その4 大回転戟法
「あれ? 彼女は温存って話じゃなかった?」
「だな。どうしたんだ?」
計画に変更でもあったのだろうか。透と暁雄は顔を見合わせるが、カナンからの連絡はない。その間にも召喚口上が続いている。
「ひとたび気満ちれば
始祖凰の如く天頂に至り
明澄の穂先を銀月に刻む!」
闘技兵の出現位置を示す魔法陣は、シブヤ駅東棟予定地に現れていた。
「召喚! 星旄翔戟リヨール!」
闘技兵の名が告げられたとき、もっとも大きな反応を示したのはフィールドの外にいた少女であった。
「何ですって!?」
客船メティス・プリンセスのプールデッキで闘技を眺めていたエトゥネは、デッキチェアから飛び上がると、手すりに衝突せんばかりの勢いでデッキの先端まで走り寄った。
「リヨール!? そんな! じゃあ、あれは……、カナンの軍団!?」
「おそらくそうでしょう。今しがた出現した闘技兵、あれはリヨール卿に間違いありません」
背後に控えるナリオンが主君の疑念に答え、エトゥネは苦笑未満の表情を浮かべる。
「……そう、そうなの……。いつかは戦わなければならないって分かってはいたけれど、まさかこんな早く、それもこんな小さな島国で貴方に会うなんてね。欲を言えば、もう少し盛り上がるタイミングが良かったわ」
ふとエトゥネは奇妙なことに気づいた。
「でも、なぜ? なぜ、わざわざリヨールを呼び出したの? あのまま一気にヒディンを攻め落とすこともできたはずだし、それなら私に気づかれることもなかった。こんなのカナンらしくない……」
その疑問に答えたのは、またしても側に控えるナリオンであった。
「お嬢様にお知らせしたかったからでは?」
忠実な騎士の顔を見返したエトゥネは、すぐにその言葉の意味を理解した。彼女自身、内心では気づいていたのだろう。
「……まったく、そんな甘いことでは勝ち残れなくてよ。分かっているのかしら? これはトゥルノワだって」
浅はかな友人の行動を嘆きながら、エトゥネは、いささか芝居がかった仕草で大きなため息をつく。
しかし、その態度とは裏腹に、爛々と輝く瞳には軽蔑の色は微塵もない。
「いいわ、カナン。お望み通りしっかり見させてもらう。貴方の新しい軍団も、戦術も。だから次に戦うときは遠慮は無しよ。正々堂々戦い、……私が勝つ!」
情に流されやすい性格は、カナンの短所であり、長所でもある。
カナンの性分をよく知るエトゥネが、戦術的に不合理な行動から友人の意図を察したように、リヨールもまた、ヨルクの名を聞いたときからこうなることを予想していた。
「お気遣いはご無用でございます。お嬢様のご気性はよく存じあげておりますれば」
予定外の出撃を詫びる主人にそう微笑むと、リヨールは、背中の翼を広げシブヤ駅を飛び立った。
わずか一度の羽ばたきで地上から100mほどの高さにまで舞い上がると、街並みを見下ろしたままフィールドを縦断する。
目的の相手はすぐに見つかった。屋上の真ん中で仁王立ちになり、リヨールの接近を待ち構えていた。
リヨールは10数mほどの距離で停止すると、ホバリングしたまま騎士の礼を取る。
「シーゲン伯領に剛勇名高きヨルク卿とお見受けした。私はリヨール・ノーダン。一手お手合わせ願いたい」
「おうっ、願ってもない! 虚名を誇るは羞恥の極みなれど、名にし負うリヨール卿に存じていただけたとは光栄の至り! 護界十二頂座の力、見せていただこう!!」
リヨールの形式的な挑戦に、ヨルクは興奮気味に答えた。リヨールの名を聞いてから、ヨルクの武人としての血が沸き立っていたのだ。
「参る!」
建物の中から2人の様子を眺めていた人々は、戟を両手に構え直したリヨールが翼をはためかせるのを見た。
しかし一瞬後にはリヨールの姿はそこにはなく、10m以上離れたヨルクの至近にまで迫っていた。静から動への急激な変化は、さながら剛弓から放たれた矢のようであった。
槍を思わせる戟の先端が風を割いて突き出される。人の目には到底追いきれない攻撃であったが、ヨルクの反応も迅速であった。両手に持った巨大斧を振りかぶる。
すれ違いざま強烈な打撃音が鳴り響き、激突した刃と刃が火花を散らす。ぶつかり合う武器が生み出した衝撃波で、近くのビルの窓が何十枚も割れ飛んだ。
「始まったみたいだな」
「だね。アタシらも行こう」
カナンから新たな指示を受けた暁雄と透は、路地裏を出て10Qを目指して駆け出す。
リヨールとヨルクの最初の激突は、双方ともに損害は無かった。リヨールは優雅に上空へと舞い上がり、ヨルクもまた微動だにしていない。
その後、同じことが数度繰り返された。リヨールが攻め、ヨルクが守る。たがいに一歩も譲らない。
「驚いたわ。あのリヨールの攻撃を受けとめるなんて。さすがはヨルクね」
ヨルクの敗北を予期していたエトゥネは、予想外の善戦ぶりに驚き、かつ喜んだ。しかし。
「……いえ、やはりヨルク卿には荷が重いようです」
激突を繰り返す2人の攻防は、一見、互角に見えたが、そうではなかった。
ナリオンの目には、リヨールの攻撃を受けるたび、ヨルクの立ち位置がズレているのが見て取れた。リヨールの攻撃は一撃ごとにその速度と威力を増しており、次第にヨルクの防御を上回りつつあったのだ。
(このままではマズイ!)
