その5 七転八倒才
そして暁雄の闘技兵契約からちょうど一週間後の日曜日。
日が改まったばかりの真夜中2時過ぎ、暁雄の脳内にカナンからの召喚要請が届いた。暁雄はこのとき就寝中だったが、睡眠状態を維持したままそのことを理解できていた。
(すげー! 寝てるのに意識がある! これがホントの夢心地ってやつ!?)
そんなしょうもないことを思いながら、カナンの召喚に応じる。直後、暁雄の精神は肉体と分離され召還先へ移送、同時に幾つもの「情報」が暁雄の脳に送りこまれてきた。
情報の洪水が収まったかと思うと、暁雄は、真っ赤なメタルスーツを身にまとい、深夜の住宅街に立っていた。
そこは暁雄の自宅から南西におよそ1kmほどの位置にある商店街で、所用を終え帰宅途中だったカナンたちが徘徊中の四足獣型のゴーレムを発見。
その場で闘技を挑むことにし、その最初の闘技兵として暁雄が召還されたのだ。
これらの情報は、召喚に応じた暁雄の脳に、闘技将であるカナンから直に転送されたものだ。
実戦時のみに働く闘技の機能で、暁雄が体験するのは初めてだが、とくに記憶が混乱することもない。
「は~、便利な仕組みだな。至れり尽くせりって感じ」
魔法の万能さに暁雄が感心していると、どこからともなくカナンの<声>が届いた。
[アキオ、聞こえますか?]
闘技将と闘技兵をつなぐ魔法回線も闘技の機能のひとつである。
[おー、聞こえる聞こえる。これからどうする? ゴーレムはドコ?]
[……詳しい話は合流してからにしましょう。まず左手に見える大通りまで出て、そこから道沿いに左へ進んでください]
[わかった]
カナンの指示に従い、暁雄は、真夜中の住宅街を小走りに移動する。
支持された大通り、環状七号線まで出たところで、右方向から自動車が来るのが見えた。暁雄が出現した場所は戦闘フィールドの外縁部だったらしく、目の前の車道はフィールド圏外であった。
(やばいっ!)
こんな夜中にメッキ加工の全身スーツ男がうろついていたら騒ぎになる。暁雄は咄嗟にその場に伏せた。
判断と行動は素早かったが、スーツが街灯の明かりを乱反射し、その場に真紅の残影を浮かび上がらせる。いまさらだが、夜中には悪目立ちする出で立ちであった。
しかし幸いなことに、運転手はメタリックカラーの瞬きには気づかなかったようだ。息を潜めて地面に転がる暁雄に気づくことなく、 自動車は通り過ぎていった。
(ふー……、あぶねー……)
都心の環状道路だけに、深夜とはいえ自動車は頻繁に通過している。暁雄は中腰になり、車道と歩道を隔てる道路植栽の陰に隠れるようにして移動した。
(さっそく訓練が役に立ったな)
出現位置から20mほど移動し、2つめの角を曲がったところでカナンが待っていた。
夜の闇の中、宮廷ドレスを思わせる華麗な装飾の戦闘服をまとい、街灯の下にたたずむ美少女。それはどこか倒錯的な光景であった。
波打つ黄金の髪は月光よりもまばゆく薄闇を照らし、輝きの中心にあるのは銀月ならぬ白皙の美貌。そしてドレスの上で明滅する魔力の輝きは星々のごとく少女の美しさを際立たせている。
この世のものとは思えない神々しさに、暁雄は、闘技の最中であることを忘れ息を呑んだ。
(……と、いけね!)
我に返り少女のもとへ駆け寄った暁雄は、そこではじめて相手の怪訝な表情に気づいた。
(なんか怒ってる? ダッシュで来なきゃマズかったか?)
暁雄が途中で起きたことを説明しようとしたとき、カナンが重々しく口を開いた。
「……貴方は、なぜここにいるのです?」
「……は、い?」
不可解極まる発言に暁雄は耳を疑った。
「……いや、なぜって……、召喚されたから……」
暁雄が脳内でカナンの言葉を反芻し、正しく理解するまでに3秒ほどかかった。
(なぜ? なぜ、ってなんだ? まるでここにいちゃいけないみたいじゃないか?)
