その4 使い回し疑惑
「ぃや~、面白かったぁ。まさか変身ヒーローになるなんてさぁ」
興奮気味の透は、マンションを出てからもずっとはしゃいでいる。
「アキは? なんでやらないの?」
「あいにくお前と違ってステータス低すぎなんでね。役に立たないよ」
予想できる質問だった。予め回答を用意しておいたおかげで、自然なトーンで言い切ることができた。
「ふーん?」
2人の後ろで、智環が気ぜわしげな視線を向けていたが、透は暁雄の横顔をちら見しただけで話を続けた。
「対戦相手って誰だろうね? やっぱヒーローの相手といったら怪人かな? 楽しみ楽しみ!」
「あのなぁ、お前、ちょっと浮かれすぎじゃないか?」
脳天気な態度をたしなめようと暁雄が釘を刺すが、透は一顧だにしない。
「はぁ? あったり前じゃんっ。子供のトキの夢がかなったんだよ? 浮かれるてトーゼンでしょ」
「なにが夢だ。高校生にもなってアホらしい」
「そっちこそ何言ってんの? 夢みたいなデキゴトが起きてんじゃん。あ~、ヤダヤダ、夢無かれ主義はコレだから」
「ああっ? なんだそりゃ」
ぎゃいぎゃい言い合う暁雄と透の後ろを、智環が呆気にとられた様子で歩いている。
視線に気づいた透が智環を振り返った。
「うるさくしてごめんね~、アキって、ほんと余計なコトしか言わないからさぁ」
「ううん、それはいいんだけど……、2人とも仲がいいんだね。幼なじみって聞いたけど?」
「そそ。小学校からね。腐れ縁ってヤツ」
「までも、中学の頃は、ほとんど口聞かなかったけどな」
透の大雑把すぎる説明に、暁雄が補足する。
「え? そんな急に? クラスが違ったの?」
「ん~? まぁ、そんなトコ。小学校とは違うからね」
「ぶっちゃけて言えば、俺がサッカー辞めたせいなんだよ」
さりげなく投じられた言葉は、透と智環、それぞれに異なる衝撃を与えた。
「理由がアレなもんだからみんなに気を使わせてさ。いろいろぎくしゃくしたまま、グループが自然消滅した感じ。それでも、小学校の頃は普通に話してたんだけどさ、中学に上がったら、それも無くなっちゃったんだよね」
そこでいったん言葉を切った暁雄は、唖然としている透に向き直る。
「杉山さんは全部知ってる。俺が話したんだ」
少し照れた様子でそう語る暁雄を、透はしばらく無言で見つめていたが、やおら相好を崩すと右腕を振り上げ、幼なじみの肩に勢いよく叩きつけた。
「そっかそっか! なんだよ、もー、先に言ってよね!」
「いってぇっ!」
透は暁雄の悲鳴を無視して、智環に笑いかける。
「まぁ、そんなコトがあったもんで、アタシも話しかけにずらくてさ。で、気がついたときには、アキのヤツ、すっかり夢無かれ主義に染まっちゃってさ」
「だから、夢無かれ主義ってなんだ。人を怪しげな造語で呼ぶなっ」
痛みに顔をしかめ、暁雄は叩かれた肩を抑える。
「俺は、先の先を見すえて行動するようになっただけだ。お前みたいに考え無しに決めるよりマシだろ」
「何いってんの? アタシはいつもちゃんと考えて行動してるよ」
「どこがだよ。今日だって、闘技について聞いたあと、ろくに考えもせずにやるって言い出したじゃないか」
「はぁ? 自分から頼んでおいて、なんで文句言ってんの?」
「文句言ってるわけじゃない。即決するような話じゃないだろってことだ」
「なんで?」
あっけらかんとした切り返しに、暁雄は一瞬反論に詰まる。
「はぁ? ……いや、だって、異世界のゲームだぞ? どんな目に遭うか分からないじゃないか。少しは悩むもんだろ」
「やったこと無いのに何を悩むの? 何も分からないんだよ?」
「だからこそだろ。何も知らなくたって、どんな危険があるか想像するくらいはできるだろ」
「それこそ時間の無駄じゃん。知らないコトで悩むくらいなら、やってみたほうが早いじゃん。やってみて、つまらなければ辞めればいいんだから」
「!?」
聞き覚えのありすぎるセリフのせいで、暁雄は今度こそ完璧に反論を封じられてしまった。
かつて透の前でそう言い放った男の顔を思い浮かべ、心の中で皮肉るのが精一杯であった。
