その3 友達の友達
放課後、カナンの招集で、暁雄たちは占い班の班室に集まった。
この手の招集は珍しいことではなく、近頃では教室中央の机に集まる習慣ができていた。
今、その机の上には、切り分けられたレモンタルトと紅茶のカップが並び、レモンとキームン葉の甘酸っぱい芳香が室内を満たしていた。
班室にお菓子を持ちこむのも、もはや日常的な光景で、教室の壁際にはカップやグラス、小皿などが並んだ食器棚と、種々の電化製品が鎮座している。
言うまでもないことだが、これらは学校側に無許可でそろえられたもので、教師に見つかったら大目玉だが、結界のおかげでその心配はない。
「先日の闘技では、みなさんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
席についた暁雄たちを見回したあと、カナンはそう言って頭を下げた。
「ん? なんかあったっけ?」
透が首を傾げながら、友人たちのほうへ顔を向ける。その視線を受け慌てて首を左右に振る智環の横で、暁雄には思い当たることがひとつだけあった。
「……もしかして、リヨールを参戦させたことか?」
それは闘技のときから疑問に感じていたことだった。
「はい、その通りです。みなさんの承諾をえないまま、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
「え~? そりゃちょっと驚いたけど、謝るほどのこと?」
「そうだよ、何か事情があったんでしょ?」
驚く少女たちの矛先は、なぜか暁雄に向けられた。
「いや違うから! 俺が言い出したわけじゃないよ!?」
「そうですね、まず始めに、あのような行為をした理由からご説明しましょう」
カナンは手にしていたカップを置くと、少し間を開けてから語りだした。
「あのとき、戦況は私たちに有利に推移していました。あのまま押し切ることもできたでしょう。あえてリヨールの投入を決めたのは、私が、あの場にいることを知らしめるためでした」
「知らせる……って、誰に?」
「もしかして敵の闘技将? なんでわざわざ?」
「いいえ。知らせたかった相手は、上空から闘技を見ていたプレイヤーです。その人物の名はエトゥネ・シーゲン。私の学友です」
タルトを口に含んでいた暁雄は吐き出す寸前でこらえた。
「が、学友!?」
「それってクラスメイトってこと!?」
敵のプレイヤーを知らない暁雄たちは、異形の怪物たちを操るくらいだから、てっきり「闇の魔道士」や「異界の魔王」といった、禍々しいキャラを想像していた。
クラスメイトという身近な単語は、抱いていたイメージとあまりにかけ離れていて、そのギャップが暁雄たちを戸惑わせた。
しかしカナンの説明にはさらなる衝撃が待っていた。
「まだ話していませんでしたか? このトゥルノワはアカデミー主催のイベントですから、参加者はすべて同じ学院の生徒です」
「アカデミーのイベント!?」
別世界から次元の壁を超えて現れ、地球全体を魔法の結界で覆い、多人数参加型のゲームを行う。それだけでも想像を絶する話なのに、それがまさか、たかがアカデミーのイベントに過ぎないとは。
暁雄たちの感覚でいえば、高校の体育祭や文化祭と変わらないということになる。
「そっか、そうだよな。学校の行事なら、そりゃそうだよな……」
スケールの違いに暁雄は呆れかけたが、それすら今さらのように思え、真面目に考えることを諦めた。
「でも、だからって、同じクラスの友達と戦わなくても……」
闘技がバトロワ形式である以上、当たり前のことなのだが、気の優しい智環にはショックだったようだ。
フィールド内で繰り広げられる戦闘の生々しさも誤解の一因だろう。はたから見れば、まるで友人同士が、仲間を引き連れて抗争するかのような印象を受ける。
「それはしょうがないんじゃない? わりとフツーだよ。アタシも大会で知り合いとぶつかることあるしさ」
見た目のインパクトはさておき、トゥルノワはあくまでゲームだ。こちらの世界で行われる囲碁や将棋の大会に置き換えれば、友人と戦うことにも何ら抵抗はない。少なくとも暁雄や透はそう割り切っている。
透が智環をなだめている横で、暁雄が別の疑問を抱いた。
