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その6 ヒーローにあこがれて

 リヨールが東の空に姿を現してからカナンのそばに降り立つまで5分ほど要した。

「現在、ゴーレムはあの建物の裏手におります。移動速度はヴィレゲムとほぼ同程度です」

 リヨールは公園のサービスセンターを指さしながら説明する。

「距離も位置も手頃ですね。ご苦労様です。みなさん、準備はよろしいですね」

 リヨールの苦労をねぎらうと、カナンは透と智環を振り返った。

 透と智環がそれぞれの表情でうなづく。

「では、訓練を再開いたしましょう」

 カナンは暁雄たちから離れた位置で大きく息を吸いこむと、晴れ渡った空に向けて高らかに宣言した。

闘技申請ファク・ベラム・ルーディス!」

 それが闘技ルドゥスにおける正式な宣戦布告であった。

 直後、上空に幾何学的な模様の巨大魔法陣が出現し、その中心から地上めがけて閃光が降り注ぐ。闘技将デュークスであるカナンの開戦要請が管理委員会に承認された証だ。

 地表で弾け飛んだ閃光は四方八方へと駆け抜け、大地に魔法文字による結界を描き上げていく。わずか数秒後にはすべての光条が一点に集約し、闘技ルドゥスのフィールドが完成していた。

 カナンが指定したフィールドは200m四方ほどの広さがあり、暁雄たちの立っているあたりは、かろうじて結界の外にあった。

 リヨールが暁雄に注意をうながす。

「フィールドの境界線は見えているな? その線を越えないように気をつけろよ」

「分かってるよ。ちゃんと見えてる」

「そんなことできるの!?」

 会話を聞きつけた透がリヨールと暁雄の顔を交互に見比べる。

「普通はできない。だがアキオはできてしまうのだ」

「へぇ~!」

 暁雄が境界線に気をつけながらフィールドのカナンのようすを眺めていると、意識を集中させているカナンの頭の後ろあたりに紅く透明な球体が浮かび上がるのが見えた。

「なんだあれ?」

「あれはマナゲート。お嬢様の魔力で生み出した、いわばマナの供給口だ」

「ゲート? あの中にはマナが無いの?」

 マナが無ければ魔法が使えない。魔法使いである智環にとって死活問題だ。

「マナはあります。ただし闘技将デュークスだけは、使用できるマナの量に制限がけられているのです。そのため開始直後は、あのようにゲートを開くことでマナの供給量を増やすことが定石とされています」

「え~? なんでそんなメンドーなコトしてんの?」

「だな。無駄に試合時間が延びるだけだろ」

「公平性を保つためだ。魔力の制限がなければ闘技将デュークス同士の一騎打ちで勝負がついてしまう。それでは実戦と変わらず、何の面白みもないという理由からだ。闘技ルドゥスはあくまでゲームだからな」

 リヨールが暁雄と透の疑問に答えている間にも、カナンはマナゲートを開き続け、すでに4つのゲートが彼女の周りを浮遊している。

「ずいぶん作るんだな? ひとつじゃダメなのか?」

「マナゲートの数が多いほど供給量が増える。強力な魔法や闘技兵アパリティオの召喚にはそれだけ大きな魔力が必要になるから、マナゲートの数が多いに越したことはない」

「ってことは、初級の魔法やそれほど強くない闘技兵アパリティオを呼び出すぶんにはマナゲートの数も少なくていい?」

「そういうことだ。ゴーレム相手ならいくらでも時間をかけられるが、プレイヤー同士の闘技ルドゥスではそのあたりの駆け引きも必要になる」

 5つ目のゲートを開いたところで、カナンは闘技兵アパリティオの召喚に入った。

 最初に呼びだされたのは智環だ。

 模擬フィールドと異なり、智環の出現位置はカナンから20mほど離れていたが、これは事前に注意を受けていたことなので驚きはない。

 智環は左右を見渡してカナンの姿を確認すると駆け足で合流した。 

「緊張していますか?」

 わずかな距離にも関わらず肩で息をしている智環に、カナンが微笑みかける。

「……うん、少し……」

「私を信じてください。そうすれば何も危険はありませんから。まずは気を鎮めてください。そう、ゆっくり深呼吸をして……」

 両肩に置かれたカナンの手の温もりを感じながら、智環は深くゆっくりと呼吸し息を整える。

「落ち着きましたか? では、周囲の索敵を行ってください。この近くで魔力の塊が動いているはずです。それを見つけてください」

「は、はいっ」

 目を閉じて精神を集中させる。ここ数日の訓練で磨き上げられた智環の魔力感覚が全方位に向けられ、瞬く間に未知の魔力の塊をとらえた。

「いました! ここから東におよそ150メートルの位置」

 智環は目を開き、魔力を感知した方角を見やる。木立や建物は、今の彼女には何の障害にもならない。

(方角と距離が確認できたら、透視で対象を目視。うん、大丈夫、訓練通りにできてる)

