その7 後悔先に立たず
「はぁっっ!!」
ひときわ大きな気合と共に突き出された拳がゴーレムの胴体中央を貫いた。
これが止めの一撃となり、すでに全身ヒビだらけだったゴーレムはガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
魔力が途切れたためボディを構成していた素材も無に帰っていく。岩ほどの大きさだった破片は、小石から砂へ、砂からへ塵へと細分化し、大地に溶けるように消えた。あとにはやや縦長な八面体の結晶がひとつだけ残った。
「トオル、それがクリスタルです。大事なアイテムなので持ってきて下さい」
「はいはーい」
「チワ、箱はいくつ見つかりましたか?」
カナンは透のようすを確認しながら、チワに訓練の成果についてたずねた。
「えっと、あそこの建物と、そこの木陰、それと向こうの茂みに1つずつ。箱の中には板が1枚ずつう入っていて、1から3までの番号が振られています」
カナンは智環の言葉に満足そうにうなづいてから、しなやか仕草で智環の足元を指差した。
「チワ、貴方の足元を見てください」
「? ……あ!」
智環が足元をのぞきこむと、地面の下にも箱があり、中には「0」と書かれた板があった。
「敵はどこから来るかわかりません。つねに警戒を怠らないようにしてください」
「は、はい!」
透がクリスタルを手に戻ってくると、カナンはそれを大事そうに受け取ってから戦闘フィールドを解除した。と同時に透と智環の姿も消え、召喚される前の場所に実体化する。
2人と入れ替わるようにリヨールが主人のもとへ走り去ると、暁雄はカバンから新しいタオルとドリンクを取り出し、2人に手渡していく。
「あ、サンキュー」
「ほい、杉山さんも」
「ありがとう、大友くん」
そこへリヨールを伴ったカナンが戻ってきて2人のを労う。
「お2人ともお疲れ様でした。トオル、初めてとは思えないほど見事な戦いぶりでしたよ」
「いやぁ~、遠慮なしで暴れられるっていいね。クセになりそう」
「チワ、貴方も落ち着いていましたね。索敵は闘技では非常に重要な役回りです。それだけに学ばねばならないことはたくさんありますが、がんばっていきましょう」
「は、はい」
透も智環も疲れたようすは見られない。初の実戦で自分なりに手応えを感じているようだ。カナンは後ろに控えているリヨールに意見を求めた。
「リョウ、貴方からは何かありますか?」
「いいえ。初戦としては申し分ないかと。次回からはスキルやスペルとの連動を考えてもよいかと」
「スキル? スペル?」
暁雄が不思議そうに聞き返した。耳慣れた単語だが闘技で聞くのは初めてだ。
「ルード・スキルは、闘技中、一定の条件を満たすと使えるようになる特殊能力のことだ。闘技兵ごとに使用条件や効果が異なるため、実戦を重ねるなかで見つけていくしかない」
「へー、格ゲーのゲージ技みたいなもんか」
「必殺技が使えるとか? ランナーキック的な」
これも勝負を盛り上げる演出の一環だという。ゲーム的な要素だと言われれば理解も早い。
「ルード・スペルは、闘技専用の魔法システムですね。闘技将の魔法をマナゲートとリンクさせることで、発動に必要なマナが自動的に収集されます」
「呪文を詠唱する必要がないんですか?」
信じられないといったようすの智環に、カナンがうなづいてみせる。
「そうです。マナがたまれば任意のタイミングで発動できますよ。みなさんの能力や戦い方をふまえて、魔法の構成を考えていくつもりです。希望があればおっしゃってくださいね」
「ちなみにだけど、どんな魔法があるの?」
「のちほどリストをお渡しします。気になるものから訓練で使っていきましょう。実際に使ってみないとわからないものもありますから」
魔法にはいくつも種類があるという。直接敵にダメージを与えるもの、フィールドに影響を与えるもの、味方を強化するもの、などなど。
「スキルのほうは、プレイヤー戦までに各自1つは使えるようにしたいですね。間に合うとよいのですが」
「楽観はできませんが、こうして軍団としての体裁が整ったのです。何とかなりますよ」
「あれ? こっちの世界に来たのって結構前の話なんだよね? まだプレイヤー同士で戦ったことないの?」
透の発した疑問には暁雄も同感だった。現に暁雄が戦闘にまきこまれているではないか。
「これまでは、単独で行動中の闘技兵を排除するか、ゴーレムを狩るだけでしたね。プレイヤーとの戦闘は極力避けてきました」
「私ひとりではお嬢様をお守りすることができないからな」
「そっか。リョウが戦ってる間、カナンを守る人がいなくなるもんね。今ならアタシがツッコんでいくけど! チワだってカナンを守れるもんね?」
