その8 ふじみ遊戯
[暁雄が倒れました。……ですが、まだ姿は見えています]
上空から戦いのようすを眺めていたリヨールがカナンに状況を伝える。
[アキオのライフはどうなっていますか?]
[……アキオのライフはゼロです。私のもとに『排除』の通達が届いていますし、魔力回路も遮断されています。しかし、アキオ自身は今もフィールド内に留まっている……]
[!!]
システム上ありえないことが起きている。カナンの声はかすかに震えており、リヨールも言葉が出ない。
そして決定的な瞬間が訪れた。
[! ……たった今、暁雄のライフが全快しました……。魔力回路も再接続しています]
[こちらでも微動が確認できます。これは、復活した、ということですか……]
[そうです。もはや疑いようがありません。アキオには、不死身あるいはそれに近しい特性がある……っ]
[不死身……!]
高速召喚という未知の特性を見出したばかりだというのに、まさかそれを超える強力な特性が発見されるとは――。
闘技の常識を覆す事態を前にしては、カナンとリヨールでさえ平常心を完全に保つのは困難であった。
だが悠長に驚いてばかりもいられない。こうなると管理委員会がどう動くか、カナンにも予想がつかない。しかしどのような裁定が下るにせよ、まずは暁雄の特性について、彼女自身が詳しく知っておく必要がある。
[アキオ、目が覚めましたか?]
瑞々しく澄み渡る声が暁雄の意識にかかった靄を晴らす。
[あ、ああ、大丈夫! ……ってなんで俺まだ残ってんだ? 今やられなかったっけ?]
暁雄は瓦礫の中からはい出しながら不思議そうに周りを見渡す。一度目は何かの間違いかとも思ったが、二度目はさすがにおかしいと感じた。
[アキオも倒された自覚はあるようです]
カナンは暁雄のようすをリヨールに伝える。
[では、やはりシステム上のトラブルということですか?]
[おそらくは。原因が判明すれば、対処法が見つかるかもしれませんが……]
前例のないことだけに考えていても始まらない。
[アキオ、もう一度お願いします]
[え、ま、また!?]
[どうかしましたか? もしや何か体に異変がありますか? もしそうなら言ってください。現在、不測の事態が起きています。その状況確認のためにバトルを続けたいのですが、無理なようならここで終えても構いません]
[い、いや! やるっ、まったく問題ない!]
本音を言えば、またゴーレムに「殺される」かと思うと腰が引ける。だが、それを正直に口にすることはできなかった。
最初の実戦で「痛いから無理」なんて泣き言を言えば失望されるに決まっている。下手したら闘技兵の契約を切られるかもしれない。そうしたら管理委員会の判断を待つことなく、すべてを失ってしまう。
(あんなみじめな思いは二度とゴメンだ……!)
その後、暁雄はカナンの指示に従い、何度となくゴーレムに挑み、そのたびに「死」を体験した。
「……そうか、わかりました。やはり原因はポシビリティです」
カナンが、かたわらに控えるリヨールにそう告げたのは、都合11回目の戦闘が終わったときのことであった。
「アキオがゴーレムの攻撃を受けライフがゼロになったとき、ステータスの数値もすべてゼロになるのですが、このときポシビリティの欄だけ反応しないのです」
「反応しない? いったいどういうことですか?」
「闘技のリタイア条件は主に3つです。
①本人あるいは闘技将が棄権を表明する
②スキルの効果
③外的要因でポシビリティがゼロになる」
これは闘技の基本中の基本であり、今さらリヨールに説明するまでもない。わざわざ口にしたのは考えを整理するためであり、それと察したリヨールは従順な対話役に徹する。
「おっしゃるとおりです。そして、他者の攻撃によってライフがゼロになると、戦死扱いとしてポシビリティを含むすべてのステータスがゼロになり、第3の条件に当てはまります。本来、ここでアキオはフィールドから排除されるはずです」
「そうです。私もそのように勘違いをしていました」
「……勘違い、ですか?」
「アキオはゴーレムの攻撃を受けてライフがゼロになりましたが、それによってポシビリティがゼロになることはありません。なぜならアキオのポシビリティは最初からゼロなのですから。したがって『外的要因でポシビリティがゼロになる』という条件は成立しないのです」
「!?」
もしカナン以外の者が同じことを言ったのなら、リヨールは耳を貸さなかったであろう。
主に対する絶大な忠誠心と信頼は、ときとして狂熱や盲信の温床ともなりうるが、この場合は固定観念を打ち破り、柔軟な発想を受け入れる土壌となった。
詭弁としか思えない論法だが、確かに理論的には説明がつく。
「ですが、そうなりますとこの現象は明らかにシステムの不具合です。それも極めて重大な。管理委員会が容認するとは思えないのですが……」
「ええ。私もそう思います」
仮にカナンの推論が正しかった場合、問題視されるのは、特性そのもよりシステムの不具合である。
弱肉強食の気風が色濃いクァ・ヴァルトにおいて闘技が長く愛されてきたのは、その公平かつ完璧なシステムに対する信頼があったからだ。
システムへの信頼が揺らぐようなことがあれば、その人気は一朝にして失われてしまう。闘技の権益を独占する管理委員会としては、競技の衰退を招くような真似は断じて許さないはずだ。
「今日のところはここまでにしておきましょう」
カナンがそう言って一息つくと、リヨールも無言でうなづく。
これ以上、暁雄の調査に時間を費やしたところで、管理委員会が排除を決めればそれまでだ。徒労に終わることを考えれば、チワとトオルの分析を優先したほうがよい。
「ではチワたちが来る前にゴーレムを奥のほうへ誘導しておきます。どうやら一部の住民たちが騒ぎ始めたようですので」
フィールドの境界付近に人だかりができていた。近くの住民たちが商店街から響く騒音を聞きつけて起き出してきたのだ。そのうちの何人かはカナンとリヨールを凝視している。
「そうね。私も場所を変えましょう」
分析作業にはまだしばらく時間がかかる。フィールド内に入って来られないとはいえ、作業の間、ずっと野次馬の注目を浴び続けるのもわずらわしい。
カナンは、こちらへ戻ってくるよう暁雄に指示したあとリヨールに笑いかけた。
「もし、管理委員会の承認を得られるようなことがあれば、暁雄は私たちにとっての奇貨となるでしょう。そのときは契約金を上げてあげなければなりませんね」
「……」
リヨールは深々と一礼すると、白い翼を広げ、夜空に舞い上がっていった。
その姿を見て驚く住民たちのどよめきを背に、カナンもまた、彼らの前から悠然と歩み去った。




