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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第7話 平安な京のエイリアン
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その3 オタスケガール

 大通り沿いにあるビルの4階あたりで爆発が生じた。飛び散る瓦礫と粉塵の中から人影が飛び出し宙に舞う。

「逃さんぞ、狗面ランナー!」

 雷声と共に投げつけられた巨大な戦斧が人影を追撃する。高速回転が生み出す暴風によって、あたり一帯の爆煙が薙ぎ払われる。

 地上を縦横無尽に駆け回っていた狗面ランナーも、空中ではそうもいかない。豪速で飛来した戦斧が無防備な背中に命中する。

「おのれっ、また偽物か!」

 戦斧の一撃を受けた直後、狗面ランナーの姿は靄のようにゆらぎ、そのままかき消えてしまった。

 ブーメランのように戻ってきた戦斧を難なくキャッチしながら、ヨルクが舌打ちする。

[これで3体目だぞ。どれが本物かまだ分からぬのか?]

[そ、それが皆目……]

 応じるヒディンの声は困惑しきっていた。現在、ヒディンがいるシブヤ10Qの周囲には、確認できる限りでも15体の狗面ランナーが出現していた。

 戸惑う理由はその数だけではない。それら狗面ランナーたちの中には、10Qへ向って来る者もいれば、その場に留まっている者や不規則に動き回る者もいて、行動に統一性が見られない。

 おまけに、魔力反応がある者と無い者が混在していて、正確な数や位置を把握することさえ困難であった。

(魔力反応の無い者は偽物か? いや、そう思わせることでこちらの目を欺くつもりか?)

 すでに一度、カナンの策にはまったヒディンは疑心暗鬼に陥っていた。

[今のところ接近する者はすべて偽物です。いったい敵は何を考えているのか……]

[あるいはすべて偽物かもな]

[は?]

[撹乱が目的かもしれぬということだ。だとすれば、敵の動きにとらわれると、かえって惑わされることになるぞ]