誰よりも先にヨルク自身がその事実を悟っていた。
そして、リヨールが何度目かの突撃姿勢をとったとき、戦況に変化が起きた。
「ぬぅん!!」
ヨルクが気合を発し、豪快に戦斧を振り抜くと、その先端にこめられた魔力が刃先の形をしたまま打ち出された。その数、全部で5つ。
「!?」
撃ち出された5つの魔刃がリヨール目がけて一直線に飛んでいく。
加速しかけていたリヨールは寸前で急降下し、5つの魔刃すべてを回避するが、立ち並ぶビル群が眼前に迫る。
「くっ……!」
飛行速度を落とし、急旋回を重ね、かろうじて衝突をまぬかれた。だが、スピードを緩めたリヨールを狙い、新たな魔刃が次々に飛んでくる。
魔法の刃は一直線に飛ぶだけでなく、曲線の軌道を描くものもあり、上下左右からリヨールを襲う。さらに微妙にサイズの異なる刃の群れがリヨールの距離感を狂わせる。
地上から10mほどの高さまで降下したせいで、リヨールからはヨルクの姿がとらえにくい。
元の位置にまで上昇したいのだが、ヨルクもそうはさせじと、上方からの攻撃が最も激しい。加えて破壊されたビル群の瓦礫もリヨールの行動を妨げた。
ヨルクの攻撃はじつに巧妙であった。
リヨールは、戟を振るい、身をよじり、魔刃の攻撃を防ぐが、ガードをすり抜けた刃が翼や身体をかすめ、その数が徐々に増えていく。
だが、激しい攻撃にさらされながらも、リヨールに焦りの色はない。冷静に魔刃の飛来する間隔を測り、脱出のタイミングを見計らっていた。
そして、ビルの屋上から放たれた5つの魔刃が大きくカーブを描き、上方から降り注ぐ魔刃の数が少なくなった瞬間、リヨールは、上に向かって飛び上がった。
リヨールの飛翔速度なら、次の魔刃が撃ち出されるまでに、ビルの屋上まで到達できる、はずであった。
「はぁっ!」
リヨールの狙いはヨルクに察知されていた。雷声と共に、これまでに倍する数の魔刃が放たれる。
魔刃の雨が頭上を塞ぐが、しかし、リヨールに怯む素振りはない。上昇速度を上げながら、同時に、手にした戟を中心に身体を高速で回転させ始めた。
たちまち強烈な風が巻き起こり、リヨールは竜巻となって空へ駆け上っていく。
路上に置かれていた看板やゴミ箱、チラシの類が暴風の中で乱舞し、道路沿いの街路樹が一斉に軋みをあげる。
ヨルクの放った十数発の魔刃も、吹きすさぶ烈風の壁に次々と弾き返されていく。
突如発生した竜巻は、消えるのも突然だった。
風の渦が内側から弾け飛んだとき、リヨールの姿は地上100mほどの位置にあり、魔刃の包囲網の突破に成功したかに思われた。
だが、ヨルクの攻撃は、まだ終わってはいなかった。リヨールが戟を構え直す、まさにその一瞬を狙い、ヨルクは持てる最大の技を放った。
「!!」
危険を感じ頭上を見上げたリヨールは、長さ30mに達する超大な刃が振り下ろされるのを見た。
魔力によって巨大化した斧の一撃。爆撃を思わせる轟音がフィールド中に轟き、シブヤの街が揺れた。
巨大斧に直撃されたビルは木っ端微塵に吹き飛び、引き裂かれた大地の亀裂は、周囲の建物を飲みこみながらフィールドの端まで達する。
「地震!?」
「違う! なんか爆発したぞ! あそこ! 見ろ!」
「ビ、ビルが……! ビルが、崩れていく!?」
「道路が割れてるよ! どんどん広がってる!」
「ここも危ないぞ! 逃げろ!」
フィールドの境界付近にいた見物人たちが再びパニックを起こす。
街を破壊した張本人のヨルクは、騒々しい地球人たちには見向きもせず、武器を振り下ろした姿勢のまま前を見すえていた。
「……見事だ」
そうつぶやくヨルクの背後には、いつの間にかリヨールが立っていた。
どちらも、たがいに背を向けたまま動こうとしない。
「よい戦いでした」
リヨールは右手に持った戟の石突をコンクリートの床に突き立てた。背中の翼はすでにたたまれている。
敵の賞賛にヨルクが満足気な笑みを浮かべると、その巨体がぐらりと揺れた。意識を失った身体が完全に崩れ落ちる前に、ヨルクはフィールドから消滅していた。




