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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第8話 クレイジー・プレイヤー
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その7 犬のお巡りさん

 暁雄がそのニュースを知ったのは、カラヴィスを手にした日の夜のことだった。

 夕食を済ませ、宿題と予習を片付けたあと、シブヤ騒動の経過を確認するつもりでニュースサイトを開いたところ、思いがけないニュースが飛びこんできた。

「お前、何考えてんだよ!?」

 暁雄はモニターに映るニュース映像を見ながら呆れ返った。

 ケータイの向こうで透が頭をかいている様が目に浮かぶ。

「え~? ナニっていってもさぁ……」

「いくら好きにしていいって言われたからって、もらったその日に変身するか!? それも町中で!」

「ランニング中にパトカーの音が聞こえてさ。振り返ったら車がすごい勢いで走ってきて、子供にぶつかりそうだったから、思わず止めちゃったんだよねぇ」

「……そっか、それは、イイコトしたな……」

 ニュースでは、パトカーが信号無視の車両を追跡中、突然、狗面ランナーが現れ、逃走車両を停止させたとしか伝えられておらず、子供に関しては一切触れられていなかった。

 それどころか、続報が出るたびに「未確認情報」が更新され、「狗面ランナーが逃走車両を殴り飛ばした」とか、「避けそこなったパトカーが民家に衝突した」とか、事故の内容に尾ひれがつきまくっている。

 いずれにせよ、人命が関わっていたのなら、透の判断を責められない。むしろ咄嗟によく反応できたと思う。

「なんか、犯人を電柱に逆さ吊りしたって話もあるぞ」

「するわけないじゃん。車止めたあとすぐにパトカーが来て、お巡りさんが捕まえたんだから」

「……そんだけ非常識な光景を目にしても、きっちり仕事したのか。やるな日本のお巡りさん」

 そして、運転手の逮捕を見届けると、透は、さっさと退散したのだという。

「いろいろ聞かれても面倒だしさぁ。どうせ話せないコトだらけだし」

「まぁそうだな。下手したらお前まで捕まったかも分からんし。にしても、追いかけられたりしなかったのか?」

「屋根の上を走ったら簡単にまけたよ。で、適当なところで変身を解除した」

 いくら緊急走行可能なパトカーでも、住宅街の屋根伝いに移動する人物を追いかけるのは困難だ。ヘリやドローンでも使わない限り追跡のしようがない。

「あと問題はカナンたちか。何て言うかなぁ……」

「気にしないよ、あの2人は」

「俺もそう思う」

 シブヤのときの無関心ぶりからして、2人がこの程度のことを気にするはすがない。

 翌日、休み時間に暁雄がたずねたみたところ、結果は予想通りだった。

「何も問題ありませんよ」

「あ、やっぱり」

「その程度で問題になるようなら、最初から渡すわけがないだろう」

「いや、うん、まぁ、そうなんだろうけど」

「さっそくお役に立ったのなら何よりです。もし変身を目撃した者がいたとしても、その記憶は消去されますので安心してください」

「至れり尽くせりってやつだな」

 サービスが行き届きすぎて、変身のタイミングに苦労する世の中のヒーローたちに申し訳ないほどだ。

 

 このように、異邦者であるカナンたちの反応は淡白の極みだったが、地球世界の人々にとってはそうはいかない。「狗面ランナーが交通違反車両を捕らえた」というニュースは、シブヤのモンスター襲撃騒動に続く大事件として、またたく間に広まった。

 世間がシブヤ騒動で盛り上がるなか、新しいネタを入手した報道関係各社は、翌朝からこの話題で持ちきりで、騒ぎのあったシミズダイの住宅街にも、早朝から大勢の取材陣が押しかけた。

 テレビのワイドショーでは、こぞってこのニュースを採り上げ、スタジオに呼ばれた専門家たちがシブヤの騒動と関連づけた仮説や憶測を開陳する。

「付嘉美さん、この2つの事件は関連していると思ってよいのでしょうか?」

「まだ確証はありませんが、共通する要素があまりに多い。その可能性は非常に高いと言えますね」

「一昨日のシブヤと昨晩のシミズダイ、この2箇所に姿を見せたということは、おそらくこの6平方km圏内が、この謎の一団の行動範囲でないかと思われますね」

「今最優先すべきなのは、彼らの潜伏場所、言い換えれば活動拠点を探し出すことですね。出現した2つの地点を結ぶ線上が怪しいと睨んでいます」

「警察は周辺の監視カメラの映像を調べているはずですから、移動経路については。数日のうちに何らかの手掛かりが見つかると思いますよ」

「シブヤを取材中に失神したというリポーターの女性は、いまだ面会謝絶とのことですが、早く彼女のコメントが聞きたいですね。直接現場を見ている以上、重要な情報を持っていると思うんですよ」