自分が闘技兵として未熟なのは知っている。主戦力として期待されているなどと自惚れてはいない。しかし自分で召喚しておいて厄介者扱いするなんて、そんな理不尽な話があるだろうか。
落ちこむべきか、怒るべきなのか、暁雄が感情の選択に迷っているとカナンが言葉を継いだ。
「貴方を責めているのではありません。奇妙な事態が起きているので状況を確認しているのです」
「奇妙?」
「アキオを召喚したのは私です。ですが、私はまだマナゲートを開いていない。この意味が分かりますか?」
「? ……ああ、そういえば……」
転送された情報記憶を手繰ると、カナンは戦闘開始直後に暁雄を召喚していた。しかしそれの何がおかしいのだろうか。
「アキオが私の召喚要請を受けてここに現れたということは、トゥルノワのシステム自体には不備がないということです。となれば結論はひとつ」
いったん言葉を切ったカナンは、暁雄の目を正面から見据えた。
折しも商店街の方から大きな崩落音が聞こえてきた。徘徊中のゴーレムが家屋を破壊したのだろう。
「アキオ。貴方はマナを使わずに召喚できる、ということです」
「はぁ?」
「理由もおおよそ見当がついています。おそらく貴方のポシビリティの数値が原因です。通常、闘技では、闘技兵の召喚に必要な魔力はポシビリティの大きさに比例します。貴方のポシビリティはゼロですから、管理システムは、貴方の召喚に魔力は不要と判定したのでしょう」
よほどの関心事であるのか、語り聞かせるカナンの口調が熱を帯び始める。新雪のように白い頬にも薄く紅が指していた。
「最初に出会ったとき、貴方が戦闘フィールドに迷いこんだ件もそれで説明がつきます。管理システムが貴方の侵入を感知できなかったのです。まだ管理委員会からの回答はありませんが、ほぼ間違いないと思います。こんなこと前代未聞ですっ。完璧を謳われたシステムの盲点をついたわけですから、これまでの闘技の常識を覆す、新たな戦術が生まれるかもしれませんっ」
「……へぇ~……」
闘技の初心者である暁雄には、カナンの言いようはずいぶん大げさな気がしてならない。
「そんな珍しいコトなのか?」
「当然ですっ。私が知る限り聞いたことがありません。いいですか? ポシビリティとは、その者の向上心や目的意識、研鑽を重ねた時間を数値化したものです。それがゼロだなんて……!」
そこで不意にカナンは言葉を切った。言いかけた言葉を飲みこみ、再び口を開いたときには、普段通りの口調に戻っていた。
「……とにかく、自分の目で見たのでなければ、私もとても信じられなかったでしょう」
(ああ、そうか、そういう……)
大げさに思えたカナンの反応について、何となくだが暁雄にもその理由が察せられた。
彼女の発言の裏を返せば、ポシビリティの低い者は、漫然と自堕落な人生を歩んできたことになる。
そして、暁雄のような省エネ重視のライフスタイルは、カナンたちクァ・ヴァルト人には理解し難いのだろう。
この驚きぶりからして、もしかしたら存在すら許されないのかもしれない。それほど非常識な出来事だから、暁雄のステータスを最初に確認したときもあれほど驚いていたのだ。
(まして、そんな怠け者を闘技兵に雇うなんてありえない、ってか?)
カナンがそこまで言及しなかったのは、おそらく暁雄の心情に配慮したからだろう。この場にリヨールがいれば平然とあげつらったであろうが。
(けど、これって、ある意味、俺にしかない能力ってコトにならないか?)
ポシビリティの乏しい闘技兵など役に立たない。それは誰よりも暁雄が理解している。たとえ立候補したとしても契約に応じる者などいないはずだ。
カナンがなぜ暁雄の契約を認めたのかは分からない。だが、トゥルノワの管理委員会からすれば二重に想定外のことが起きたことになる。
(前例の無い、俺だけの力……!)
降ってわいたタナボタ展開に、またしても暁雄の中の英雄願望が疼く。しかし――。
「管理委員会がこれを不正行為と判断するかどうかは分かりませんが、おそらく大丈夫でしょう」
「ふ、不正!?」
不吉なワードを耳にし、膨らみかけていた期待感が急激にしぼむ。
「も、もし、不正行為と判断されたら、……どうなるんだ?」
機械的に問い返してはいるものの、内心では暁雄にもおおよそ予想がついていた。
例えばこれがネトゲなら不正行為、いわゆるチートは重罪だ。最悪の場合はアカウントを停止、つまりゲーム世界からの追放処分となる。
そして嫌な予想ほど的中するものだ。こと暁雄に限っては。
「私たちの契約が強制的に破棄され、貴方はトゥルノワから排除されます」
予想通りの返答が萎みかけの期待感を粉々にすり潰した。