(挫折を知らない、夢見がちなヤツのいいそうなコトだよな)
そうして黙りこんだ暁雄を見て、透は肩をすくめる。
「……やっぱ覚えてないか。昔、アキがアタシに言ってくれたんだよ? 夢無かれ主義に染まる前にさ」
忘れてなどいない。むしろ暁雄にとっては忘れたい過去だ。
まだ2人が小学生の頃、JDA主催の大会に出ようかどうか迷っていた透に、暁雄が訳知り顔で放った助言だ。
今の暁雄なら真逆のことを言う。あるいは「無責任なことは言えない」と断るか、だ。
「アキが忘れても、アタシは覚えてる。アタシが前だけ見て来れたのは、この言葉のおかげだから」
「忘れてないよ!」
そう訴える声は、暁雄が発したものではなかった。
「大友君は忘れてないよ。だって、私にも、同じこと言ってくれたから!」
幼なじみの醸し出す空気に、どこか気後れしていた智環が、吹っ切れたように割って入った。
「私、契約したこと後悔してないよ。まだ始めたばかりだけど……、でも、闘技兵の訓練は大変だけど楽しいし! 魔法の勉強も見てもらえるし! それって全部、大友君が勧めてくれたおかげなんだよ。だから、私は、スゴク感謝してるよっ」
「お、おお。そっか、それはよかった……」
あまりの勢いに擁護されているはずの暁雄がタジタジとなる。
透は、たがいに顔を上気させて照れ合う2人を見比べたあと、何かを察しニンマリと笑顔を浮かべる。
「ふ~ん、そうやって口説いたのかぁ。アタシには言ってくれなかったのになぁ~」
「誰がだ! ヤラしい言い方すんな!」
「え~、なにがやらしいのぉ? フツーの言い方でしょ? そんな風に受け取るのは、アキがヤラしいこと考えてるからじゃないの?」
「くっ……!」
閉口した暁雄には見向きもせず、透は智環に笑いかけた。
「チワって、ホンモノの魔法使いなんだよね? どんな魔法使えるの?」
「えっと……、占い、みたいなこととか……」
「へぇ~! じゃさ、今度、私のコト、占ってくれない?」
明るく人懐っこい性格の透は、初対面の相手にも警戒心を抱かせない。人見知りな智環もわずか半日たらずで打ち解けている。
親しげに言葉を交わす少女たち見ていた暁雄は、ふと、彼女たちと肩を並べて戦う自分の姿を想像してみた。
魔法少女を背後にかばいながら、特撮ヒーローと肩を並べて戦う自分。子供の頃に思い描いていた理想の姿。それはとても胸躍る光景に思えた。だが――。
「この2人は闘技値2,000越えの英雄サマだぞ。超レアキャラだ。平均以下の雑魚キャラの分際で対等に張り合えると思ってんのか?」
そうあざ笑う、もうひとりの自分がいる。
「勘違いしてんじゃねーぞ? また分不相応な妄想をこじらせて恥をかく気か? 脇役は脇役らしく、主役サマの世話係に徹していればいいんだよ」
幼稚な理想を捨てきれず、現実とのギャップに傷つく。その繰り返しだ。もういやだ。
透はさきほど「夢無かれ主義から抜け出せた」と言ってくれたが、残念ながらそうではないことを、暁雄自身は分かっていた。
そして、透もおおよそ察しているのだろう。
「まだ闘技兵探しは続けるんだよね?」
そう声をかけてきたのは、地元の駅に着いたときのことであった。
路線の違う智環は、途中の乗り換えのときに別れている。
同じ地元の出身でも、暁雄は東口、透は西口、それぞれ別の改札口へ向かう。短い挨拶をして背を向けた直後、問いたげな声が暁雄を呼び止めたのである。
「たぶんな」
暁雄は肩越しに振り返って短く答えた。
「次は誰に声をかけるの?」
「さぁ……。リストはカナンに渡したから」
「……そっか」
暁雄も透も、内心の思いとは裏腹に、言葉にしたのはそれだけであった。
サラリーマンやOL、学生たちが行き交うホームで、2人は無言のまま顔を見合わせていた。
透の真っ直ぐな目に耐え切れず、暁雄が視線をそらそうとした寸前、透のほうが口を開いた。
「じゃ、また明日」
「ああ、またな」
2人は同時に背を向けると、今度こそ、別々の改札口を目指して去っていった。




