その6 カオスレンジャー結成?
「みなさんにこちらをお渡ししておきます」
スイーツを片付け、そろそろ帰り支度を始めようというタイミングで、カナンが机の上に光る球体を置いた。
大きさは野球のボールほどだ。
「なに? これ」
「カラヴィスです。先日の闘技に勝利したことで、疑似クリスタルを大量に入手できたので作ってみました。これを使えばフィールド以外でも召喚時の姿になれます」
「え? まじで!?」
「変身アイテムってこと?」
暁雄と透は、興味津々で机の上に身を乗り出す。
「トレーニング用の魔法具だ。トゥルノワのシステムとリンクしているから、この世界にいる限り使用制限はない」
「いつも持ち歩いている道具に融合させたうえで、起動用の合言葉を決めてください。それを唱えることでいつでも起動します」
「へー、んじゃさっそく」
透は左腕につけていた腕時計を外すと、左手にした光る玉、カラヴィスを近づける。時計に接触したカラヴィスは、そのまま機器の中に吸いこまれていき、完全に見えなくなった直後、時計はまばゆく輝いた。
「これでいいの? 終わり?」
「はい。うまく融合したようです。次は、その機器をイメージしながら、何か言葉を思い浮かべてください。それが起動用の合言葉になります」
「じゃ、さっそく……変身!」
時計をはめなおした透は、それらしいポーズをつけて叫んだ。
特撮番組であれば、ここで派手なエフェクトのひとつも入るのだが、期待に反して何も起きなかった。気づいたときには透の姿が消え、代わりに狗面ランナーが立っていた。
「うおぅっ!?」
意表をつかれた暁雄は、のけぞった拍子に椅子からずり落ちそうになった。
「すごいすごい! ホントだ! 変身できた! これって能力もそのまま? 闘技と同じように動けるの?」
「もちろんです。そうでなければトレーニングになりませんから」
ヒーロー姿ではしゃぐ透を見て、暁雄たちも試してみたくなった。
「どれに融合させるかなぁ……。ケータイか、時計か。やっぱ時計でいいか」
「あ、じゃあ、私も……」
2人はカラヴィスを受け取ると、透のときと同じように時計と融合させる。
「あとは合言葉か。ん~、合言葉ねぇ……」
「変身でよくない? 分かりやすいし」
狗面ランナー姿の透が焦れったそうに急かす。
「ん? んん~、そこまでいっしょってのもなぁ」
「逆に同じほうがいいじゃん。戦団みたいで」
「む、それも一理あるな」
同じ特撮好きだけあって、透の提案は暁雄のツボをついた。
「じゃ、それにしとくか。杉山さんはどうする?」
「あ、じゃあ、私も……」
2人は腕時計をはめ直すと、視線を交わし、同時に口を開いた。
「変身!」
「へ、変身……!」
暁雄が合言葉を言い終えたときには、もう変身は完了していた。反動のようなものはまったく感じられなかった。
特撮ヒーローと魔法少女が、学校の教室で立ち話をしているようすは、はたから見たらかなりシュールな光景だろう。
「今さらだけど、カオスなメンバーだよなぁ」
訓練はほとんどが個別メニューであるため、おたがいの姿をじっくり眺める機会がなかったが、こうして並んで見ると統一感のなさを改めて思い知る。
智環は、魔法少女姿がまだ少し恥ずかしいようで、暁雄と目を合わせようとしない。
「異世界の姫と騎士、魔法少女に特撮ヒーローか。これが戦団なら混沌すぎる編成だな」
「あ、それいいね。混沌戦団カオスレンジャーとか? だったらアタシはレッドね」
子供の頃にゴッコ遊びをしていたときから、透は、レッドがお気に入りだった。
「何言ってんだ、レッドはカナンだろ。リーダーなんだから」
「リーダーが赤色? どういうことですか?」
異世界出身のカナンが、特撮あるあるについていけるわけもなく小首をかしげる。じつに可憐な仕草だが、暁雄と透はそれどころではなかった。
「アキぃ、それはないわぁ。リーダーが赤とかイマドキさぁ。カナンはゴールドだね。ゼッタイ」
「うっ、そうかっ、追加戦士枠かっ」
「で、リョウはブルーね。空飛ぶから」
「意味が分からん。なぜ色の話になるのだ」
カナンと同様、リヨールも話の流れがまったく理解できない。
「チーム物のお約束だよ。パーソナルカラー、みたいな?」
「なるほど。そういうものなのですか」
「透ちゃん、わ、私は?」
「チワはピンクだよ。決まってるじゃん」
「えっ? い、いいのかなぁ、私で……」
ピンクは戦団物のアイドル枠だ。智環は謙遜しているが、このメンバーの中では最適な人選といえるだろう。
「そうなると俺はブラックかな。好みで言えばブルーなんだけど」
「好きにしろ」
「あー、ないない。アキはグリーン」
ブルーの所有権をあっさり放棄するリヨールに代わって、透が異を唱える。
「なっ!? それは一番ナイだろ! 緑って基本モブじゃん。せめてイエローだろ」
「イエローは王道ネタ枠じゃん。ぜーたく。グリーンだって追加戦士枠に使われるコトあるし、アキにはもったいないくらい。歴代グリーンに謝れ」
「くっ……」
暁雄をやりこめた透は、変身を解除すると、腕時計を掲げながらカナンを見やる。
「いいねコレ。気に入った。でも何で急に?」
「先日の一件は、いずれ他のプレイヤーの知るところとなります。いつまた今度のようなことが起こるか分かりません。用心のためにも持っていてください」
「また、あんなのが襲ってくるってのか……」
シブヤを襲ったモンスターの群れを思い出し、暁雄は身震いする。
あのときは、カナンとリヨールが同行していたから何も不安はなかったが、もしあの場にひとりでいたら、他の人たちと同じ様に恐怖に襲われながら、ひたすら逃げ回るしかなかっただろう。
「そうとは限りませんが、用心するに越したことはありません」
「そういうときって、やっぱり、戦ったほうがいいの……?」
すでに変身を解除した智環が不安そうにたずねる。
「いいえ。契約書にある通り、みなさんにご協力いただくのは闘技だけです。そのカラヴィスは、身を護るためにお使いください」
「貴方がたは召喚時のほうがステータスが上がりますからね」
「……そっか、アンタらは違うんだっけか」
フィールドに召喚された闘技兵は、トゥルノワのルールに準じて能力が書き換えられる。
暁雄たち地球人が、ポシビリティによる補正で能力がアップするのに対し、もともと高い能力を持つクァ・ヴァルト人の場合は、逆に力が制限されてしまうのだという。
「特殊すぎるのだ、お前たちは。前代未聞だぞ」
「万が一のときの護身用と考えてください。もちろん使用制限はありませんので、必要があれば、いつでも使っていただいて構いませんよ」
「っても、早々使う機会なんてないだろうけどなぁ」
昨日の騒動で日本中が大騒ぎだ。これ以上、騒ぎが大きくなると何かと面倒だし、しばらくは目立つ行動は控えたほうがいいだろう。
暁雄はそんなふうに考えていたのだが、しかし、現実はそんなに甘くはなかった。




