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本気を出さない俺に与えられた難攻不落のチートスキル  作者: 参河居士
第5話 スペランキングなヤツ
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その3 類似品にご注意下さい

「お、おう……、だ……いじょうぶ……」

 暁雄の言葉尻がかすかに震えているのは直前に味わった恐怖のせいだ。

 卵が頭上に落下してきたあと、暁雄は、圧倒的重量に身体が押し潰される感覚を抱きながら意識を失った。さっきは一瞬だったが、今回は違う。明確すぎるほどに死の実感があった。

(傷は無いけど痛みは本物ってことか……。さすが魔法使いのゲームだけあるわな)

 カナンたちの厳しい態度にも納得がいく。これだけハードな内容であればこそ、生半可な気持ちで仲間に加わろうとする者は迷惑に違いない。

(けど、このくらいで音を上げるわけにはいかないよな!)

 透や智環も同じ痛みに耐えているのだ。これ以上、情けないところは見せられない。

「大友くん、大丈夫? どこも痛くない?」

 暁雄のかたわらに膝をついた智環が心配そうに尋ねる。

「あ、うん、ヘーキヘーキ」

 答えながら上半身を起こした暁雄は、動揺を悟られぬよう努めて明るく振る舞う。

「ごめんね、いきなりあんな……。私、始まった瞬間、それまで考えてたことが全部飛んじゃって、それで、なんかパニックになっちゃって……!」

「いいっていいって。ホンキでやってって頼んだのはこっちだしっ」

 どうやら暁雄があまりにド派手にやられたせいで、智環は罪悪感を抱いてしまったようだ。確かに、クラスメイトが巨大な物体に押し潰されるさまは、平凡な女子高生にはショッキングすぎる光景だろう。

「つかスゴイな。たくさん壁作ったり、あんなデカイモノ浮かべたり。なんかさ、ホントに魔法使いと戦ってるんだって感動しちゃったよっ。だから、ゼンゼン気にしなくていいんだって」

「そーそー、チワは悪く無いよ。あんくらい軽~くかわせないアキが悪い」

 遅れてやって来た透が、暁雄を間に挟んで智環と向かい合うように立つ。

「無茶言うな、お前とは違うんだ」

「アキ、そのカッコやめたら?」

「はぁ? なんでだよ!?」

 いきなりのダメ出しに面食らった暁雄は、戦闘のショックも忘れて立ち上がる。

「だって考えてみ? ランナーや魔女っ子にボコボコにされるギャレットなんてファンが見たら泣くよ? アタシならゼーッタイ許さないね。フーヒョー被害もハナハダシイよ」

「くっ……!」

 正論かどうかはさておき一理あることは否めない。ひとつの作品を愛する者としては、ファン感情を持ちだされると暁雄も言い返せない。

 舌戦でも透が完勝を収めたところで、カナンとリヨールもやって来て、試合を終えた暁雄たちの労をねぎらう。

「2人ともお疲れさまでした。チワ、練習の成果が出ていますね。<メイズ>の選択は的確でしたし、<スタンプ>への切り替えも完璧でした。次回からは壁の強度も上げていきましょう」

「はい!」

「それからアキオ。接近戦を選んだのは正解です。誰からも指示されることなく、よく自分から前に出ましたね。ただ、距離を詰めるときには、最短距離を一直線に進むだけでなく、あえて迂回してみたり、途中でルートを変えたりといった変化をつけることも大切です。メイズのような起点魔法の場合、相手の予測を外すことで直撃を避けられますからね」

