その4 ネームド・モンスター
話が一段落ついたところで、暁雄は、さきほど抱いた疑問を口にした。
「ところで、さっきの話だけど、プレイヤー以外でも闘技将になれるのか?」
「軍団の指揮権を譲渡することは可能だ」
リヨールは洗練された手つきで、カナンの前に淹れたての紅茶を差し出す。
「それさ、譲渡された人間が負けた場合ってどうなるんだ? プレイヤーが負けたことになるのか?」
「いいえ。勝敗の結果は、直接プレイヤーには影響しません。ただし、参戦したすべての闘技兵との契約が一時的に凍結されます。指揮権を与えた闘技将だけでなく、その指揮下にあった闘技兵たちも含まれます」
カップを手にしたカナンは、十分に香気を楽しんでから口をつけた。
「つまり召喚できなくなるってことか。でも一時的ってことは解除できるんだろ?」
「そうですね。再契約を行えば可能です」
問いを重ねる暁雄を、リヨールがいぶかしむ。
「何を考えている?」
「いや、そういうことなら、普段は代役を立てたほうがいいんじゃないかって。負けてもトゥルノワに影響はないし、相手の軍団の傾向も分かるだろ? 一発勝負より安全じゃん」
石橋を叩いて叩いて、それでも可能な限り渡りたくない暁雄としては、これが最良の策に思われた。
しかし予想に反してカナンたちの反応は鈍かった。
「あまり有効とは言えませんね。少なくとも現時点では」
「え? なんで? 一発勝負のリスクが減らせるだろ」
「お嬢様の代役を誰にやらせるつもりだ?」
「え? そりゃアンタじゃないの?」
「無理だな。私はマナゲートを作れない」
「!?」
暁雄はあやうく口の中のレモンタルトを吹き出すところだった。
「マジでか……。てっきりクァ・ヴァルト人なら簡単にできるもんだと」
「そんなわけがあるものか。発動させるだけでも相応の修練が必要だ。この中では……」
暁雄、透と、順番に巡ったリヨールの視線が智環の顔で止まった。
「え? えぇっ!? わ、私!? む、無理だよ! そんなの! 私、ぜったい無理!」
一同の視線を浴びた智環は、両手を交差させながら首を激しく左右に振る。
「大丈夫ですよ、チワ。あくまで適性の話ですから」
慌てる智環をなだめながら、カナンは続けた。
「問題はそれだけではありません。チワにせよ、リヨールにせよ、誰かを闘技将にすれば、闘技兵がひとり減ることになります。今の軍団にそんな余裕はありません」
「あ、そっか。それは、そうだよなぁ」
「あれ? 闘技将が直接戦っちゃダメなんだっけ?」
契約時に頭に移送された情報を探りながら透が首をかしげる。
「いや、それは問題ない。ただし、闘技将が力を発揮するには、自分用のマナゲートを作らねばならない」
「なる。それだけ、スペルや召喚に使用するゲートが減ると」
リヨールの説明にうなずく透の横で、暁雄が別の問題点を挙げる。
「それに闘技将が前に出るのは危険だろ。落とされた時点で負けなんだから」
「そのとおりだな。自ら前線に立つ闘技将もいるにはいるが、プレイスタイルとしては稀な部類だな」
「いるのかよ」
「腕に自信のある闘技将にとっては有効な戦術ですよ。戦闘準備にかかる時間が短いため速攻性が高く、相手の陣容が整わないうちに攻めこめますからね」
「そりゃ、理屈はそうだろうけど……」
それではまるで、将棋で王将を前に押し出すようなものではないか。いくら強いといってもリスクが大きすぎる。ガチガチに守りを固めるタイプの暁雄には到底信じがたい行為だ。
納得し難いようすの暁雄をよそに、カナンは話題を転じた。
「私も確認したいことがあるのですが、闘技の最中、『リモシーにもミノタウロスがいる』と言っていましたね。それは本当ですか?」
「ん? そんなコト言ったっけ?」
