その1 『銀河連邦ギャレット』
暁雄は少女たちの視線に耐えながらカナンの返答を待った。
途中で言葉を切ったのは、意思が挫けかけたわけではない。むしろその逆だ。
(まただ! また同じ失敗をするトコだった!)
さきほど暁雄は「俺がやってやろうか」と言いかけ、寸前で思いとどまったのだ。
(『頼まれたから手を貸してやっただけ、だから、上手くいかなくても俺のせいじゃない』、そんな逃げ道を欲しがるから、いつまでも踏み出せないんだ!)
本気の人間には本気の姿勢を見せるしかない。そうでなければ仲間に迎え入れてくれるわけがない。そ思ったから、ちゃんと自分の意志を示したのだ。
もう後戻りはできない。あとはカナンの判断を待つばかりだ。
わずかに足が震える。心なしかめまいも感じる。こんなことは初めてだ。高校の受験のときでさえ、こんなに緊張しなかったハズだ。
ほかに似たような状況といえば、人生初の挫折に直面したレギュラー選考の日くらいか。
(いや、あのときはむしろワクワクしてたか。努力が報われるって信じてたからな)
思い出すたびに胸をかきむしりたくなる黒歴史だが、緊張で震える今このときだけはあの頃の純真さがうらやましい。
そんな暁雄を見つめる4人の少女たちは、明と暗、2種類の表情を浮かべていた。それはまるで暁雄の行く末を暗示するかのようだ。
明るい表情を浮かべているのは智環と透の2人だ。暁雄の加入を歓迎してくれているのだろう。
一方、カナンとリヨールの2人がまとう雰囲気は、智環たちのそれとは正反対で、その表情は暗いというより無機質だ。感情らしきものが見えず、まるで暁雄の言葉など聞こえなかったかのようだ。
誰も口を開かず、無言の時間が過ぎていく。
暁雄には1時間ほどの長さに感じられたが、実際にはせいぜい数秒といったところだ。
(やっぱりダメなのか……? 虫が良すぎたのか……?)
少女たちの視線が耐え難いものに感じられ、暁雄がうなだれかけたとき、ため息混じりの叱声が暁雄の耳を叩いた。
「なにをとぼけたことを……。返事を保留しているのはお前だろうが」
「契約書はお渡ししましたよね?」
呆れているリヨールの横では、カナンが不思議そうに小首をかしげている。
「え!? あ、そう、だっけ!? あれ?」
カナンたちの言葉が引き金となり、初めて会ったときのやりとりがフラッシュバックする。確かに2人の言う通りだ。盛大な勘違いが恥ずかしく、顔は耳まで真っ赤になり、頭の中は真っ白だ。
(と、とにかく、契約書! 契約書にサインを! あれ!? そういばどこやったっけ?)
パニック状態の暁雄がそう考えた瞬間、目の前に巻物状の羊皮紙が出現した。
自宅のカバンにしまいこまれていた契約書が、所有者である暁雄の意識に感応して召喚されたのだ。もちろん暁雄にはそんなこと理解できないが、この際、理屈なんてどうでもいい。
暁雄は反射的に羊皮紙をつかみとると、荷物の中からシャーペンを取り出し、空白なままの署名欄に自分のフルネームを書きこんだ。
契約書を手渡されたカナンはサインを確認すると可憐な仕草でうなづいた。繊細な光を放つ黄金の髪が午後の陽光の中でたゆたう。
「アキオ、改めてよろしくお願いしますね」
「お、おう!」
真っ赤な顔で頷いた直後、暁雄の右肩で派手な音が鳴る。
「アキぃ、自分から言い出したんだからね! 途中で音を上げるなよ?」
「痛ってぇな、わかってるよっ。もう諦めたりしない。ちゃんと決めたんだ」
強烈な平手の痛みに顔をしかめながらも、暁雄は幼なじみの激に笑顔を作る。
「大友君、いっしょにがんばろうね」
「よろしくな。こっちでも先輩だな。いろいろ教えてくれよな」
「ん? 他にも何かやってんの?」
「言ってないっけ? 俺、占い班に入ったんだ。杉山さんはそこの班長」
「お~、そういやそんなコト言ってたっけ」
少女たちの歓迎の言葉が暁雄には嬉しかった。自分の選択が正しかったと思える。ようや一歩を踏み出せたと実感できた。
ただそれは、文字通り「たった一歩」に過ぎない。
「では、アキオ、貴方の能力を確認しましょう。準備はいいですか?」
「え? 今から?」
「当然だろう。何か都合が悪いのか?」
リヨールが怪訝な顔で暁雄を見やる。
「や、そういうわけじゃ……。いや、よしっ、いいぞ! やろう!」
本音を言えば、契約を済ませて時点で何かを成し遂げた気になっていた。もちろんそんなものは錯覚に過ぎない。闘技兵としての暁雄の人生はこれから始まるのだ。
(そうだ! 仲間にしてもらえただけで満足してどうする! これからガンガントレーニングして、早く2人に追いつかなきゃダメなんだろうが! くそ、しっかりしろ!)