「お、おう……!」

 男であれ女であれ、可憐な美少女から親愛に満ちた言葉をかけられて気分を害する者がいたとしたら、それはよほどのひねくれ者であろう。

 ましてやカナンは頭に絶世がつくほどの美少女である。その眩しいほどの美貌を向けられ、丁重な賞賛の言葉をかけられれば、天にも上る気持ちになるのも無理は無い。

 そしてその甘美な陶酔感を味わうためにも、今後も彼女の期待に応えたいという思いを強くするのであった。

「リョウ、貴方からは何かありますか?」

 リヨールは主人に一礼してから一歩前に進み出ると、鋭い視線を智環に向けた。

「チワ、<メイズ>の選択は間違っていませんでしたが、詠唱に入るタイミングが早かったように思います。もしかして最初から使う魔法を決めていたのではありませんか?」

 冷厳な口調は、生徒のケアレスミスを指摘する教師のそれを思わせ、智環が身をすくませる。

「あ……、はい……」

「戦闘中は、常に相手の動向に注意を払いなさい。もし開始早々にアキオが距離をとっていたら、迷路の中に彼を捕捉することはできず、<スタンプ>の発動が間に合わなかったでしょう。敵の行動を予測することは大切ですが、それは十分な観察をしたうえでのこと。先入観にとらわれてはなりません」

 一語一語、まるで杭を打つように放たれる言葉は、大地を踏みしめる巌のような重圧感を伴い、聞く者の心の緩みを隙間ごと押しつぶさんばかりである。

「は……、はい!」

 恐縮する智環を見て暁雄が口を開きかけたとき、リヨールの矛先が彼自身に向けられた。

「アキオ、お前も分かったな? お前には、まず立ち回りの基本を覚えてもらう。真正面から戦うだけが闘技ルドゥスではない。生き延びることで果たせる役割もある。戦闘力に乏しいのなら、軍団レギオン一の逃げ上手になってみせろ」

「お……、おお、任せろっ」

 「逃げ上手」とやらがどんなものかよく分からないが、「一番を目指せ」と言われて悪い気はしない。何より「期待されている」と思えばモチベーションも上がるというものだ。

 それから夕暮れまでは、前衛ヴァンガード後衛バックスに分かれて個別の指導や訓練が行われた。

 透と智環の2人は、初の実戦で現状の問題点や次の課題が明確になったため、今後の方針が立てやすい。これだけでもまずまずの成果といえよう。

 暁雄については、当面、座学主体になることが告げられた。闘技兵アパリティオとして貧弱すぎるぶん頭を使わなければならない。

 闘技ルドゥスの基本戦術を始め、主なスペルやスキルの種類と効果、フィールドの利用方法などなど、覚えることは山積みだ。

 当然ながら、敵との戦いも考慮して、実技も疎かにはできない。

「……足りないとこだらけだよなぁ実際」

 覚悟していたことではあるが、目の前に突きつけられると、現実の重さに心が折れそうになる。

「けど課題が多いってコトは、それだけ伸びる余地があるってことだもんな! やるしかないよな!」

 暁雄は、たくましく成長した未来の自分を想像し、頭の片隅でチラつく不安を強引にねじ伏せる。

 どれだけ悲観的になったところで、過ぎ去った時間は取り戻せない。今の自分を変えるには、これから努力するしかないのだ。

 希望的観測を重視するなんて、数日前の暁雄からは想像もできない。だがこれも成長の証と言えるのではないか。そう思うことで暁雄は自分を奮い立たせた。

 暁雄にとって大きな転機となったこの日、別の人物も重要な節目を迎えていた。

 自宅マンションで夕食を終えた後、カナンは、リビングの一角で空中に浮かぶ文字列を眺めていたが、不意にその端麗な口元から憂いの吐息が漏れた。

「いかがされましたか? お嬢様」

「……セイダンが敗れたわ」

 カナンが確認していたのは、管理委員会から送られてきたトゥルノワの経過報告であった。

「これで脱落した者は4人……。多くのプレイヤーたちが動き出している。やはり始まったと見るべきね」

 これまでも闘技ルドゥスの報告はあったが、いずれも散発的なものであり、脱落するプレイヤーもいなかった。おそらく偶発的な遭遇戦であろうと思われる。

 だが、数日前から状況が変わり始めた。

 リモシー全土で闘技ルドゥスが多発し、敗者としてプレイヤーの名が並ぶようになった。ときには戦いが連日連夜に及ぶこともあり、一連の動きのなかに明確な意思と目的を感じずにはいられない。