「私!? 無理だよそんなの! 」
「そんなことないって。攻撃の練習だってしてるじゃん。ダイジョブだって、イケるイケる!」
「そう、かなぁ……」
「杉山さんは戦闘要員じゃないんだから、無理に戦う必要はないだろ」
「甘い甘い! 戦闘要員じゃないから狙われない、なんて保証は無いじゃん」
透の指摘はもっともだ。鼻面に人差し指をつきつけられた暁雄は反論できず背筋をのけぞらせる。
「襲ってきたら戦うしかないじゃん。だから訓練してるんでしょ?」
「! ……そうだよね、カナを守れるかどうかはわからないけど、でも、自分のコトくらいは守れないとダメだよね……!」
「まぁ、そのへんもゴーレム相手の戦闘で慣れていけばいいんじゃないか?」
「そんな余裕、あるのかな? いつ他のプレイヤーと遭遇するかも分からないんでしょ?」
「闘技兵集めに関しちゃ他のプレイヤーも同じだろ? つーか、透や杉山さんほど優秀な闘技兵なんてめったにいないみたいだし、それ考えたら当分はプレイヤー同士の戦闘なんて起きないだろ」
このときカナンとリヨールが深刻な表情で視線を交わし合ったが、ほんの一瞬のことだったため、会話に夢中な3人は気づかない。
「ともあれ、お2人が加わってくれたおかげで軍団に厚みができました。これからは4人の連携も訓練に取り入れていきましょう」
「そのスキルっての、早く使ってみたいなぁ」
「そっちは次のゴーレムが見つかるまでおあずけだな。焦ることはない。それまでに立ち回りの基本を叩きこんでやる」
「あの、私も、もっと戦い方を覚えたいですっ」
「ふふ、チワ、貴方も焦る必要はありませんよ。貴方には他の誰にも真似できない能力があるのです。まずはその長所を伸ばすことを優先しましょう。短所を補うのはそれからでも遅くありません」
「は、はいっ!」
「けど4人は少なくない? 軍団って20人くらいがフツーなんでしょ」
「もともと、カナはスペルを駆使するスタイルだから少人数でも問題はない。欲を言えば、遊撃要員にもうひとりくらい欲しいところだがな」
(……!)
リヨールの言葉に暁雄の心がざわついた。
カナンたちはまだ会話を続けていたが、その声は遠ざかり、暁雄は自分の胸の奥からささやきかける声に聞き入っていた。
(聞いただろ? ひとり欲しいってよ。売りこむチャンスじゃないか。これが最後の機会かも知れないぞ? 後になればなるほど言い出しにくくなるだけだぞ)
ささやく声はそう言って暁雄を急き立てた。声の出処は分かっている。
それは子供じみた変身願望だ。環境が変われば自分も変われるかも知れない。ちょっと踏み出すだけで、才能や名声が勝手に転がりこんで来るかもと期待する、他人任せな乞食根性だ。
現実にはそんな都合のいいコトなんて起きはしない。才能は選ばれた者の特権であり、それを持たぬ者は夢をつかむ権利はない。無駄な夢を見る暇があったら、分相応な生き方を探したほうがいい。
そう心に誓い、長年蓋をしてきたはずなのに、この頃はすっかりたがが緩んでいるようだ。
胸の内からこみ上げる声に圧されて心臓が早鐘を打つ。何やら息苦しささえ感じられた。
(余計なことは考えるな。そんな上手い話があるわけないんだ)
心を鎮めるため、深くゆっくりと呼吸する。
そうしていると頭の奥から別の声が聞こえてきた。こちらは先ほどよりさらに馴染みのある声だ。
(まさか、期待されてるなんて思ってないよな? カナンもリヨールもお前のコトなんて眼中にないぞ。また勘違いして名乗りでて、醜態をさらした挙句、盛大に恥をかく気か? 何度後悔すれば気が済む?)
こっちの声の出処は暁雄の克己心というより羞恥心だろう。
小学生で自分の限界を知らされて以後、平凡な生き方を貫くと決めていたのに、ここのところ調子が狂いっぱなしだ。妙な高望みをしては恥をさらしてばかりいる。
これだけの知り合いの前で恥をかきたくない。身の程知らずな真似をして笑われたくない。自分に絶望したくない。そんな思いが嘲笑の形で警告を発している。
――だが。
躊躇する暁雄の脳裏に先ほどの光景が蘇る。
戦闘フィールドの中でゴーレムと戦う透と智環。そんな2人の姿は、離れた場所から眺めているだけの暁雄にはとてもまぶしく感じられた。
ここで踏み出さなければ、永久に「あちら側」へ行けないのではないか。そんな気がした。
ただの勘違いかもしれない。また傷つくかもしれない。後になって、自分の浅はかな決断を思い出しては身悶えすることになるかもしれない。
(それでも、だろっ!?)
暁雄は踏み出さずにはいられなかった。
「お、俺が、……じゃなくて! 俺を闘技兵に加えてくれないか?」
暁雄の口が閉じるのとほぼ同時に、4人の少女たちが暁雄のほうを振り向いた。