 すぐそばにカナンを感じることで、智環は自分でも驚くほど冷静に行動していた。

「2足歩行で、大きさは……ご、5m前後。……今、こちらへ向きを変えました。ゆっくり近づいてきます」

「5m!? それ人の大きさじゃないだろ!」

 カナンもリヨールも対戦相手が人間サイズとは言っていない。暁雄が勝手にそう思いこんでいただけだ。とはいえ、5mとはいくらなんでも規格外過ぎないだろうか。

「ありがとう。ではチワはそこから動かないでください。ゴーレムとの戦闘は私たちに任せて、周辺の探索を行ってください」

「え? 周りの、ですか?」

「はい。この周囲にいつもの箱が隠されています。戦闘が終わるまでに、すべて発見し、中身を探り当ててください。それが貴方の訓練です」

「わ、わかりました!」

 カナンは智環をかばうように5mほど前に進み出ると、新たに透をフィールドに召喚する。

 透が出現した場所は、智環の現れた場所とほぼ正反対の位置であった。

「トオル、向こうからゴーレムがやってきます。貴方の力を見せてもらうためにも、ひとりで相手をしてもらってよろしいですか?」

「オッケイ! 任せちゃってくださいな!」

 自信満々に応じた透は、左の掌に右拳を打ち付けると、カナンよりさらに10mほど前に進み出たところで身構えた。

 左足をやや後方に引き、重心を下げた姿勢で、両腕は中段に。これは神奈谷家が代々受け継いできた嶗山ろうざん派の最も基本となる構えである。

「お! あれかぁ! けっこうデカイじゃん!」

 のっそりとした動きで建物の陰から現れたのは半透明な体をした巨人であった。

 頭の位置は2階建て家屋の天井に届きそうだが、極端に膨張した上半身に比べて下半身は小さい。向こうも透たちを発見したようで、速度を上げて迫ってくる。

「何だよあれ! あんなの、たった2人でなんて無理ゲーだろ!」

 地響きを立てて向かってくる巨体を前にして、暁雄は完全に腰が引けていた。だがそれも無理の無い話だ。

 ゴーレムのサイズは地球最大の陸上生物といわれるアフリカ象をしのぐ。巨大ショベルカーのアームを思わせる腕は、人間など一撃でミンチにしてしまうだろう。

「何を言っている。お嬢様が出るまでもない。トオルひとりで十分だ」

「イヤイヤイヤイヤ! どこがだよ! 無理に決まってんだろ! 体格差を考え……うおっ!?」

 突如、暁雄の眼前で地面が爆発した。ゴーレムの攻撃かと思ったがそうではなかった。

「いっくぞぉぉぉぉ!」

 敵の接近を待ちきれない透が地面を蹴りつけて飛び出したのだ。

「はぁっ!」

 弾丸のようなダッシュで一気に距離を詰めた透は、ほとんど体当たりに近い勢いでゴーレムの胴体に右拳を叩きこむ。

 重い激突音が鳴り響き、3トントラックほどもあるゴーレムの巨体が後方へ吹き飛んだ。

「な、殴り飛ばしたぁっ!? あんなデカイ奴を? ムチャクチャだな……!」

 興奮気味の暁雄が見つめるなか、透は、倒れた相手を見すえたままその場で再び構えをとる。

 自動人形というだけあって、ゴーレムは痛覚を持たない。すぐに起き上がると傷口を気にする素振もなく、両腕を振り上げて透に襲いかかった。

 動作に多少のぎこちなさは見せつつも、あまりダメージは受けていないようだ。

 ゴーレムの動きは決して鈍くはない。巨体ゆえのリーチもあり、相手が並の人間――例えば暁雄であれば到底かなわない。逃げる間もなく一撃でペシャンコにされているだろう。

 だが透はそんなゴーレムの攻撃を難なくかわし、がら空きの胴体に左右の拳を叩きこんでいく。

 1発、2発、3発と、打楽器を打つようにリズミカルな重低音が轟き、それに合わせてゴーレムの動きがみるみる衰えていく。

「動きにわずかな遅滞も見られない。初陣でこれほどとは……」

 透の戦いぶりを眺めていたカナンの口から感嘆の吐息がもれる。

 その声が聞こえたわけではないが、少し離れた場所ではリヨールも似たような感想を口にしていた。

闘技兵アパリティオの力を早くも自分のものとしたか。末恐ろしいヤツだ」

「そんなにスゴイことなのか?」

「驚異的といっていいだろうな。トオルのようなステータス強化タイプは、闘技兵アパリティオの能力としてはさほど珍しくない。だが、ここまで短時間に使いこなせた例は聞いたことがない。現実と闘技ルドゥスとの感覚の差に戸惑うのが普通で、極端な者だと体が軽く感じすぎてまともに歩けなくなるほどだ」

 暁雄は初日の透のようすを思い浮かべた。あのときはただ呆れていただけだったが、リヨールに言わせればそんな状態が何日も続くのが当たり前で、これほど速やかに順応できる透は特別な存在ということらしい。

(才能の差か……、やっぱそうなんだよな)

 胸がチクリと痛み、気がつくと暁雄の右手が心臓のあたりを抑えていた。

 だがそんな暁雄の葛藤を知ってか知らずか、リヨールは言葉を続けた。

「不断の努力の賜物だな。鍛錬を重ねることで己自身を深く理解した者でなければこうはいかん」

 ハッとなって暁雄が顔をあげると、巨大な敵を相手に華麗なアクションを決める特撮ヒーローの勇姿が目に入った。

 その戦いぶりは、幼いころの暁雄が憧れたヒーローそのものであり、その姿を見ていると胸の奥がたまらなく熱くなるのであった。

(すげぇ、すげぇよ透。カッコイイよ! 俺も、あんな風に戦ってみたい! なれるのか? 俺にも……!)

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