その5 魔法使いの畜産業
「分かんないんだけど、そのベス、じゃなくてガーゴイル、なんであんなにたくさんいるの? こっちに連れて来れる闘技兵はひとりだけなんでしょ?」
あの日、シブヤのスクランブル交差点は、飛び交う怪物たちによって埋め尽くされていた。いちいち数えたわけではないが、透が目にしただけでも、10匹や20匹どころではなかったはずだ。
「すみません、それは私の説明不足でした。現地に常駐させる闘技兵の数に制限はありません。最初に同行できるのはひとりだけですが、クリスタルを集めることで追加できるのです」
「へー、そうなんだ。クリスタルって、ホント、いろんな使い道があるんだね」
「けど、そんな大勢連れて来る意味あるのか? 闘技では、別の世界からでも召喚できるんだろ?」
それではクリスタルの浪費ではないか。他人事とはいえ、この手の話になると暁雄は気になってしまう。
「近侍の者を増やす利点はあるぞ。闘技はもちろん、日常生活においてもな」
「日常生活?」
「このトゥルノワに参加しているプレイヤーは、ほとんどが高位貴族の子息だからな。身の回りの世話をする者が多くて困るようなことはあるまい」
そう説明するリヨールの口調は、やや投げやりに感じられた。もしかしたら、貴族の子息たちのそのような行為に呆れているのかもしれない。
「不慣れな場所での生活には不安もありますからね。警備の点でも人手が多いに越したことはありません」
「でも、そういうカナはリヨールだけじゃん。エトゥネって子と同じ貴族なのに」
「とんでもない。建国の功臣を始祖に持つシーゲン家は皇族にも連なる名門。祖父の代まで地方官僚に過ぎなかったシュライセン家とは比べ物になりません」
カナンは優雅な微笑みを浮かべながらそう語った。事実をありのまま伝えているだけで、自己を卑下したり、他者を妬むような素振りは微塵も感じられない。
「えー、そんなにぃ?」
「シュライセン家の爵位は、本来、辺境守備を命じられた祖父一代のものに過ぎませんでした。祖父の死後、父が同じ任務を仰せつかったことで爵位の相続も許されたのです」
「足高の制みたいなもんか」
暁雄は、無意識に口走っていた。かすかなつぶやきだったが、すぐそばにいた透は聞き逃さなかった。
「なにそれ?」
「えーと、たしか有能な人材を重要な役職につけるとき、一時的に役職に見合った家柄まで引き上げる制度だったと思う。日本史で習ったろ?」
「そうだっけ? 覚えてない」
透は暁雄の追求をさけるべく視線をあらぬ方に泳がせる。
「あの、私も、カナちゃんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな……?」
「もちろんですチワ。何でしょうか?」
「あ、あのね、……その、エトゥネさんって、どんな人なの?」
「高潔な人柄で、規律を重んじ、それでいて大らかで、身分の差など気にもとめず、誰とでも気軽に接する子です。私にとっては学院で最初にできた友人で、帝都を訪れて間もない私に、なにかと親切にしてくれました」
親友のことを語るカナンは、まるで自分のことのように誇らしげであった。
「そっか……、いい人なんだね」
「ええ。トゥルノワが終わったら、ぜひ紹介させてください」
「うん、私も会ってみたい」
そう言ったあと、智環はほっとしたようにつぶやいた。
「……よかった、いい人で……」
「何か心配事でもありましたか?」
「っ……ううん、べつに……」
口ではそう言っていても、表情を見ればそうでないのは明らかだ。
何かを察した透が、智環の顔をのぞきこむ。
「もしかしてシブヤの件だったりする?」
「……」
智環の肩がかすかに揺れるのを見て暁雄も察しがついた。それは暁雄自身も抱えこんでいたことだった。
「気になることがあれば何でも言ってください。遠慮はいりませんよ」
カナンが重ねて問うと、智環に代わって暁雄が答えた。
