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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第8話 クレイジー・プレイヤー
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その3 友達の友達

 放課後、カナンの招集で、暁雄たちは占い班の班室に集まった。

 この手の招集は珍しいことではなく、近頃では教室中央の机に集まる習慣ができていた。

 今、その机の上には、切り分けられたレモンタルトと紅茶のカップが並び、レモンとキームン葉の甘酸っぱい芳香が室内を満たしていた。

 班室にお菓子を持ちこむのも、もはや日常的な光景で、教室の壁際にはカップやグラス、小皿などが並んだ食器棚と、種々の電化製品が鎮座している。

 言うまでもないことだが、これらは学校側に無許可でそろえられたもので、教師に見つかったら大目玉だが、結界のおかげでその心配はない。

「先日の闘技ルドゥスでは、みなさんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 席についた暁雄たちを見回したあと、カナンはそう言って頭を下げた。

「ん? なんかあったっけ?」

 透が首を傾げながら、友人たちのほうへ顔を向ける。その視線を受け慌てて首を左右に振る智環の横で、暁雄には思い当たることがひとつだけあった。

「……もしかして、リヨールを参戦させたことか?」

 それは闘技ルドゥスのときから疑問に感じていたことだった。

「はい、その通りです。みなさんの承諾をえないまま、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」

「え~? そりゃちょっと驚いたけど、謝るほどのこと?」

「そうだよ、何か事情があったんでしょ?」

 驚く少女たちの矛先は、なぜか暁雄に向けられた。

「いや違うから! 俺が言い出したわけじゃないよ!?」

「そうですね、まず始めに、あのような行為をした理由からご説明しましょう」

 カナンは手にしていたカップを置くと、少し間を開けてから語りだした。

「あのとき、戦況は私たちに有利に推移していました。あのまま押し切ることもできたでしょう。あえてリヨールの投入を決めたのは、私が、あの場にいることを知らしめるためでした」

「知らせる……って、誰に?」

「もしかして敵の闘技将デュークス? なんでわざわざ?」

「いいえ。知らせたかった相手は、上空から闘技ルドゥスを見ていたプレイヤーです。その人物の名はエトゥネ・シーゲン。私の学友です」

 タルトを口に含んでいた暁雄は吐き出す寸前でこらえた。

「が、学友!?」

「それってクラスメイトってこと!?」

 敵のプレイヤーを知らない暁雄たちは、異形の怪物たちを操るくらいだから、てっきり「闇の魔道士」や「異界の魔王」といった、禍々しいキャラを想像していた。

 クラスメイトという身近な単語は、抱いていたイメージとあまりにかけ離れていて、そのギャップが暁雄たちを戸惑わせた。

 しかしカナンの説明にはさらなる衝撃が待っていた。

「まだ話していませんでしたか? このトゥルノワはアカデミー主催のイベントですから、参加者はすべて同じ学院の生徒です」

「アカデミーのイベント!?」

 別世界から次元の壁を超えて現れ、地球全体を魔法の結界で覆い、多人数参加型のゲームを行う。それだけでも想像を絶する話なのに、それがまさか、たかがアカデミーのイベントに過ぎないとは。

 暁雄たちの感覚でいえば、高校の体育祭や文化祭と変わらないということになる。

「そっか、そうだよな。学校の行事なら、そりゃそうだよな……」

 スケールの違いに暁雄は呆れかけたが、それすら今さらのように思え、真面目に考えることを諦めた。

「でも、だからって、同じクラスの友達と戦わなくても……」

 闘技ルドゥスがバトロワ形式である以上、当たり前のことなのだが、気の優しい智環にはショックだったようだ。

 フィールド内で繰り広げられる戦闘の生々しさも誤解の一因だろう。はたから見れば、まるで友人同士が、仲間を引き連れて抗争するかのような印象を受ける。

「それはしょうがないんじゃない? わりとフツーだよ。アタシも大会で知り合いとぶつかることあるしさ」

 見た目のインパクトはさておき、トゥルノワはあくまでゲームだ。こちらの世界で行われる囲碁や将棋の大会に置き換えれば、友人と戦うことにも何ら抵抗はない。少なくとも暁雄や透はそう割り切っている。

