その6 闘気満ち覇気勝り霊気閃くとき
フィールドが消えたことで、人払いの結界も解かれ、シブヤの街に人の気配が戻った。
いまだ警察による道路封鎖は行われているが、その内側に位置する一帯では、建物内に押しこまれていた人々がぞろぞろと外へ踏み出している。
そうした人々の頭上で機械音が鳴り響く。見上げると2機のヘリが通り過ぎていくところであった。警察の制止を振り切ったマスコミのヘリである。
「ただいまシブヤの上空に来ております。御覧ください、先程までの騒乱が嘘のように街は整然としております。爆発の痕跡や倒壊したビルも見当たりません! 本当に不思議です!」
1機のヘリでは、リポーター役の女性ディレクターが興奮のままに実況する。もう片方のヘリでも似たような状況であった。空前の異常事態に冷静ではいられないようだ。
「そしてさらに謎なのがこの雲です! 騒動の間、ずっとシブヤの上空で停止しておりましたが、騒動が終わるや否や移動を開始したのです。しかも! 未確認ながら雲の中に船を見たという情報も多数寄せられており、明らかに自然の物とは思えません! これから、その雲の中に入ってみたいと思います!」
妖しげな雲はシブヤを襲った怪物たちの巣である。そんな場所へのこのこ侵入するなど自殺行為である。彼女たちを突き動かすのはジャーナリストとしての責任感か。あるいは無謀で幼稚な功名心か。
いずれにせよ、取材陣の決意は未発に終わった。
「あ、何でしょう! 雲の中から何か出てきます!!」
白いベールをくぐり抜け、雲中から現れたのは、体長20mほどもある恐竜のような生き物であった。
「ド、ドラゴンです! ドラゴンが現れました! 背中には人の姿があります!」
鱗に覆われた巨体。前方に突き出た巨大な口とそこに並ぶ猛々しい牙。それはまさに伝説に語られるドラゴンそのものであった。
背に生えた大きな羽の手前には、騎乗用の鞍がつけられ、そこに白い甲冑をまとった人物が座っている。完全武装を調えたナリオンであった。
「警告する。去れ、リモシーのイェータどもよ。これ以上、目障りな真似を続けるなら実力で排除する」
静かな口調で退去を命じるナリオンに対して、リポーターは、真赤な顔でまくし立てた。
「貴方たちは誰ですか!? どこから来たのですか!? 今回の襲撃の理由は!? あの怪物は何ですか!? 誘拐された人たちは安全なんでしょうか!? 答えてください!!」
非日常的な光景に危機感が麻痺したのであろうか。それとも、騎士の端正な容姿に目を奪われ、相手の言葉を聞き漏らしたのか。
真相は不明だが、結果としてリポーターは警告を無視した。それゆえ、勇敢だが、愚かな行為の報いを受けることになった。
「こ……っ」
ヘリの中で叫んでいたリポーターが不意に黙りこんだ。
「升野さん? どうしました? 聞こえますか? 升野さーん?」
急に現地からの音声が途絶えたことで、スタジオのキャスターたちが不審がる。
「あ、おい!?」
ヘリに同乗していたスタッフが、無反応のリポーターを見て異変に気づいた。
リポーターは白目をむいて意識を失っていた。首ががっくりと垂れ下がり、力なく崩れ落ちた身体をシートベルトがかろうじて支えている。
「どした? おい、升野!?」
「升野さん!? 何かあったんですか!?」
「起きろっておい! くそ、やばいぞ、完全に意識がない! 何なんだ急に!」
騒ぎ立てるスタッフたちを横目に、ドラゴンの騎士は冷然と告げた。
「二度は言わぬ。次はパイロットを眠らせるぞ」
「やばいぞ、逃げろ!」
「早くしろ! 急げ! 離れろ!」