「杉山さんが気にしてるのは、さらわれた人たちのコトだと思う」
思えば、ガーゴイルと戦う前から、智環は、誘拐された人たちのことを気にしていた。
智環がうなずくのを目にしながら、暁雄は続けた。
「あの人たちが、今、どんな目にあってるか分かるか? なんであんなに大勢の人をさらっていったんだ? 」
「やっぱりあの闘技隷って奴にするため?」
暁雄と透の問いかけに、カナンは首を振る。
「いいえ。誘拐した目的は、おそらくリモシー人のオーラを収穫するためでしょう。闘技隷は副産物に過ぎません」
「オーラ?」
「生命や精神のエネルギーのことです。魔力の無いリモシー人でも、そのオーラを集めれば疑似クリスタルとも呼ぶべき結晶が作り出せます。本物のクリスタルには及びませんが、代用品としては十分に使用できるので、数を集めればそれだけトゥルノワを有利に進められます」
「さっき言ってた、闘技兵をこっちに連れて来るってコトも?」
「はい。ですから、拠点の生活環境やプレイスタイルにこだわりの強いプレイヤーほど、疑似クリスタル集めに精を出していることでしょうね」
そのために多くの人間が犠牲になっているはずなのだが、カナンにはまったく悪びれたところがない。
「あ……、もしかして、最近あちこちで起きてる集団行方不明事件って……」
半年くらい前から、世界各地の過疎地域や紛争地帯で、住民が一夜にして消えるという事件が続発していた。
いずれの現場でも、住民は直前まで普通に生活していたと見られ、争った形跡や移動した痕跡がないことから、事件の捜査員たちは頭を抱えているという。
日本でも同様の事件が数件起きていて 現代の神隠しと言われていた。それを智環は思い出したのだ。
「そういえばニュースでやってるね。あれがカナたちと関係するってこと?」
「そうですね。状況から考えて、プレイヤーが関わっている可能性は高いと思います」
「その、さらわれた人たちは、どうなっちゃうの……?」
「確かなことは分かりません。捕獲後の管理方法は人によって違いますから。ですが、対象が健康を損なうとオーラの収穫量が減りますし、何よりトゥルノワのルールに反しますので、過度に虐待するようなことはないと思います」
「家畜の放牧を想像していただくのが分かりやすいかと。洗脳してしまえば逃亡される心配もありませんからね」
説明を補足したつもりなのだろうが、リヨールの表現はいつもながら過激だ。
「ん~、できれば助けてあげたいなぁ」
言いながら、透は2つめのタルトに手を伸ばす。
「囚われている場所が分かればそれも可能なのですが……。やはり一番確実な方法はプレイヤーを倒すことですね」
「いっそ手を組むってのは? プレイヤー同士で連携するのはアリなんだよな? そのあとで、捕まえた人たちを解放してもらうよう交渉したらどうかな?」
記憶に刻まれたルールを思い返しながら暁雄が提案すると、カナンの柳眉に憂いが漂う。
「闘技を行う前ならその選択肢もありえましたが……。初戦で多くの闘技兵を失った彼女が、こちらの提案を信じてくれるかどうか……」
「う、そっか……」
エトゥネと闘技をするよう主張した暁雄としては、何とも気まずい。襲われている通行人を見るに見かねてのことだったが、相手がカナンの友人であることなど想像すらしていなかった。
うなだれる暁雄にカナンが微笑みかける。
「気に病む必要はありませんよ。闘技を行うと決めたのは私ですし、こうなることは覚悟していましたから」
「でも、一度くらい話してみてもいいんじゃない? きっと分かってくれるよ、友達だもん」
「……そうですね。ええ、そうだといいですね、本当に……」
一瞬の間を置いてから、カナンは智環の言葉にうなづいた。そのとき見せた不安と期待がないまぜになった表情は、普段の冷静で大人びた印象とは異なり、年相応の少女のものに感じられた。