「米軍からはいまだに情報が無いんですよね。私が入手した情報によると、基地内に箝口令が敷かれているそうです」

 情報通や専門家たちが熱弁を振るう一方、日本政府は「現在調査中」とコメントを発したきり沈黙を貫いている。このような消極的な姿勢は、平時であればマスコミの批判にさらされるはずだが、常軌を逸した事態を前に、マスコミも政府の対応を追求するどころではなく、謎の集団に関するいささかヒステリックな報道が連日続いた。

 そうしたメディア側の論調に変化が出始めたのは、シブヤ騒動から一週間が経った頃のことである。

 当初は、モンスターと戦った謎のヒーローに対して好意的な見方が主流を占めていたのだが、新情報もなく話のネタが尽き始めたあたりから、謎のヒーローに批判的な意見を述べる者も現れ出したのである。

「彼らはいったい何が目的なんです? いまだに声明文のひとつも出てこない。ただのパフォーマンスだとしたら、とんでもないことですよ? これだけ世間を騒がしておいて迷惑千万です」

「だいたいあの格好も非常識ですよ。著作権侵害でしょう」

「コスプレで素顔を隠してること自体、やましいことがあるんですよ!」

「正しいことをしているつもりなら、コソコソしてないで、メディアの前に姿を見せたらどうです? 言いたいことがあるなら聞きますよ、僕らだってね。でも姿を見せないんだから!」

「じつは私、例のシブヤの騒動も疑ってるんですよ。怪物たちとグルなんじゃないかって。だってそうでしょ? あんな怪物がシブヤを襲うなんて、普通はありえないですよね? そんなあり得ないことが起きた日に、たまたま例のヒーローたちはシブヤにいたんですか? そんな偶然って考えられますか?」

 奇妙なことに、このような主張を行う者たちは、まるでヒーローたちが騒動の元凶であるかのように責めたて、本来加害者であるエトゥネ一派に関してはほとんどふれようとしない。

 その点について、同じ番組の出演者から問われても、直接的な回答は避けるか、あるいは露骨に無視して持論を展開し続けるのだ。

 このようなメディア側の変化を受けてか、テレビ局が路上で行った調査でも、ヒーローたちへの声援や称賛に混じって、辛口な意見も寄せられるようになった。

「飛んでるとこ見たけど、あのアリスちゃんは偽物だよ。衣装の作りが雑。ダイヤロッドの先端が尖ってないし、ハートケープの丈も長過ぎ。明らかにニワカ」

「ギャレットに入ってるヤツクソ弱すぎ。ずっとボコられてただけ。俺でも勝てるわ」

「正義の味方なら怪人と戦うだけじゃなくて、ウチのパワハラ上司も何とかして欲しい」

「今日も電車で痴漢にあったんですけど! 女性を守るのがヒーローの役目でしょ! 犯罪者を野放しとか信じられない!」

「なんでアイツらトウキョウにしか姿を見せないんだ? 助けて欲しい人は日本全国にいるぞ。正義の味方が差別するのは良くないだろ」

「この間の台風で道がふさがったままだ。本物の狗面ランナーなら、アレくらいすぐにどかせるだろ」

 「本物」との違いをあげつらう者や、フィクション同様の慈善活動を要求する者など、ヒーローへの不満や不信がさまざまな形で噴出し始めていた。

 批判的は意見は、今のところ全体の2割にも満たない。しかし、毎日繰り返されるワイドショーやニュース番組を見ていると、日を追うごとにその比率が増しているように、暁雄には思えた。

