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その5 失敗は◯◯のもと

 日曜日は雲ひとつない晴天であった。

 時刻は午後12時55分。予定より5分早く、全員が林研の森公園前に集合していた。

 予想通り公園内は大勢の人で賑わっている。暁雄が到着したのはさらに3分ほど前だが、その間に10組以上の家族連れが入口を通過していった。

「では、みなさん、私の後についてきてください。扉はすぐに閉じてしまいますので、なるべく間を開けないようにお願いします」

「扉?」

 暁雄、智環、透の3人が顔を見合わせたが、そうしている間にもカナンとリヨールは歩き出している。3人は慌ててその後ろに続いた。

 公園の入口を通過する瞬間、暁雄はかすかな抵抗を感じた。薄い空気の幕を通り抜けたような感覚だ。

(長時間炎天下にさらされたあと、空調の効いた建物の中へ入ったときの感覚に似ている)

 そんな風に分析する余裕ができたのは後日のことで、初めて「そこ」へ足を踏み入れたときは、目の前の光景にただただ驚くばかりであった。

「あれぇっ!? みんなどこ行ったの!? さっきまであんなに大勢いたのに!」

 公園は無人になっていた。さきほどまで何十組という家族連れやカップルで賑わっていたのに、今は人っ子一人いない。

 何百人という人々が忽然と姿を消してしまったのだ。

「彼らが消えたのではありません。私たちが別の場所にいるのです。今いるこの空間は、私が魔法で創りだした仮初の空間です」

 茫然とする暁雄たちとは対照的なほど静かな口調でカナンが訂正する。

「へぇ~! よく分からないけどスゴイね、魔法って。もしかしてチワもできちゃうの?」

「まさか! 無理ですっ無理ですっ」

 それはじつに奇妙な光景であった。

 公園の中は、日曜日の昼下がりとは思えないほど静まり返っているのに、わずか数m隔てた敷地の外は行き交う人たちであふれている。

 公園の入口に視線をやると、ちょうど子供連れの男女が公園に入ってくるところで、3人は入口を通過する寸前で姿を消した。

「これって、闘技ルドゥスのフィールドと同じものなのか?」

「少し異なるが、似たようなものと思っていい」

 模擬フィールドを用意している主に代わって、リヨールが暁雄の疑問に答えた。依然として態度はぶっきらぼうだが、暁雄がたずねることにはこうして律儀に答えてくれる。

 生来の性格によるものなのか、はたまたカナンから指示を受けているのか。

「では、みなさん。まずは前回の復習から始めましょう」

 みなの視線が向けられた先では、半径50mほどの巨大な模擬フィールドが出現しており、その中心にカナンが立っていた。

「おお~、広い広い! やっぱ体動かすなら広いほうがいいねっ」

 始めの1時間は、準備運動がてらいつもと同じメニューが行われた。

 といっても、今回がまだ二度目の透には決まった練習メニューがない。まずは闘技兵アパリティオとしての能力に体をならすところから行われた。

 手始めとして、透は演武を披露した。幼いころから習い覚えた動作であり、ひとつひとつが体に刻み込まれている。

 透が実家の道場で練習に打ちこむ姿は暁雄も何度も目にしていた。しかし今日目撃したものは、それとはまったく別質のものであった。

 腕を振り抜くたびに風が巻き起こり、脚を踏みしめるたびに大地が揺れる。軽く地面を蹴りつけるだけで、その身体は身長の倍ほどの高さにまで舞い上がっていく。

 見た目通りの変身ヒーローがそこにいた。

「これほど短時間で馴染むとは、普段からよほど鍛錬を積んでいるようだな」

 指導役のリヨールも満足そうにうなづく。一通り見終えると早くも次の段階へ移ると告げ、力の配分や動作の種類に関して細かい指示を出していく。

 透が順調にステップアップする一方で、その反対の状況に置かれているのが智環であった。

 智環の練習の内容はいつもと変わらないが、フィールドが広くなっているぶん、練習用の箱との間隔がこれまでの倍以上になっている。

 公園全体から見ればわずかな距離にすぎないが、智環にとっては大きな差である。箱の中身を言いあてるのにいつもの3倍以上の時間を費やした。

 1時間を過ぎたあたりでいったん休憩となり、暁雄は練習を終えた智環と透にタオルと飲物を手渡していく。実際に汗をかいたわけではないが、気分転換にちょうどいいそうだ。

「ではリョウ。お願いね」

「はい」

 カナンと何かやり取りをしていたリヨールは、翼をひろげて空に舞い上がると東の方角へ飛んでいった。

「え~、リョウって空飛べるんだ!? カッコいい~! アレも魔法?」

「ええ。上級魔法のひとつで、私たちの世界でも使いこなせる者はめったにいません」

「へぇ~」

 手渡されたスポーツドリンクを飲みながら、透は感心そうにリヨールの飛んでいった方を見やる。

「ってか、ナニしに行ったの?」

「対戦相手を呼びに行ったのです。10分ほどで戻ってくると思いますので、彼女が戻ってきたら練習を再開しましょう」

「ってことは、いよいよ実戦かぁ~!」

 わくわくしている透の横では、智環が緊張した面持ちで黙りこんでいる。心なしか体が震えてるようだ。

「大丈夫か?」

