その2 一発マン
「では、実際に組み手でもしてみましょうか」
カナンがそう言うとフィールド内に、特撮ヒーローがもうひとり現れた。言うまでもなく透だ。
「よっし任せて! アキと組手なんて久しぶり。ホンキで行くからね!」
一戦終えたあとだというのに、透にはまるで疲れたようすがない。ゴーレムを相手にしたときより入念に身体をほぐしているように見えるのは、暁雄の気のせいだろうか。
「寝ぼけたこと言うな、ちゃんと手加減しろ」
「えー、なにそれカッコ悪い」
軽口を叩く間にも暁雄と透は5mほどの距離をあけてたがいに向かい合う。
(こういうの、いつ以来だっけか……)
暁雄は、透の実家の道場に通っていたころを思い出し懐かしさを覚えた。
(そしてこれが、闘技兵としての初試合ってわけだ)
緊張感と高揚感を同量に感じながら、暁雄はそんなことを考えていた。考える余裕があった。このときまでは。
「始めてください」
カナンがそう告げたあとのことを、暁雄はよく覚えていない。目の前が真っ暗になったと思ったら地べたに倒れていた。
(なんだ? 何で俺倒れてんだ?)
混乱してよく思い出せない。辛うじて記憶にあるのは、視界いっぱいに拳が迫ってくる光景であった。
「あちゃ~……」
その暁雄から数十m離れた場所では、砂塵と芝草が舞い散るなか、透が腕を振りぬいた姿勢のまま固まっていた。
「アキ……、生きてる……?」
透が恐る恐るたずねると、暁雄は体を起こしてその場に立ち上がる。
「おお、ヘーキヘーキ。つか何がどーした? 俺負けたのか?」
「あー、良かった! 死んだかと思ったよ」
「そう簡単に死ぬわけねーだろ。そう思うなら手加減しろよ」
「いやぁ、いちおうしたつもりだったんだけどさぁ~」
試合開始早々、透の豪快な右ストレートが暁雄の頭を打ち抜いていた。
距離を置く相手めがけて飛びこみざまに突きを繰り出す<輿馬風馳>は、透が最も得意とする技のひとつであった。
ゴーレムの巨体をも浮かす必殺の一撃であり、暁雄に耐えられるわけがない。なにしろ外見が変わっただけで、能力的には生身と変わらないのだ。
意識を失った暁雄の体は20mほど後方へ吹き飛ぶと、地面で2回バウンドしたあと、横倒しのままさらに10mほど転がり、そこでようやく停止したのである。
暁雄と透の会話を聞きながら、リヨールは胸中で舌打ちをうつ。
「愚かな……。自分が死んだことにすら気づかないのか」
透の殴打で暁雄の首の骨は完全に折れていた。実際の闘技であれば、とっくにフィールドから除外されている。
透の攻撃が鋭く速いのは事実だが、それでも十分に手を抜いていたのである。あれに反応できないようでは闘技兵同士の戦いには到底通じない。
暁雄に向けられる視線に険しさが宿りかけたとき、カナンから模擬フィールドへの召喚要請がきた。即座に応じたリヨールがフィールド内へ移動すると、ほぼ同じタイミングで智環も召喚されてきた。
「みなさんにご相談があります」
そういって、全員の前に差し出されたカナンの右手には、光り輝く結晶が浮かんでいた。
「これを使ってアキオの能力を強化したいと思うのですが、みなさんはどう思われますか?」
「それって、さっきアタシたちが回収した、クリスタルってヤツだよね?」
「そうです。お2人が倒したゴーレムから入手したものですので、お2人の意見もお聞きしたいのです」
「強化って、例えばどんな風に?」
「闘技兵の強化方法は、本人の能力を上昇させるか、専用武器を強化するかの2通りあって、今回は前者を予定しています」
「それって、どのくらい持続するんだ?」
「私との契約を破棄しない限り永遠に。クリスタルさえあれば何度でも重ねがけできます」
「お~、なんか、いかにもゲームって感じ」
透が感心したようすでしきりにうなづく。
「それでいかがでしょう。ここでアキオに使ってしまってもよろしいですか?」
「ん~? アタシはべつにいいよ。ぶっちゃけよく分かってないし。カナが必要だと思うんなら、それでいいんじゃない?」
「私も。それで大友くんが強くなれるなら、ぜひ使って!」
カナンから視線を向けられたリヨールも無言でうなづく。
「みなさん、ありがとうございます。では、アキオ」
カナンは暁雄を近くに手招きすると、手のひらのクリスタルを暁雄の腹部に押しつけた。
「うぁ!? ……え? なに?」
クリスタルは何の手ごたえもなく赤いメタルスーツの中へ入っていく。池に投げ入れた小石が水中に沈むかのように、あっという間のできごとであった。
暁雄に痛みはない。声をあげたのもいきなりで驚いただけだ。だが身体に変調はあった。
クリスタルの最後の一角が暁雄の体内へ消えたとき、暁雄は、ほんの一瞬、全身が熱くなるのを感じた。まるで身体を流れる血が熱を帯びたようであった。
「アキオ、具合はどうですか?」
「え、あれで終わり? あ~……、なんか身体がちょっと軽くなったような……?」
強化というから、てっきり劇的に変化するのかと思ったが、まったく実感がない。カナンは要領を得ない暁雄の腕を取ると、直接そのステータスを再確認した。
「……スタミナにクイックネス、それにバイタリティが上昇していますね。前よりは戦いやすくなっているでしょう」
「よぉし! じゃ、さっそく試合してみよう。どんだけ強くなかったか試してみなきゃ!」
