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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第8話 クレイジー・プレイヤー
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その2 第7話その6の続き

 ドラゴンが雲から出てきてからの悪夢のような光景は、時間にしてわずか十数分間のできごとであった。

 それまで窓に張りつき固唾を呑んで見守っていた暁雄は、からくり人形のようなぎこちない動きでリヨールの方を振り返った。

「……なぁ、今のってさ、パイロット、死んだんじゃないのか?」

「安心しろ。雷撃が直撃する前に、お嬢様が全員を別の場所へ転送した」

「そうか……、そりゃ良かった……、そうか……」

 死者が出なかったと分かり暁雄は胸をなでおろすが、すぐに我に返った。

「……て、それって、カナンが助けなかったら、やっぱり死んでたってことか?」

「だろうな。あのドラゴンはおそらくナリオン卿の愛騎ソルハウングだろう。魔法防壁を持たぬリモシー人が、ソルハウングの雷撃を受けてはひとたまりもあるまい」

「は? え……?」

 暁雄は唖然として、リヨールを見返した。

「いや、そうじゃなくて! 問題はそこじゃないだろ! あんたら、こっちの世界の人間を殺しちゃいけないんじゃなかったのか!? そういうルールなんだろ?」

「いいえ、無分別な暴力行為が禁止されているだけで、正当な理由があれば問題はありません。現住生物から攻撃を受けた際には報復が認められていますから、あの者たちが死亡しても、ナリオン卿が咎められることはありません」

 リヨールが故意に論点をそらしているのかと思ったが、そうではなかった。カナンも当然のようにナリオンの戦闘行為を肯定する。

「攻撃って……。たしかにミサイルを食らったけど、でも、ぜんぜん効いてなかったみたいだぞ? あのドラゴン、ピンピンしてたじゃないか」

「当然だ。魔力の伴わない攻撃では、我らにかすり傷ひとつ与えることはできぬ。以前に教えなかったか?」

「だっ、そーじゃなくて! 攻撃されたっていっても、実際にダメージ受けたわけじゃないんだろ? だったらやり返す必要はないじゃないか!」

「関係ない。損害を受けなかったとしても、リモシー人に害意があったのは事実だ。攻撃を受けたからには、報復する権利が与えられる」

「んな、むちゃくちゃな……」

 暁雄が頭を抱える横で、智環が素朴な疑問を口にした。

「でも、じゃあ、どうしてカナちゃんはパイロットの人たちを助けてくれたの?」

「だよねー。魔法は位置バレのキケンがあるんでしょ? カナってツンデレ?」

「お嬢様はお優しいのだ。妙な言い方をするな」

 リヨールがしかつめらしく、透の軽口を聞きとがめる。

「アキオの言うとおりなのです。あれほど無意味な行為で命を落とすのは、あまりに哀れに思えたもので、差し出がましいとは思ったのですが、つい……」

 カナンの口ぶりから察するに、パイロットの命を救ったことが後ろめたいようだ。クァ・ヴァルトの常識では、カナンの行為は、ナリオンの正当な権利を侵害したことになるのだろう。

「でも、誰も死ななかったのはいいことだよ。カナちゃんは正しいことをしたよ」

「アタシもそう思うなぁ。いいじゃん。そのナリオンって人に何か言われたら、アタシもいっしょに謝ってあげるよ」

「ありがとうございます」

 和んでいる女性陣たちから離れた暁雄は、カナンとリヨールを交互に眺めながら、ひとり思った。

(コイツら、いろいろズレてると思ってたけど、これがクァ・ヴァルト人のデフォなんだな。そりゃ話が通じないわけだ)

 ふだんのカナンとリヨールのやりとりを思い浮かべた暁雄は、たった今浮かんだ感想を若干訂正した。

(で、クァ・ヴァルト人の感覚でいうと、カナンがズレてるってことか)

 もし、カナンが「まともなクァ・ヴァルト人」だったら、米軍のパイロットたちを助けることはなかったはずなのだ。

(他人事じゃないよな、それって)

 初めてカナンたちと出会ったとき、暁雄は、敵の闘技兵アパリティオと勘違いしたリヨールに殺されかけた。

 駆けつけたカナンが治療してくれなければ、そのまま死んでいた。仮にそうなったところで、リヨールはまったく痛痒を感じなかっただろう。

(ドライすぎるんだよなぁ。カナンには感謝だけど、だいたい……)

「でも生きてたんだろ? なぁアキ?」

 突然、友人の声が回想に割りこんできた。暁雄の心臓はコンマ数秒ほど停止し、直後から早鐘を打ち鳴らした。

「な、え、なんでそれ……?」

 言葉に詰まった暁雄を、台が不思議そうに見返す。

「ん? 今朝のニュースでやってたじゃん。パイロットは全員無事だったって」

「そう、なんだっけ……」

 シブヤで撃墜されたヘリの話であった。暁雄の生返事に征矢たちの声がかぶさる。

「それ見たぞ。撃墜じゃなくて、機体の故障による不時着だってな」

「爆発した映像があるのに?」

「実況で流れた映像は、落雷の見間違いなんだとさ。どっかのビルに落ちて、看板が派手に破裂したんだと。ネットに流れてるのは誰かの作ったフェイク画像って話だ」

「デマッターってやつ? それにしちゃ手がこんでるなぁ」

 そのニュースは暁雄も知っていた。どういう意図があってのことか分からないが、アメルカとしてはデマで押し通す気のようだ。

 もちろん日本の政府とも話がついているのだろう。そうでなければ、これほど露骨に報道規制できるわけがない。

(やっぱ戦闘ヘリが簡単に撃墜されたなんて知られたくないんだろうな。いくら相手がドラゴンだからって、たった一頭相手に負けたなんて、世界一の軍事大国としては赤っ恥だもんな)