「ミノタウロスの接近を伝えたときです。有名人とも言っていました」
「あ! あー……そうだったな、あー、言い方が悪かったな。あくまで物語の中でってこと。作り話。もともとは神話だったと思うんだけど、頭が牛で、体が人間っていう化物が出て来る話があって、その化物の名前がミノタウロスっていうんだよ」
「神話、ですか」
カナンの右手に光る球体が現れた。カナンたちの話によれば、その球体が翻訳機の役割を果たすことで、異なる世界の住人たちの間で会話が成立するのだという。
「出典はそうなんだけど、いろんな小説やマンガにも登場しまくってさ、いつの間にかモンスターの代表格みたいな扱いなんだ。有名ってのはそういうこと」
暁雄の説明に耳を傾けながら、カナンは球体を操作している。
球体には、地球上のあらゆる言語が記録されているが、日常会話を主目的とする仕様上、特定分野の専門用語やマニアックな単語には反応しないこともあるらしく、そういときは新たに単語を登録する必要があるのだという。
おそらく今、カナンの手のひらには、全世界からミノタウロスに関する情報が収集されているのだろう。
「……なるほど。分かりました。確かによく似ているようですね。神話の記述ですか……」
「ならオーガも似たようなもんじゃなかった?」
透の言葉に智環がうなづく。
「うん。それにワーウルフやヘルハウンドも。みんな西洋の物語に出てくるモンスターだよ。私は、あの空を飛ぶ、えっと、ベスベルミア、だっけ? アレだけ知らなかった。大友君は知ってる?」
「いや、俺も初耳。ただ、見た目はガーゴイルに似てるなって思った」
「あっ、そういえば! うん、似てるね!」
ガーゴイルといえば、これまたファンタジー系の作品に定番のモンスターだ。
暁雄はベスベルミアの姿形を思い起こす。小鬼のような顔、細長い手足、背中にはコウモリの羽。まさにガーゴイルのイメージとぴったりだ。
すると、2人のやり取りを聞いていたカナンが奇妙なことを口にした。
「彫刻像の雨樋? そういう名前のモンスターもいるのですか?」
「えっ? あ、雨樋?」
「何の話だ?」
智環と暁雄がやや混乱しながら問い返すと、リヨールまでおかしなことを言い出した。
「今、2人でガーゴイルがどうとか話していただろう」
「いや、俺たちが言っていたのはガーゴイルだけど?」
「ですから、ガーゴイルですよね?」
「ん?」
「え?」
4人は口を閉ざし顔を見合わせた。まるで急に言葉が通じなくなったのか、たがいに相手の言いたいことが分からない。
困惑に支配された沈黙を破ったのは、ひとり会話に加わらなかった透であった。
「もしかして翻訳機が壊れてるんじゃない?」
「あ……!」
透の指摘で何かに気づいたカナンは、再び光る球体を取り出した。
「……なるほど。ガーゴイル、ですね」
30秒ほどの情報収集でカナンは混乱の原因を探り当てた。
「なに? どういうこと?」
「どうも古い言葉に反応していたようです。もともと『ガーゴイル』とは、彫刻の施された雨樋を指していて、実在の動物や架空の怪物が題材になっていたようですね。暁雄たちの言う『ガーゴイル』という名のモンスターは、そこから派生したものなのでしょう」
「へー、そんな意味があったんだな」
小説やゲームでは「ガーゴイル=モンスター名」であり、てっきりそういうものだと思いこんでいた。
「2人の言うとおり、このガーゴイルの外見はベスベルミアに似ていますね。せっかくですから、そのように登録しておきましょう。これで余計な混乱はなくなります」
カナンが登録した言語は、そのまま他のプレイヤーにも適用されるのだという。
(もしかしたら、ミノタウロスやワーウルフなんかも、別の誰かが登録していたのかもな)
暁雄はふとそんなことを考えた。