ノリノリでそう言い放った透は、ふとあることを思いつき、最近できたばかりの友人を振り返った。
「そうだ! 次、チワがやってみたら?」
「え? わ、私!? そんな無理だよ!」
「えー、でもちゃんと練習しておかないとダメだよ? 戦い方、覚えたいっていってたじゃん。いい機会だし。相手がアキなら遠慮しないでぶっ飛ばせるしさ」
「おいっ」
茶化してはいても透の言ってることは正しい。対人戦への苦手意識を克服するには練習あるのみだし、リヨールや透が相手ではハードルが高すぎる。
智環の練習相手としては、暁雄くらいがちょうどいいはずだ。自分がその程度であることは、さすがに暁雄も分かっている。
「あー、やってみようよ。慣れるまでは寸止めにするからさ。もちろん杉山さんは本気でやってくれていいよ」
「でも、私、まだ上手く調整できないから……。もし当たったら危ないよ?」
「忘れた? 闘技ではケガはしないんだって。それに、本気で攻撃してくれないと杉山さんの練習にならないし、俺だってそうだよ。でしょ?」
「……うん、わかった。でも、ちゃんとよけてね?」
「最善をつくすよ」
気さくに応じた暁雄は、落ち着いた足取りで先ほどと同じ開始位置へ移動する。妙に自信たっぷりに見えるのは、透やりヨールたちの気のせいではない。
原因は智環の態度にあった。自信なさげな彼女を説得しているうちに、暁雄は、まるで自分の方が優位であるかのような錯覚に陥っていたのだ。
暁雄と智環はほかの3人から離れた場所まで移動すると、たがいに30mほど距離を開けて向かい合った。
「では始めてください」
今回、先に動いたのは暁雄であった。
(呪文の詠唱中を狙うのがセオリーだよな!)
短距離走の要領でスタートを切ると、一直線に智環のもとへ向かう。
セオリーといっても、しょせん漫画やゲームからの受け売りである。専門家の指導を受けたわけでもなければ経験則ですらない。
一方、智環を訓練したカナンとリヨールはクァ・ヴァルトの出身であり、クァ・ヴァルトは魔法のメッカである。ド素人の生兵法が通じるほど現実は甘くない。
「<メイズ>!」
まだ暁雄が半分も進まぬうちに智環の魔法が発動していた。
暁雄の前方で突如地面が隆起し、高さ3m、幅2mほどもある土壁が暁雄の行く手に立ちふさがった。
「おっとぉ、けど甘い!」
進路を塞がれた程度で驚いていたら、元サッカー少年の名がすたるというもの。相手選手をかわすときの要領で、速度を維持したまま土壁の右側をすり抜ける。しかし――。
「うぉっとぉ!?」
右に進路を変えた暁雄の鼻先にもう一枚新たな土壁が出現した。とっさに両手を壁につくことで真正面からの衝突を回避する。
「お? おおおっ!?」
足を止めた暁雄が左右を見渡すと、あたり一帯に次々と土壁が現れ、見る見るうちに迷路ができあがっていた。
壁の厚さは30cmほどもあり、透ならば苦もなく破壊できるだろうが、暁雄にはそうはいかない。
(よじ登るしかないか……!)
助走をつけようと壁から離れかけたとき、何の前触れもなく暁雄の周囲が陰った。
「!? ……おいおい、うそだろ? マジでか……」
見上げると暁雄の頭上に巨大な白い球体が浮遊していた。
暁雄にはただの球体に見えたそれは、高さ20mにも及ぶ超巨大な卵であった。
離れた位置にいるカナンや透たちからは、その卵にイースター・エッグのような飾りつけがされていることまでハッキリと見て取れた。
「やべぇ!」
浮遊物の正体はさておき、その目的はおおよそ理解できる。この場から避難しようと暁雄は手近な壁に飛びつくが、すでに遅かった。
「<スタンプ>!」
静から動への変化は急激であった。
それまで風船のように頭上を浮遊していた巨大卵は、智環の声が響いた途端、天空を切り裂く流星さながらの勢いで地面に激突した。
轟音と共に大地が激しく揺れ、大量の土砂が空気中に舞い上がる。
「ぅぐぇっ!」
むろん生身の暁雄がこの衝撃に耐えられるはずもない。全身を砕かれる激痛のなかで意識は途切れ、断末魔のうめきは土壁の砕け散る音にかき消された。
「あちゃー、終わったかな?」
「ああ」
透とリヨールの間でやや投げやり気味な会話が交わされると、その語尾に別の少女の驚きとも悲鳴ともつかない声が重なった。
「大友くん!?」
これが初めての試合となる智環は、試合が決まったときから緊張しきっていた。いざ試合が始まると、これまでに習い覚えたことの実践に必死で、暁雄を気にかける余裕などない。
無我夢中のまま一通りやり終えたところでようやく我に返り、目の前の惨状に血の気が引いたのである。
「大友くん、大丈夫!? 大友くん!!」
何度が呼びかけているうちに、もうもうと立ちこめていた土煙も薄らいでいく。
魔法で生み出された迷路や卵は、すでに跡形もなく消えていた。芝生の上に残っているのは、大の字にひっくり返った暁雄だけであり、その姿を発見した智環はたまらずかけ出した。
「ずいぶんあっさり終わったなぁ。アキ、パワーアップしたんじゃなかったの?」
「強化はされている。元の能力がそれだけ低かったということだ」
「あーそういうコトね、それはシンコクな問題だねぇ」
肩をすくめる透の視線の先では、寝転がったままの暁雄が弱々しく右手を上げ智環の呼びかけに答えていた。