覚悟を決めたといいながら、ちょっと進展があったからといってすぐに気を緩める。緊張感の足りない証拠だ。
そんな自分を叱り飛ばしていると、暁雄の脳内に模擬フィールドを作り終えたカナンから召喚の要請が入る。
(よし! 行くぞ!)
気を引き締めて、召喚の声に応える。
その瞬間、暁雄の目の前に広がる光景が変化した。精神体となってフィールド内に移動したのだ。
「これがフィールド……」
「あー! なにそれ!?」
初体験の余韻にひたる間もなく、けたたましい非難の声が暁雄の背中を叩いた。
「さんざん人にケチつけておいて!」
振り返ると透が頬をふくらませている。
「何だ? 俺か? 何怒ってんだ? そんな変なカッコしてるのか?」
「しらじらしい~。自覚無いなら自分の目で見てみたら?」
「アキオ、こちらへ」
智環や透のときのように、すでにカナンが魔法の鏡を出してくれていた。
透の反応に不安を感じた暁雄がおそるおそる鏡の前に立つと、鏡面の向こうには、全身を赤く染め、メタリックな光彩を放つ特撮ヒーローが立っていた。
「おお……っ!」
「それ、『ギャレット』でしょ。さんざん人の趣味に文句つけてくれたけど、自分だって似たようなもんじゃん」
透が冷ややかに告げたように、暁雄の姿は、特撮番組『銀河連邦』シリーズの2代目主人公ギャレットに酷似していた。
同シリーズは、当時流行していた刑事ドラマをモチーフにした世界観と、電飾を多用したメカニカルなスーツが人気を博し、『アープ』、『ギャレット』、『ディロン』の3作品が作られている。さらに、本作の特徴であるメカニカルなデザインは後の作品にも受け継がれ、その結果、「戦団」と「ランナー」に続く第3の潮流「メカル」系が生まれた。
ちなみにこの『銀河連邦』シリーズでは、主人公の相棒として女刑事が登場し、ローアングルなカメラの前でセクシーアクションを披露した。ミニスカートから伸びる美脚を大胆にさらけだす姿は、子供のみならず多くの男性視聴者の視線を釘づけにし、同シリーズの人気向上に貢献したといわれる。
「お、おおお……!」
鏡に写る自分の姿に、暁雄は興奮を抑えられない。経緯はどうあれ変身ヒーローになれたのだ。鏡の前で身体の向きを変えながら、これが現実であることを噛みしめる。
そうやって暁雄がひとしきりポーズをとっている間に、カナンは能力の確認を済ませていた。
手元に表示された数字を見て艶美な唇の隙間から微かに息がこぼれたが、暁雄の身体が陰になっているため誰にも気づかれなかった。
もっとも近くにいた暁雄はといえば、まったく別のことに気を取られていた。
(あれ? 何か? ビミョー……?)
心ゆくまで全身を眺め回したっぷりとヒーロー気分を満喫し、ようやく最初の興奮が収まると、ここで初めて鏡の中のギャレットの姿に違和感を覚えたのだ。
違和感の正体はすぐに分かった。暁雄の記憶にある「本物」と違って、鏡の中のギャレットはずいぶんと細身なのだ。
(中身が俺だからか? でも透はフツーだったよな? 鍛え方の違いか?)
暁雄が鏡を前に首を傾げていると、能力の確認を終えたカナンが軽く身体を動かして見るよう勧めた。
透のように演武することもできないので、とりあえずフィィールド内をゆっくりめにジョギングしてみる。
「アキオ、どこか違和感はありますか?」
「いやぁ、ゼンゼン」
何度かダッシュを挟んでみたり、飛び跳ねたりもしてみたが、これといって不自然な感じはない。というより、何も変わった感じはしない。
リヨールから透の話を聞いて猛練習を覚悟していたのだが、拍子抜けした気分だ。
「当然だろう。ステータスがまるで変化していないのだからな」
暁雄の心境を見抜いたリヨールが口中で吐き捨てる。
声を抑えているためそばにいる透や智環の耳にさえ届かないが、その目や口元には不機嫌さがにじみ出ている。
(アレではモノの役には立つまい。ならばいっそ……)
思考が功利主義的な方向へ進みかけたとき、リヨールは自分を見つめる主人の視線を感じた。すぐさま胸中で根を張りつつあった「素案」を廃棄し、体外に染み出していた嫌悪の念を消し去る。
リヨールにとってカナンの意志は絶対である。そのカナンが暁雄を丁重に扱う以上、リヨールが私的な感情を見せるわけにはいかない。