 こうした世論の変化についてカナンたちはどう思っているのか。興味をもった暁雄は、一日、訓練の合間にリヨールにたずねてみた。

「好きに言わせておけばいい」

「怒ってないのか?」

「無知なィ……、の戯言だ。語るに足らん。だが――」

 話しながらリヨールの口の端が流麗にほころぶ。破顔したときのリヨールは、彼女の人柄を知る暁雄でさえ、思わず見惚れてしまうほど美しい。

「あの厚かましさには感心させられたぞ。あれほどの恥知らず、連れ帰れば、よい見世物になるな」

 魅力的であると同時に、一片の情さえ感じられない、底冷えのするような笑顔であった。

(こういうの、冷笑って言うんだろうな)

 などと、漢字の持つ表現力の豊かさに感心してしまう暁雄であった。

「お、アキもいたんだ、おつかれ~」

 サーキットを終えた透が、飲み物を手に休憩スペースへやってきた。

「ふむ、終わったか。だいぶ慣れてきたようだな」

「だね。また追加してもいいかも」

 リヨール考案のメニューをこなす暁雄と違い、透は練習内容を自分で決めている。リヨールも目を通しているようだが、細かく指示を出すことはないらしい。それだけ信頼されているのだろう。

 雑談する2人を見ながら、暁雄は、リヨールの言動を脳裏で反芻する。

(気にしてないっつか、気にもとめてないんだろうな、こっちの人間のコト)

 こちらの世界の人間で、リヨールの意識にあるのは、おそらく智環と透の2人だけなのではないか、と暁雄は思う。

(それ以外は、人として対等じゃないんだよな。そのへんの石ころと同じ)

 つまり、暁雄がリヨールに仲間として認めてもらうためには、自分自身で存在価値をアピールするしかない。

「ってことで、もういっちょ行くかぁっ」

「お? ガンバ~」

 立ち上がりトレーニングに戻る暁雄を見送ってから、透はリヨールを振り返る。

「さっきの話だけどさ、見世物になるほど珍しいの? そういう人らって」

 脈絡のない切り出しだったが、リヨールは、暁雄と交わしていた話題だとすぐに察した。

「他者の善意にすがるだけの無能者を生かしておく意味があるか?」

「スパルタだね~」

「理解しがたいといえば、お前もだな」

 怪訝な視線が透の面上に注がれる。

「アタシ? なんで?」

「お前はよい戦士だ。生来の資質に恵まれ、胆力が有り、日々の鍛錬も欠かさない。クァ・ヴァルトの生まれなら皇軍戦科挙パグナ・パロバティオに推薦してもよいほどだ」

「んん? 褒められてる?」

「そんなお前が、なぜアキオごときと親交を結んでいるのか不思議でならん。文化の違いと言えばそれまでだがな」

「ん~? 文化は関係ないんじゃないかなぁ。リョウの言いたいコトは分かるよ」

 地面に座りこんでいた透は、腕の力だけでリヨールに向き直る。

「けど、いろいろあるんだよ。……アキもさ、昔はあんなんじゃなかった。でっかい夢があって、ちゃんと努力もしてた。時間を惜しんでさ」

「それが今ではあのざまか?」

「そういう努力が無駄に思えちゃったんだよ。たった一度の挫折でさ」

 リヨールは眉をひそめたが、彼女が口を開く前に透が言葉を続けた。

「あ、かばう気はないよ。勝手にイジケて好きなコト辞めるなんて、かっこ悪いよ、ホント」

 きっぱり断言したあと、透の表情が複雑に和らいだ。

「……けどさ。幼なじみだからさ。放っておけないじゃん。そうゆうの無い?」

「……」

「アタシはさ、一回ダメでも次ガンバればいいやって思うんだ。だからアキもそうすればいいのにって思った。けど、それ言ってもダメっぽかったんだよね。伝わらないだろうなって」

「妬みの矛先がお前にも向けられただろうな」

「考えすぎかもだけど。で、けっきょく何も言えなかった。それくらいならって、知らないふりしてた。そうしたらフツーに話せるからさ。それでずっとアキはあの調子。……だからみんなには感謝してる。アキが立ち直れたのは、リョウたちのおかげだもん」

「私は何もしていない。感謝の気持ちはお嬢様たちにお伝えしろ」

「アキ、言ってるよ。リョウのこと、『容赦ないけど、おかげで足りないコト、やるべきコトがハッキリ分かる』って」

「ほう、まだまだ絞り上げられそうだな」

「アハッ、お手柔らかにね。アキはデリケートだから」

 その日から、暁雄のサーキットメニューに片腕立て伏せが追加された。

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