2機のヘリが先を争うようにして逃げ去ると、ナリオンもまた背を向けた。だが、悠然と雲の中へ戻りかけたナリオンは、急に何かを察知し、南の方角へ鋭い視線を放った。
その方角から敵意を発散しながら接近するものがある。
やがて爆音と共にビルの陰から飛び出して来たのは、横須賀の米軍基地から飛び立った4機の戦闘ヘリ、DH66Cディネ・インプレグネーターであった。
戦闘ヘリから放たれる突き刺すような殺意から、彼らの任務が、偵察でも警告でもなく、殲滅にあることは明白であった。
クァ・ヴァルトに関連する物は、地球の索敵機器には一切反応しないため、攻撃するためには直接目視する必要がある。
そのため、ヘリのパイロットたちは「敵」に視認されぬよう、ビル群の隙間を縫うようにして低空飛行で接近したのだ。
「野郎見つけたぞ! ロサンゼルスでの借りを返してやる!」
危険な任務を任されるだけあって、パイロットたちはみな、異様なモンスターを前にしても戦意旺盛であった。
「全機照準を合わせろ! 手動誘導だ! いつもと勝手が違うぞ!」
「けっ、この距離だ! 外しっこねぇぜ!」
地上では多くの人たちが戦闘ヘリを見上げて騒いでいる。このまま攻撃を行えば一般人にも被害が及ぶ可能性があったが、パイロットたちは、まったく意に介していない。
目の前に復讐の対象がいて、彼らにとってここは異国の地である。司令部から攻撃許可が降りている以上、ためらう理由などない。
「喰らいやがれ!!」
わずか数百mの距離から放たれた空対空ミサイルは、マッハ2を超える速度でドラゴンへ迫り、狙い違わず命中した。
「ざまぁみやがれ!」
「空飛ぶワニ野郎の丸焼きだ!」
ドラゴンが爆炎に包まれるのをみて、パイロットたちはコックピットの中で喝采を上げる。
だが興奮は長くは続かなかった。
ドラゴンが軽く翼をはためかせると、燃え盛っていた炎は吹き飛ばされ、その下から現れた身体にはかすかな火傷の跡すら見られない。
「や、野郎っ! 無傷だと!?」
「どういうことだ!? 外れたのか?」
「くそ、もう一発行くぞ!」
復讐心に駆られたパイロットたちは、胸に湧きかけた恐怖と狼狽をねじ伏せると、ドラゴンを半包囲するため、さらなる接近を試みる。
「愚かなイエータよ。魔力の通わぬ粗末な武器で、我らを傷つけることなどできぬ」
騎竜ソルハウングの首を優しく叩きながら発せられたナリオンの声には、無知な者への呆れを通り越し、憐れみすら感じさせるものがあった。
「いかに未開の蛮族といえど、非礼を見過ごすわけにはいかぬ。犯した罪の報いは受けてもらうぞ。やれ、ソルハウングよ!」
ナリオンの号令に従いドラゴンが口を開いた。
一瞬の後、シブヤの上空に閃光が炸裂した。戦いのようすを見守っていた者たちは眩しさに目がくらみ、口々に悲鳴をあげる。
両目を押さえのたうち回る人々のなかで、幾人かは、視界が真っ白に染まる直前、水平に走る稲妻を目撃していた。だが、その稲妻が、1つではなく4本同時に瞬いたことに気づいた者はいなかった。
ドラゴンの口から放たれた雷光は、莫大な光と熱の槍となって4機の戦闘ヘリを貫いた。
機体を覆う特殊アルミ合金製の装甲も、内部に張り巡らされた強化フーレムも魔法の前には無力であった。世界最強と言われた戦闘ヘリは、エネルギーの奔流にさらされ呆気なく爆散した。
ヘリの残骸が地上に降り注ぐなか、しばらく周囲を見渡していたナリオンは、増援の気配がないと見ると、今度こそ雲の中へ戻っていった。
街を見下ろす騎士の顔には、やや不審げな表情が浮かんでいたが、騎竜の首を返したときには消えていた。




