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その2

 征矢ゆきやが去ったあと、なぜかすぐに席を立つ気にもなれず、窓の外をぼーっと眺めていた。春の温かい日差しに包まれて、青い空に白い雲がゆっくりと流れている。

 すでに教室にいるのは暁雄だけだ。

「平和だなぁ……」

 暁雄にとって、それは「退屈」を言い換えた言葉にすぎない。深い考えがあるわけでもなければ、国際情勢を見据えた発言でもない。

 現に世界に目を向けてみれば、あちこちで事件や事故、災害が起きていて、平和とは正反対の状態にある。

 内戦や紛争も後を絶たず、どこぞの国では、100名を越える村の住民が一夜で消えたそうで、なんたらいう過激派のしわざだとか、隣国の武力介入だとか憶測が飛び交い、報道番組を賑わしている。

 だが、そんなことはどうでもいい。どれだけニュースで騒ごうと、実際に自分で体験しない限りフィクションと変わらない。リアリティがないのだ。

「なんかスゴイことが起きて、この退屈が壊れてくれねーかなぁ」

 などとぼやくのがその証拠。どれだけ悲惨な情報を伝え聞いても、無味乾燥な日常に彩りを添えるアトラクションくらいにしか考えられない。

 ちなみに「無駄な労力を使わず平凡に生きる」ことと、「スリルに満ちた非日常を期待する」ことは、暁雄の中で矛盾しない。なぜなら、

「英雄願望なんて誰にだってあるだろ。たまに妄想に浸るくらい『平凡な高校生』なら当たり前」

 ということになる。自己弁護のための理論武装は完璧だ。

 だが、今日のところは何も起きそうにない。無人の教室に1人で居残っていると、周囲から取り残されたような気分になるので、さっさと引き上げることにした。

 教室を出て階段ホールまで来たところで、生徒会発行の連絡事項を目にした暁雄は、ふと生徒会を見学してみようかという気になった。

 先ほど征矢に言ったことはまったくのデタラメというわけではない。

(どっちが楽に内申を稼げるかってことなんだよなぁ)

 生徒会が何をするのか知らないが、基本的には雑用係と聞いたことがある。高校では部活の練習もハードになるだろうから、もし生徒会のほうが楽ならそっちのほうが断然お得だ。

 4階まで上がり生徒会室を目指したが、うろ覚えだったせいか、予想とは違う一角に出てしまった。

「くそ、二度手間だっ」

 自分の間抜けさを罵りながら、校舎見取り図を確認するためカバンの中の生徒手帳を探す。と、不意にその手が止まった。視界の端に奇妙なものが映ったのだ。

 今、暁雄の立っている廊下は、特別教室が集中するエリアにある。

 元来た方向へ戻れば一般教室のあるエリアに通じ、このまま進めば5mほど先で突き当たる。突き当りの左手にはトイレがあり、反対の右手には特別教室の扉があった。

 暁雄が抱いた違和感の原因は、その扉にあった。

「うわぁ……」

 本来、画一的なデザインのはずの扉が、奇妙な装飾で飾り立てられていた。

 歪な形の枝や毒々しい色の枯れ葉、青黒く変色した羽などが所狭しと貼り付けられ、全体的に禍々しい雰囲気を漂わせている。扉の周囲は、学校独特の無機質な作りだけに、その異様さが際立っていた。

「魔女の家って、こんな感じなんかなぁ……」

 暁雄がまじまじと扉を眺めていると、その後ろを数人の男女が往来する。

 ひとりとして扉の装飾に反応を示さないあたり、以前からこうだったのだろうか。

 生徒たちの無関心ぶりを不思議に思いつつ、再び視線を扉に戻した暁雄は、鬱蒼とした装飾に紛れて、扉の中央あたりに「占い班」と書かれた看板を発見した。

 明らかに日本語なのだが、奇妙な装飾に包囲された状態だと、まるで別の国の文字のように錯覚する。

(占い班ってことは班活か。活動中のときだけ飾りつけてるのね。そりゃそうだよな)

 謎が解けると、次に気になるのは部屋の中のようすだ。

(やめとけ。これ見りゃ分かるだろ。明らかにイタイ連中だぞ)

 暁雄の理性はそう警告するが、非日常を求めてやまない好奇心が上回った。

 できるだけ飾りに触れないよう扉の取っ手をつかむと、ゆっくりと横に動かした。

 ゴテゴテと飾りつけられている割りに扉はスムーズに開いた。

「うぁっ!?」

 最初に目に飛び込んできたのは、漫画やアニメに出てくる邪教の神殿のような光景だった。

 キャンドルの灯火に照らされた薄暗い室内の奥に、黒い布に包まれた台座があり、その向こうに黒いローブを着た人物が立っていた。部屋が暗いうえにフードを目深にかぶっているせいで顔が見えない。

