますね」

 星河は左手で通信用パネルを操作し、地上にいる仲間と連絡を取る。数秒も経たずにヘッドセットから仲間の声が聞こえてきた。

「……あ、千翼ちひろちゃん、星河です。あの、今、大和の上空にいるんだけど、みんなドコ? うん、そう。……え? ハラジュク? それってどのへん? トウキョウ? ……どこ?」

 ヘッドセットの向こうで驚きの声があがる。星河の反応が予想外だったようで、数分間、話し合う声が聞こえたあと別の人間が説明を引き継いだ。

「……はい、星河です。あ、そらさん? すいません、みなさんでお楽しみのところ。……うん、……あ、ムサシはわかる、うんうん……。……あ、なるほど。じゃあ、着いたら連絡しますね。はい、ありがとうございます、じゃあ」

 通信を終えた星河は、リーナに向き直るとトーキョーベイエリアを指差した。

「あのグニャっとした辺りに、クルっと円を描いてる線路があって、その路線内の『ハラジュク』という場所にいるそうです」

「……ふむ、ではその列車に乗って移動するのが確実か。多少時間はかかるが……」

「いいと思います。こっちの世界を見物できますし」

「そうだな。よし、ではそれでいこう」

 当面の方針を定めた2人は、高度を下げながら降下できそうな場所を探した。列車を使うとはいえ、まさか駅前に降りるわけにはいかない。

 いくらレーダーや監視カメラに映らないといっても、着陸する現場を目撃されれば騒動になる。なるべく人目を避けるため、ひとまず高い建物が密集している場所を目指すことにした。

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