 今頃、どこぞの豪華な会議室に政府や軍のお偉いさんが集まって、未知のモンスターの対応策について頭を悩ませているのだろう。暁雄はそんなふうに想像した。一介の高校生の想像力などその程度だ。


 確かに会議は行われていた。しかし、議論の趣旨は暁雄の想像からかけ離れた内容だった。

 場所は首相官邸の一角にある、一般には知られていない極秘の会議室で、現在、アメルカの大統領官邸とネット回線がつながり、両国の国家元首および関係閣僚がモニター越しで意見を交わし合っていた。

「ついにこの国にも現れたのか……」

「間違いないのかね? シブヤに現れたのが、その、FTというのは?」

 柔道で鍛え上げた身体を震わせながら、警視総監がいまさらながらの疑問を口にする。同時通訳でそれに答えたのは、アメルカ合州国連邦緊急事態管理庁の長官であった。

「兵士たちの証言を照合したところ、我が国で目撃されたドラゴンとは形状が異なるようですが、まず間違いないでしょう」

「ほかに羽のあるトカゲに心当たりがあるなら、ぜひ教えてもらいたいものだがね」

「例の撃墜された機体に搭乗していたパイロットたちについては? その後、何かわかりましたか?」

 総理大臣の隣に控える官房長官は、友邦の国防長官が発した皮肉を丁重に無視した。

「新しい情報は何も。全員が『攻撃を受けたと思った瞬間、ビルの屋上にいた』と証言しています」

「……本当に本人なのかね?」

 副大統領の質問は、謹厳な辣腕家として知られる長官を、わずかにひるませた。

「軍の記録にある指紋やDNAと照合した限りでは間違いありません。同僚や家族との会話にも不自然なところは見られませんでした。ですがFTの技術力が定かでない以上、完全な記憶を持つクローンの可能性も否定できません」

 皮肉なことに、カナンによって助けられた兵士たちは、その幸運ゆえに自国の人間からスパイ疑惑をかけられていた。

「仮に本人だとして、なぜFTが彼らを助けたのかという疑問もあるな。これまでにそんな報告は無かったはずだ」

「だが、FT同士で争うようすは何度も目撃されている。そのあたりに理由があるのかもしれぬ」

「とすると、パイロットを救出したのはドラゴンのグループと交戦していた者たちと見てよいのか? コミックヒーローのグループだそうだが……」

「断定はできぬが可能性は高いだろうな。ところで、そのドラゴンの拠点はつかめたのか?」

「いいえ。これまで同様、レーダーも監視衛星も無効化され、追跡部隊もすべて排除されました。現状では打つ手がありません」

「去っていった方角からして、ルーシか央国を拠点にしている連中かも知れんな」

「次回からは追跡はやめさせるべきだな。無駄に犠牲者を増やすだけだ。遺族への慰謝料が馬鹿にならんし、生き残った将兵を抑えておくにも限度がある」

「国民にはいつまで伏せておくのです?」

「万全の対策が整うまで、としか。解決策も無いまま公表すれば、無駄に国民の不安を煽るだけです。最悪の場合、未曾有の危機を前に世界中が大混乱に陥り、社会秩序が崩壊する恐れがあります」

 ドラマや映画でも何度となく聞かされた、機密保持の正当性を主張する際の常套句だ。そうと分かってはいても、治安維持を盾にされると、真っ向から反論するのはためらわれる。

 だが永久に隠しておくことなどできるわけがない。その万全の対策とやらは、いつできあがるのか。打つ手がないといったばかりではないか。

 焦燥感に駆られた防衛大臣が、苛立たしげに拳を机に叩きつける。

「いったい奴らの狙いは何なんだっ。拉致や略奪だけが目的なのか?」

 領土を侵犯され、多くの被害者を出しているのに、ただ傍観することしかできない。防衛軍を預かる者として忸怩たる思いがあった。

「無論そんなわけがなかろう。おそらく、現在は威力偵察の段階で、こちらの出方をうかがいながら戦力を分析しているのだろう。それが終われば、当然、次の段階に入る」

 国防長官が口を閉ざすと、みな一様に黙りこんだ。偵察の次の段階といえば本格的な侵攻を意味する。そうなれば、地球上のあらゆる国々はFTの軍勢に蹂躙されることになるだろう。

 このとき、両国の政府首脳は、FTと名づけた一団の狙いは地球侵略であると決めつけていた。彼らの常識では、それしか考えられないのである。

 現代科学を遥かに凌駕する武装からして、彼らが地球の外からやって来たのは確実だ。わざわざやって来たからには、その労力に見合うだけの目的があるに違いない。

 交渉の機会はいくらでもあったが、彼らがそのような行動に出たことは一度もない。となれば敵対意思を持っていることになる。事実に基づいた論理的帰結である。

 たかがゲームをするためだけに次元の壁を越えて来たなどと、誰が想像できようか。

 もしリヨールがその場にいたら、会議の出席者たちに皮肉まじりの冷笑を浴びせたに違いない。「お前たちにそれほどの価値があるのか?」と。

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