 暁雄の問いかけに、智環は無言でうなづくが、とてもそうは見えない。

「なぁ、まだ実戦は早いんじゃないか?」

「基礎訓練は充分に行いました。ここから先は実戦の中で覚えていく必要があります」

 明らかに強張っている智環の表情を見ても、カナンは予定を変更するつもりはないようだ。

「けど、まだ能力だって使いこなせてないじゃないか。確実に成功するようになってのほうがいいんじゃないか?」

「アキオ、貴方は少し考え違いをしているのではありませんか? 練習とは『失敗しない』ために行うのではなく、『成功の確率を上げる』ために行うのですよ」

「? それって同じことだろ?」

「いいえ、まったく違います。人は不確実な存在です。たとえそれがどれほど習慣的な行為であったとしても、寸分違わずに繰り返すことなどできません。必ずわずかな誤差が生じます。まして闘技ルドゥスのような競技では、本人のコンディションはもとより、対戦相手やフィールドの状態など、さまざまな外的要素も絡んできます。すべての条件が都合よく整うことなどありえません」

「それじゃ、なおさらだろ。実戦の前に仲間内で模擬戦をやるべきだ。そこである程度の立ち回りを学んでからのほうがいいだろ」

「立ち回りを学ぶなら、まさに実戦が最も効率的です。当然、始めのうちは失敗することもあるでしょうが、それでよいのです。ミスをすることで未熟な部分や欠点が明らかになるのですから」

「けど……」

「貴方が心配する気持ちは分かりますが、こういうことは早いほうがいいのです。己の限界を知らぬまま成長はできませんし、本番で知ったときには手遅れですからね。練習の段階でならいくらでも取り戻せるのですから、失敗を恐れる必要はないのです」

 失敗から学ぶことの大切さは暁雄にも理解できる。ただそれは、失敗によって心が折れなかった場合のことだ。やる気を失ったらそれまでではないか。

 まして、闘技ルドゥスはスポーツと呼ぶには危険過ぎる競技だ。暁雄自身、事故とはいえ危うく死にかけたのだ。安全面に過敏になるのも当然であった。

「平気だよ、大友くん。ちょっと怖いけど……、がんばってみる。ちゃんと練習したし」

 暁雄が振り返ると、智環は、やや青ざめた顔に決意の表情を浮かべている。

 カナンは智環の右肩に手をおき微笑みかけた。春の日差しを浴びた髪が神々しいほどに煌めき、さながら祭壇に立つ聖女のようだ。

「緊張しなくても大丈夫ですよ、チワ。これから戦う相手は闘技兵アパリティオではありません。ゴーレムといって、トゥルノワを盛り上げるために配置された意思を持たない自動人形です。貴方には指一本ふれさせませんから安心してください」

「それってロボットみたいなもん? そんなのまでいるんだっ」

 これから戦う相手の情報とあって透が飛びつく。

「ええ。あくまで余興ですので、ゴーレムを相手にするかどうかはプレイヤーの自由です。ゴーレムを倒すとクリスタルが手に入るので、見逃すプレイヤーはまずいないと思いますけれど」

「そのクリスタルってのは?」

 そう口にしながら、暁雄は「モンスターを倒したあとのドロップアイテムみたいなもんか?」などと考えていた。そしてそれはおおよそ的を射ていたのである。

「トゥルノワを有利に進めるためのアイテムです。闘技兵アパリティオの能力をアップさせたり、探知魔法から身を隠すための結界を張ったりなど、さまざまな用途があります。この公園のフィールドを維持しているのもクリスタルの効力です」

「なんだかとてつもない話だが、スゴイ便利なモンだってのは分かった。それは取り合いになるだろうなぁ」

「そうですね。練習相手に手頃なゴーレムが近くを徘徊していたのは運が良かったです」

「は、徘徊!?」

 不穏当なワードに暁雄がのけぞると、その隙を突くように横合いから透が身を乗り出す。

「で? そのゴーレムってどんなヤツ? 強いの? 大きさは?」

「形状やサイズはまちまちですね。大きなものほど討伐の難易度が高く、より多くのクリスタルを保有しています」

「いいねいいね! ゲームっぽくて分かりやすい!」

 闘志をかき立てられた透は力強く右腕を振り回す。

「待て待てっ。ゴーレムって、その辺を歩いてるのか? 危なくないのか!?」

「普通の人に見られたら騒ぎになりそうだけど、そんなニュース聞いたことないよ?」

 戦意旺盛な透と違って、暁雄と智環にはそちらのほうが重大事だ。異世界の戦闘人形がそこら中を歩いているなんて危険極まりない。住宅街に熊やイノシシが出るようなものではないか。

「それは大丈夫です。ゴーレムにはリモシーの人々に感知されないよう処置が施されています。目には見えませんし、さわることもできません」

「へはー、魔法ってバンノーだね」

「いえ、私たちの魔法にも限界はあります。とても万能とは言えません」

 さりげない口調ではあったが、その表情はわずかに憂いを帯びて見えた。少なくとも暁雄の目にはそう映ったのだが、一瞬のことであったため確信には至らない。

 そうこうしているうちに、東の空を戻って来るリヨールの姿が見えた。

 途中で何度かホバリングし背後を振り返っているのは、ゴーレムの位置を確認しているのだろう。

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