「……ちょっと待った。なんでプレイヤーがフィールドの外にいるんだ? おかしいだろ。軍団の指揮はプレイヤーの役目じゃないのか?」
「闘技将の権限を、限定的に譲渡することは可能です。昨日、闘技将を任されていたのは、執事のサイデン氏でしょう。過去に大会の優勝経験もあるプレイヤーで、彼女に闘技の手ほどきをした人物だと聞いています」
「譲渡、ねぇ……」
「相手が友達だっていつ気づいたの? 最初から?」
透が問いかけると、カナンは静かに首を左右に振った。清涼な香りが暁雄の鼻をくすぐる。
「いいえ。軍団の編成が似ているとは思いましたが、戦術が彼女らしくなかったので……。確信を得たのはヨルク卿が召喚されたときです」
「終盤で召喚された闘技兵のことですが、覚えていますか?」
生徒の記憶力を試す教師のような口調でリヨールが一同を見渡す。
「そりゃまぁ。わざわざ召喚口上で呼び出されたの、あの騎士だけだし」
「ほかはモンスターばかりだったしね」
「いやいや、それ抜いても印象バッチリだって! スッゴイ迫力だったもん。アタシも戦ってみたかったなぁ!」
前回の闘技がやや消化不良に終わった透は本気で悔しがっていた。
「ヨルク卿は勇猛で知られた騎士であり、エトゥネ嬢が信頼を置く闘技兵のひとり。その彼が現れたとなればプレイヤーが誰かは自明の理」
「あ、それであの時……」
召喚口上でヨルクの名が告げられたとき、カナンが何かを察したようだった。そのことを智環は思い出したのだ。
「あのような真似をするべきではなかった。頭では分かってはいたのです」
「プレイヤーが誰か分かれば対策を講じることができる、ってことだな。条件は相手も同じだから、こっちの正体を隠しておけば、それだけ有利になる」
「そうです。……ですが、どうしてもせずにはいられなかった。彼女と対等でありたいという、浅はかなこだわりを捨てられませんでした。その身勝手で愚かな行為によって、みなさんにもご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません」
カナンは再び頭を下げた。艶やかな黒髪が漆黒の帳となって、罪悪感に苛まれるカナンの顔を覆う。
「待ってよ。事情は分かったけど、なんでアタシたちに謝るの? 正体がバレて困るのはカナだけでしょ? アタシたちは部外者じゃん」
「みなさんと契約するにあたり、優勝時のボーナスも提示していました。先日の私の行為は、その契約条件に反します」
「う、うん? ……そうなの?」
カナンの主張に困惑した透は暁雄に解説を求めた。
「ん~……、ゲンミツに言えばそうなる、のか? 『優勝を目指す』ことを前提に誘っておいて、わざと負けるような真似をしたってコトで」
いったん契約を結んだからには、たがいの関係は対等である。おたがいが双方の利益を守るために最善をつくす義務がある。
暁雄たちがそう主張し、抗議することは可能だろう。
しかし、当の暁雄たちはそんなこと考えもしなかったし、指摘されたところで実行する気など微塵もない。
それでもカナンは自分を許すことができずにいる。
(そんなムキにならなくてもよくね? そんなに契約って大事なのか?)
あるいは暁雄たちが考えている以上に、カナンたちにとって、契約とは神聖なものなのかもしれない。
しかしあまり杓子定規な考え方をされると息が詰まる。当の暁雄たちが構わないと言っているのだからスルーしても良いだろうに。
何と言って説得したものか暁雄が悩んでいると、すぐ隣でパンっという軽快な音がした。
「オッケ! わかった! 許す。ぶっちゃけ、まったく気にしてなかったけど、カナの気が済まないっていうなら、謝罪を受け入れる。で、許す。ってことでいい?」
両手を打ち合わせた姿勢のまま透が言い放つと、智環も大きく頷いた。
「私もっ。友達に正直でいたいって気持ち、よく分かるから。カナちゃんは、それが正しいと思ったんでしょ? だったらそれでいいんだよ。ぜんぜん浅はかじゃないよ」
「……あー、以下同文で」
暁雄の反応が、透と智環に比べて何とも素っ気ないのは、言おうと思ったことを全部言われてしまったからに過ぎない。2人と同じ気持ちであることに嘘偽りはない。
「みなさん、ありがとうございます」
寛容さを示した地球人たちに、カナンは、もう一度、深々と頭を下げた。