 透が智環をなだめている横で、暁雄が別の疑問を抱いた。

「……ちょっと待った。なんでプレイヤーがフィールドの外にいるんだ? おかしいだろ。軍団レギオンの指揮はプレイヤーの役目じゃないのか?」

闘技将デュークスの権限を、限定的に譲渡することは可能です。昨日、闘技将デュークスを任されていたのは、執事のサイデン氏でしょう。過去に大会の優勝経験もあるプレイヤーで、彼女に闘技ルドゥスの手ほどきをした人物だと聞いています」

「譲渡、ねぇ……」

「相手が友達だっていつ気づいたの? 最初から?」

 透が問いかけると、カナンは静かに首を左右に振った。清涼な香りが暁雄の鼻をくすぐる。

「いいえ。軍団レギオンの編成が似ているとは思いましたが、戦術が彼女らしくなかったので……。確信を得たのはヨルク卿が召喚されたときです」

「終盤で召喚された闘技兵アパリティオのことですが、覚えていますか?」

 生徒の記憶力を試す教師のような口調でリヨールが一同を見渡す。

「そりゃまぁ。わざわざ召喚口上ヴェルバルムで呼び出されたの、あの騎士だけだし」

「ほかはモンスターばかりだったしね」

「いやいや、それ抜いても印象バッチリだって! スッゴイ迫力だったもん。アタシも戦ってみたかったなぁ!」

 前回の闘技ルドゥスがやや消化不良に終わった透は本気で悔しがっていた。

「ヨルク卿は勇猛で知られた騎士であり、エトゥネ嬢が信頼を置く闘技兵アパリティオのひとり。その彼が現れたとなればプレイヤーが誰かは自明の理」

「あ、それであの時……」

 召喚口上ヴェルバルムでヨルクの名が告げられたとき、カナンが何かを察したようだった。そのことを智環は思い出したのだ。

「あのような真似をするべきではなかった。頭では分かってはいたのです」

「プレイヤーが誰か分かれば対策を講じることができる、ってことだな。条件は相手も同じだから、こっちの正体を隠しておけば、それだけ有利になる」

「そうです。……ですが、どうしてもせずにはいられなかった。彼女と対等でありたいという、浅はかなこだわりを捨てられませんでした。その身勝手で愚かな行為によって、みなさんにもご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません」

 カナンは再び頭を下げた。艶やかな黒髪が漆黒の帳となって、罪悪感に苛まれるカナンの顔を覆う。

「待ってよ。事情は分かったけど、なんでアタシたちに謝るの? 正体がバレて困るのはカナだけでしょ? アタシたちは部外者じゃん」

「みなさんと契約するにあたり、優勝時のボーナスも提示していました。先日の私の行為は、その契約条件に反します」

「う、うん? ……そうなの?」

 カナンの主張に困惑した透は暁雄に解説を求めた。

「ん~……、ゲンミツに言えばそうなる、のか? 『優勝を目指す』ことを前提に誘っておいて、わざと負けるような真似をしたってコトで」

 いったん契約を結んだからには、たがいの関係は対等である。おたがいが双方の利益を守るために最善をつくす義務がある。

 暁雄たちがそう主張し、抗議することは可能だろう。

 しかし、当の暁雄たちはそんなこと考えもしなかったし、指摘されたところで実行する気など微塵もない。

 それでもカナンは自分を許すことができずにいる。

(そんなムキにならなくてもよくね? そんなに契約って大事なのか?)

 あるいは暁雄たちが考えている以上に、カナンたちにとって、契約とは神聖なものなのかもしれない。

 しかしあまり杓子定規な考え方をされると息が詰まる。当の暁雄たちが構わないと言っているのだからスルーしても良いだろうに。

 何と言って説得したものか暁雄が悩んでいると、すぐ隣でパンっという軽快な音がした。

「オッケ! わかった! 許す。ぶっちゃけ、まったく気にしてなかったけど、カナの気が済まないっていうなら、謝罪を受け入れる。で、許す。ってことでいい?」

 両手を打ち合わせた姿勢のまま透が言い放つと、智環も大きく頷いた。

「私もっ。友達に正直でいたいって気持ち、よく分かるから。カナちゃんは、それが正しいと思ったんでしょ? だったらそれでいいんだよ。ぜんぜん浅はかじゃないよ」

「……あー、以下同文で」

 暁雄の反応が、透と智環に比べて何とも素っ気ないのは、言おうと思ったことを全部言われてしまったからに過ぎない。2人と同じ気持ちであることに嘘偽りはない。

「みなさん、ありがとうございます」

 寛容さを示した地球人たちに、カナンは、もう一度、深々と頭を下げた。

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