 敵の心理を読み、その裏をかくのは戦術の基本である。過度の恐怖や不安は判断を鈍らせ、自暴自棄になれば相手の思うつぼだ。

 その点、精神的に打ちのめされているヒディンの心理状態を正確に予測し、さらに追い打ちをかけようとする敵の闘技将デュークスはしたたかである。

 だが、ヨルクは、敵の指揮に感心する一方で、納得し難いものも感じていた。

「こちらは闘技兵アパリティオのほとんどを失っている。一気に闘技将デュークスを狙ってくると思ったのだがな」

 もしヨルクが敵の立場であればそうする。ここで無駄に時間をかければ、相手が防御を固めてしまうからだ。

「いったい何を考えている……?」

 戦い慣れしたヨルクでさえ敵手の思考を読み切ることはできなかった。

 しかしそれも当然のことであった。

 なぜなら、このときカナンのとった戦術は、勝利を目的としたものではなかったからだ。

 この撹乱作戦は、カナンの個人的な事情に基づくもので、戦術的には明らかに非合理で、ヨルクが合理的な思考を重ねる限り、正解にたどりつくことは不可能なのだ。

 そしてその非合理性ゆえに、狗面ランナーこと透もまた、戦理に反する場所へ赴いたのである。


「ギギャァーッ!?」

 グシャッという不気味な衝撃音に続いて、身の毛のよだつような悲鳴が路地に響く。

 だがそれは暁雄が発したものではない。

「……!?」

 暁雄が恐る恐る目を開くと、最初に視界に飛びこんできたのは赤褐色のプロテクターであった。

「お待たせ!」

 犬型のマスクをつけた特撮ヒーローが陽気な声で振り返る。その足元では、踏み潰され戦闘不能になったベスベルミアの身体が消滅していた。

「お、お前……」

「キシャー!」

 もう一体のベスベルミアが、仲間が倒されたことに激昂し、よそ見をしている透の首筋めがけて飛びかかる。

「1体倒したんだって? やるじゃん」

「おい! うし……!」

 透は無造作に左腕を跳ね上げた。暁雄のほうに顔を向けたままで。

 顎に強烈な一撃を受けたベスベルミアは、綺麗に身体を一回転させると、その勢いのまま地面に激突した。

「うおっ、マジか……!」

 たった一撃でベスベルミアを戦闘不能にした透を見て、暁雄は、驚くべきか呆れるべきか、判断に迷った。しかしその答えが出る前に、もっと重要なことを思い出した。

「おい、なんでここにいるんだよ。ステージを壊さなくていいのか?」

「もう全部壊したよ」

「全部!? 警備の奴らがいただろ!?」

「それが歯ごたえのない奴ばっかでさぁ。おかげで消化不良なんだよね」

「んなバカな……」

 心底退屈そうな言葉が、透の本音なのか、あるいは暁雄を気遣ってのものかは分からないが、少し前の暁雄なら、透の気遣いに劣等感を抱くか、透の強さに嫉妬したであろう。

 しかし、今ではそんな小さなプライドはとうに捨てている。ピンチに駆けつけてくれた幼なじみの厚意は素直に嬉しい。

「なわけで、このウシ、譲ってよ。けっこう強そうだし」

 不敵に言い放ち、透がミノタウロスに向き乗る。その表情はマスクに隠れて見えないが、どこか不機嫌そうに感じたのは暁雄の気のせいだろうか。

 ミノタウロスが言語を理解できたかどうかは不明だが、透の発する敵意が伝わったのは明らかだ。透が一歩踏み出した途端、戦闘が始まっていた。

「グゥモオォォォオォ!!」

 荒々しい唸り声と共に、ミノタウロスの戦斧が透めがけて振り下ろされた。

 狭い路地である。巨大な武器を振り回せば、透だけでなく、暁雄も巻きこまれる。

「おわぁっ!」

 悲鳴を上げ暁雄が飛び退いたとき、目の前にいたはずの透の姿が消えていた。

「グモッ!?」

「こっちだよ」

 いつの間に周りこんだのか。透はミノタウロスの背後の壁、高さ3mほどの位置に張り付いていた。

 ミノタウロスが振り返った瞬間、両脚で壁を蹴りつけ、カウンターの一撃を喰らわせる。

「ブグゥォッ!」

 頭部に痛打を浴びミノタウロスの態勢が崩れる。

 すかさず左腕で怪物の巨体を引き寄せると、透は、右足を強く踏みこむと同時に右肘を鋭く突き出した。

 踏み締めた右足の下でアスファルドが砕ける。強烈な踏みこみから生み出された爆発的なパワーが、腰のひねりによって肘の一点に収束される。

「グボォッ!」

 怪物を撃ち抜いた衝撃は、その背後にそびえるコンクリートの壁をも打ち砕いた。鳩尾への強烈な一撃で身体をくの字に曲げたミノタウロスは、そのまま建物奥の壁に激突した。

 降り注ぐ瓦礫の下で怪物の身体はピクリともせず、瞬く間に消滅していく。

「なんだ。見た目ほどじゃなかったね」

 まだまだ余裕を感じさせながらの、まさに圧勝と言う結果に、暁雄は思わず微苦笑する。

「今のは、<排雲陣行はいうんじんこう>だっけ? 覚えてるよ」

 暁雄が透の実家の道場に通っていたころ、透の父親が模範演舞で見せてくれたことがあった。

「父さんに比べたら、まだダメダメだね。震脚からダメ出しばっかだもん」

「おじさん、あいかわらずキビシイんだな」

 懐かしい光景がよみがえり暁雄の顔がほころぶ。

 思い出を共有する2人の間で、戦闘中とは思えないゆるい空気が生まれかけたが、フィールド全体に轟く声によってかき消された。


「犀利なる烈気は我が剣!

 不動なる信念は我が鎧!」


 本日、4度目の召喚口上ヴェルバルムであった。

「こ、これは……!」

「来たか……、やはりな」

 カナンの召喚口上ヴェルバルムを聞き、ヒディンとヨルグに緊張が走る。

 と同時に、味方である暁雄たちもまた、別の意味で衝撃を受けていた。

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