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その3

 翌日、暁雄の目覚めは最悪だった。杉山すぎやま智環ちわの前で演じた失態が原因でほとんど眠れなかった。

 目を閉じると、あのときの光景が瞼の裏に浮かび、恥ずかしさのあまりベットの中でのたうちまわる。それを何度も何度も繰り返し、いい加減疲れて気を失うように眠りに落ちたのは朝方のことだった。

「うぅ……、気が重い。頭も重い。やっぱ休めばよかったか……」

 だが、それでは何の解決にもならない。

 暁雄が、今もっとも恐れていることは、昨日のできごとが学校中に知れ渡り、笑い者にされることであった。そうなったらお終いだ。「平凡な高校生」のほどほどの人生など夢のまた夢。誰かがネットに書きこめば、学校どころか世界中の笑い者だ。

 家を出てから学校に着くまでの間、他人の視線が気になって仕方がなかった。もうすでに広まっているのではないかと疑心暗鬼になり、笑い声がしただけでキョドってしまう。

 玄関口で上履きに履き替え、生徒たちで賑わう玄関ホールを歩いている間もビクビクし通しであった。

「おいーす!」

 聞き慣れた声の主は、幼なじみでクラスメイトの旗野はたのうてなであった。

「ん? なんだ? 顔、青くね?」

「お、おお……、オハ。ちょっと寝不足」

「はぁ? めずらしいな」

 連れ立って教室まで向かう間、台の態度に昨日までと変わったようすは見られない。

(……とりあえず、まだ広まってないっぽいな)

 教室の前まで来たところでまた不安がぶり返し、台の背に隠れるようにして恐る恐る足を踏み入れたが、入ってみれば教室の雰囲気も昨日と同じで、暁雄の顔を見てざわつくようなことはなかった。

 入学式から数日経っているだけに、クラスの中ではちらほらと新しいグループができつつある。教室の空いたスペースや、ひとりの生徒の座席の周りに集まって、HRまでの時間をつぶしている。

 おしゃべりに夢中な同級生や列をなす机の隙間を縫うように移動し、自分の席についたところで、暁雄はようやく人心地ついた。

(……けど、まだ安心できないよなぁ)

 まだ広まっていないからといって、今後もずっとそうであるという保証はない。

(やっぱ頭下げて頼んだほうが確実か? でもなぁ……) 

 杉山智環という少女の人となりが分からない以上、うかつに動けない。もし嫌味な性格だったら、こっちが困っていると知った途端、喜々として吹聴するかもしれない。秘密にする代わりに何か要求される可能性だって捨てきれない。

 自尊心に受けたダメージと睡眠不足のダブルパンチで、暁雄の思考は、ひたすらマイナス方向に傾いていく。

 暁雄の席から見て、杉山智環の座席は斜め前方に位置する。暁雄より早く教室にいた杉山智環は、クラスメイトの雑談に混じることなく、なにか文庫本を読んでいるようだ。机の上には一限目の授業の教材が整えてある。

(とりあえず様子見だな。それしかないっ)

 もっともらしいことを言ってるが、何も思いつかないので問題を先送りにしているだけだ。

 仮に、杉山智環が例の件を友達に話そうとして、暁雄がそれに気づいたとしても、それを止めるすべがないのだから。

 暁雄にできるのは、「誰にも話しかけるな!」と念じ続けるくらいであった。

 その念が通じたのか、HRが始まってから4時限目の授業が終わるまで、杉山智環は誰とも言葉をかわさなかった。休み時間はひとりで読書をし、たまに席を立つとしてもロッカーに教材を取りに行くくらいであった。

(もしかして、アイツ、ボッチか? なら、言いふらす相手もいないよな)

 そんな考えが暁雄の頭をよぎる。時間が経つにつれて気が緩み、悲観論に染まっていた胸中が楽観論に傾いていく。

 その油断をつくかのように事態が動いたのは、昼休みのことであった。

 4時限目が終わると、持参の昼食を手にした生徒たちの大移動が始まる。クラスの仲良しで固まって机を並べたり、別のクラスの友人のもとへ行ったり、校庭や中庭でピクニック気分を味わったりと、校内のあちこちに小グループのコロニーができあがる。

「アキ、飯食おうぜ」

「おう」

 かくいう暁雄も、征矢や台といった中等部からのメンツで食べるのが習慣だった。

 カバンから弁当を取り出しメンバーのもとへ向かう。そのとき、杉山智環がランチポーチを手に教室から出て行くのが見えた。

(げっ!)

 これまでの行動からてっきり昼食も教室で済ませると思いこんでいた暁雄は、席取りをしてくれた征矢に「飲み物を買ってくる」と告げ、慌てて杉山智環の後を追った。

 教室を出た杉山智環は、生徒で溢れかえっている廊下の隅を通り階段ホールへ向かうと、そのまま4階へと上がっていく。

(あの部屋で食うつもりか? 食欲無くすだろフツー)

 あんな異様な雰囲気の部屋で食が進むとは思えないが、それよりももっと重大な問題があった。部屋に入られてしまったら監視のしようがない。

(昼休みってことは、他の班員もいるかもだよなぁ。出てくるの待ってても意味ないし、部屋に入るの確認したら戻るか……)

 視線の先では杉山智環が最後の角を曲がった。あとは遠目から入室を確認するだけだ。早足で曲がり角まで来た暁雄は、壁に身を寄せると、ゆっくりと角の向こうへ顔を出す。

 そこに杉山智環が立っていた。

「うわっ!?」

 不意をつかれて仰天した暁雄は、大声をあげて飛びのき、2mほど後ろで尻もちをついた。

 声を聞きつけた数名の上級生たちが不審そうな視線を向けるなか、杉山智環は、足早に暁雄に近づくと、その場にしゃがみ込み小声で告げた。

「……放課後、昨日の部屋へ来てくれませんか? 話したいことが、あるので……」

「話? あ、そう、そうね、はい、わかった」

 話している間、杉山智環は暁雄と視線を合わせようとしない。暁雄の返事を確認すると、それ以上は何も言わず、廊下の奥へ駆けていった。行き先は、予想した通り例の部屋であった。

 扉の閉まる音で我に返った暁雄は、自分が野次馬の注目を集めていることに気づいた。慌てて立ち上がると、好奇の視線を背に浴びながら、そそくさとその場から逃げ出した。

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