 黒尽くめの人物は、暁雄の声に顔をあげたようだが、無言のままその場を動かない。

「あ~……、えっと、班活の、見学に来た、んです、けど……。お邪魔だった、でしょうか……?」

 不気味な内装に圧倒されながらも、何とかこの場を取り繕うと、暁雄は愛想笑いを浮かべて部屋に入る。

 入り口から数えてちょうど5歩目を踏み出したとき、それは起きた。

「な、なんで!? どうして! どうやって入ったの!?」

 それまで彫像のようにピクリとも動かなかった黒尽くめの人物が、突然大声を発したのである。

「はっ、はいぃっ!? えっ!? はっ、す、すいませんっ!!」

 甲高い声に耳を乱打された暁雄は、反射的に身をすくませて謝罪の言葉を口にする。

 その間にも黒尽くめの人物は祭壇を飛び出し、猛然と暁雄のほうへ向かってくる。

「すいませんっ! すいませんっ! すいませんっ! すいませんっ!」

 恐怖でパニックに陥った暁雄は、自分でも分からぬまま謝罪を繰り返す。

 ところが、黒尽くめの人物は、そんな暁雄に見向きもせず廊下へ出ると、すごい勢いで扉を閉めてしまった。ガサガサという物音から察するに、扉の装飾を確認しているようだ。

 ひとり取り残された暁雄は、しばらく茫然と立ち尽くしていたが、相手の姿が見えなくなったことで、少しずつ落ち着きを取り戻す。

「……な、なんなんだよ、くそっ……」

 まだ動悸が収まらない。腹立ちまぎれにこぼした悪態も、弱々しく力がない。

 何度か深呼吸し気を落ち着けたところで、ようやく周りを見回す余裕ができた。

 もともとは、理科か家庭科の実習室として使う予定だったのだろうか。室内には、4人用の机が、横4列、縦3列に並んでいる。祭壇のように見えたのは、黒い布をかけた教卓だった。

 窓には暗幕がかけられ、外からの光を遮断している。あとになって分かったことだが、この暗幕は最初から部屋に設置されているもので、壁のスイッチで簡単に開閉できた。

 天井を見上げていた暁雄の視界が、不意に白一色に染まる。誰かが部屋の電灯をつけたのだ。

「うっ! まぶし!」

「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 背後から聞こえてきたのは、明らかに少女の声であった。

「ああ、はい、何とか……」

 目が慣れてきたところで声のした方を振り向くと、閉ざされた扉の前に黒尽くめの人物が立っていた。

 フードをはずしているおかげで、今は顔が見える。

「あ、えっと……? 杉山、さん?」

 新学期が始まったばかりのため、記憶の中のクラス名簿は穴だらけだったが、辛うじて目の前の顔と一致する名前があった。

 黒いローブをまとった少女――杉山智環は、あまり印象に残らないタイプの少女だった。少なくともこれまでは。

 いまどき高校生にもなってメイクのひとつもせず、肩の下あたりまで届く黒髪は二つ結びにして左右に垂らしている。アクセントと呼べるのは黒太フレームのメガネくらい。

 小柄なうえ、全体に華やかさに欠けるため、ぱっと見は中等部の生徒と間違えそうだ。

 よくいえば素朴、悪く言えば地味。それが、杉山智環に対する暁雄の印象であり、こんな真っ暗な教室で、怪しげな儀式をするような子だとは思わなかった。

「な、なにしてんの? こんなところで」

 口にした直後に後悔した。

「え? その、班活……」

「だ、だよね……っ」

 占い班の看板がかかっていたのだから当然だ。我ながら間抜けすぎる発言だ。

(落ち着け落ち着け。無言はマズい。とりあえず会話を続けないと)

 「彼女いない歴=年齢」な暁雄にとって、クラスメイトの女子と2人きりになるなんて、ちょっとした事件だ。下手に対応を誤れば、今後の高校生活に支障が出かねない。

(逆に、ここでうまくやればリア充生活が……)

 暁雄の脳内で描かれ始めたバラ色の未来図は、だが、明確な形をなす前に掻き消された。すでに致命的な失敗を犯していることに、暁雄自身が気づいたからだ。

 黒尽くめの人物が杉山智環ということは、さっきまでの無様な姿をクラスメイトの女子に見られたということだ。

(し、死にたい……!)

 自分でも分かるほど顔が熱くなる。リア充なんて言ってる場合ではない。今すぐこの場から逃げ出したかった。

「そ、それじゃ! 俺、生徒会室行かないと! 道、迷ってたんだ。急ぐから!!」

 意味不明なことを口走りながら身を翻すと、ダッシュ寸前の早足で扉を目指す。

「あ、あの! 待って!」

 普段であれば、女子に呼び止められたら意味もなく高揚感を覚えるが、今の暁雄にそんな余裕はない。

「はいぃ!?」

「どうやって、この部屋に入ったんですか? 扉、見えたんですか?」

「え? あ、え? か、勝手に開けちゃった! ごめん! 鍵かかってなかったので! じゃ!」

 少女の言い回しはじつに奇妙だったが、羞恥心で胸が引き裂かれそうな暁雄はまるで気づかない。

 謝罪もそこそに廊下へ飛び出すと、もはや我慢できずに駆け出した。

 その日、暁雄は、どうやって家に帰りついたか覚えていない。自分の部屋に入るや頭から布団をかぶり、夕食まで出てくることはなかった。

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