 つまりこれは、戦力確保のための雌伏の時間が終わり、ゲームが次の段階へ入ったことを意味する。

 プレイヤーの多くが軍団レギオンの編成を終了し、他プレイヤーの排除に乗り出した。トゥルノワ本来の目的である生存競争が幕を開けたのである。

「ご不安ですか?」

 今回のトゥルノワに参加するにあたり、カナンはひとつの制約を己に課していた。公的なものではなく、カナンのほかに制約の存在を知るのはリヨールだけだ。

 制約の内容は、カナンの誠実な人柄の表れといってよいものだが、トゥルノワを進めるうえでは大きな枷になる。

 闘技兵アパリティオ集めに関して、カナンが他のプレイヤーに遅れを取っているのも、この制約が原因のひとつであった。

「……情けないものね。覚悟していたはずなのに、いざその時を前にしたら決心が揺らぐなんて。これではアキオを笑えないわね」

 カナンが胸の内を素直にさらけだすのはリヨールの前だけである。そのことにリヨールは無上の喜びを感じているが、幸福感に浸るだけでは己の責務が果たせないことも心得ている。

「それは違います。あの男は、挫折を恐れて逃げ回り、いざ成すべきことを目の前にしても尻込みするような臆病者。苦難を承知の上で踏み出されたお嬢様が、わざわざ同じ秤に乗る必要はございません。お嬢様が行かれるのは長く険しい前人未踏の道。不安を抱かれるのは当然のことです」

「リヨール……」

「お嬢様の選択は決して間違ってはおりません。その証に、智環と透を得られたではありませんか。お心を強くお持ちください。微力ながら、私めも最後までお供仕ります」

「……ありがとう、リヨール。私の我儘につき合わせてしまって、貴方には苦労をかけてしまいますね」

「お気遣いには及びません。あの日から、この身も心もすべてお嬢様に捧げておりますれば」

「……そう。そうだったわね」

 カナンは視線を窓外に向けた。ガラスの向こうには都会の夜空が広がっているが、カナンが見ていたのはもっと別のものであった。

 それは時間と空間を超えたはるかな過去。カナンとリヨールが初めて出会ったときの光景である。

 やがて記憶の時間は巻き戻り、トゥルノワへの参加を決めたときの会話がよみがえる。あのとき、リヨールの忠告を耳にしながら我意を通したのはカナン自身である。

 今さら悔いても始まらないし、その段階はとうに通りすぎている。遅れを取り戻す猶予はない。このまま前に進むしかないのだ。

 希望はある。リヨールの言う通り、透と智環の加入は大きい。

 リヨールが暁雄に説明したように、カナンが得意とする戦術はスペル重視の少数精鋭型である。したがって闘技兵アパリティオについては量より質が重視されるわけで、リモシーでこれほど優秀な人材が得られたことは僥倖といってよい。

 2人の発見に尽力した暁雄には感謝している。闘技兵アパリティオとしては無能極まるが、期待以上の働きをしてくれた。

 つまるところカナンとリヨールにとって、暁雄の存在などその程度であった。

「これでも陽動や索敵くらいの役には立つ。運が良ければ有用なスキルのひとつも覚えるだろう」

 あえて言葉にするまでもなく、2人の見解は一致している。戦力として数えるに値しないことは最初にステータスを見たときに承知していたし、今日そのことがはっきりした。

 そんなことより、智環と透のおかげで軍団レギオンの体裁が整ったことのほうが喜ばしい。

 リヨールと透ならば、どんな相手であろうと安々と遅れをとることはないであろうし、智環の成長ぶりにも期待が持てる。いずれは攻撃面でも活躍してくれるかも知れない。

 リヨールと透が前線を支えている間に、カナンと智環が闘技将デュークスを探し出し一気に叩く。それが闘技ルドゥスを戦い抜くうえで、カナンとリヨールが立てた基本方針である。

 そのはずだった。

 だが。

 数日後、彼女たちは予想外の事態に直面し、せっかく練り上げた方針の変更を迫られることになる。

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