その1 求ム! 即戦力
「占い班?」
征矢は心底驚いた顔で暁雄を見返した。
闘技兵探しを始めてから一週間が経った、ある日の昼休みのことである。
いっしょに昼食を取っていた台やほかの友人たちも、征矢と似たような表情を浮かべている。
「なんでまた?」
「ん~、何となく」
「もしかして、白石サンや野田サンも?」
台の指摘に、暁雄は心のなかで身構えた。
カナンとリヨールは、その容姿のおかげで、すでに学年全体でもちょっとした有名人になっている。
そうなることは十分予想できたので、暁雄は2人に「人目につく場所では声をかけないでくれ」と伝えておいたのだが、あまり効果は無かった。
なにしろ、教室で他人のふりをしたところで、放課後になれば、連日のようにそろって校内をうろついているのだ。周りの関心を引かぬわけがない。
いずれ徘徊の理由を問われると思い、すでにもっともらしい口実を用意してある。「占い班の活動で、校内の運気の巡りや風水を調べている」というのがそれだ。
頭の中で理論武装の再確認をしつつ、暁雄は、2人が同じ班であることを認めた。
「なる、そういうことか」
「これはこれはメデタイことで」
征矢と台が訳知り顔でうなづきあう。予想と違う反応に暁雄は違和感を抱いた。
「……おい。お前ら、何か勘違いしてないか?」
「勘違いなんてしてないぞ。なぁ?」
「そうそう。厭世主義に染まっていた友が、軽挙妄動を悔い改め、学生の本道に立ち戻ったことを心から祝福しているだけだ」
「で? 本命はどっちだ? 陰ながら応援するぞ」
「どっちも違うっ。ほらみろ、やっぱり誤解してるじゃないかっ」
カナンたちの非常識な性格を知る身としては、のん気な友人たちに忠告のひとつもしてやりたいところだが、例の制約のせいでそれもできない。
(ったく、こんなことあの2人に聞かれたら、どんな顔されるか……)
暁雄は教室をぐるりと見回し、カナンとリヨール、それに智環の姿がないことを確認しホッと胸をなでおろす。
智環は、昼休みに入ってすぐ、クラスの女子たちと教室を出て行くのが見えた。有名人であるカナンたちと親しくなったことで同級生と話す機会が増え、以前に比べてだいぶクラスに溶けこんでいる。
カナンとリヨールの2人は、そもそも学校に来ていない。闘技兵探しを兼ねて、この世界を視察しているのだそうだ。
これは今日に始まったことではなく、この一週間で何度もあった。まったく授業に出ない日もあれば、午前中あるいは午後だけということもある。
これだけ遅刻や早退が頻発すれば、担任教師に呼び出されたり、クラスメイトの間で噂になりそうなものだが、例の魔法のせいか誰も気にしていない。
魔法使いとしてのカナンたちのスゴさを再確認させられる思いだが、そんな彼女たちにとっても闘技兵探しは困難な問題のようだ。
あちこち出向いているにも関わらず、智環に続く新たな闘技兵は見つかっていない。
暁雄の知る限りでも、すでに30人近くの生徒に声をかけたが、ほぼ全員が闘技への参加を拒否、唯一、3年の女子生徒が回答を保留してくれただけだ。
その生徒は、闘技値2000オーバーという逸材のため、カナンたちとしても、できれば仲間に加えたいところだろう。
そんなわけで、週3日ペースで行われている訓練は、いまだに智環ひとりが対象だ。
「次。箱の中に入っている物を当ててください」
「…………右から、花の絵、山の絵、海の絵、です」
智環が闘技兵として得た能力は、障害物を透視したり、遠くの音を聞き分けるといったもので、「索敵能力に優れている」というカナンの言葉通りであった。
なかでも周囲の地形や人の動きを把握するレーダーのような能力は、戦闘では非常に重宝するだろう。
ただそれは、能力を適切に使いこなせた場合の話である。
闘技の説明を聞いたとき、暁雄は、 闘技兵になった時点で、その能力も自然に使いこなせるものだと思っていた。
だが、そうではなかった。
生まれたての赤ん坊がいきなり二本足で歩けないように、 闘技兵になったばかりの智環は、その能力を上手く使いこなせずにいる。
訓練を始めたばかりの頃は、力の加減が思うようにならず、箱の中に隠されたものを見ようとして中身ごと透視してしまったり、小さな物音を聞きとる練習で聴力を上げすぎて悶絶しかけたりと、さんざんだった。
この頃になって、ようやく微妙な調整ができるようになってきた。
「はい、これも正解です。順調ですね、智環。少し休憩しましょう」
練習用のフィールドが解除され、変身を解いた智環が、暁雄のいる休憩スペースまでやってきた。
「お疲れさま。かなりいい感じじゃん」
「ありがとう。でも、まだ全然だよ」
智環いわく、能力はある程度まで制御できるようになったが、そのためには時間をかけて精神を集中しなければならず、今はまだ、ひとつの箱を透視するだけで1分近くかかるらしい。
透視対象の大きさや厚み、対象との距離などによっては、さらに多くの時間がかかるとのことで、まだまだ実戦で通用するレベルとはいえないのだという。
「けど、一週間でそこまでできれば大したもんだと思うけどなぁ。俺なんて、まともにドリブルできるようになるまで二週間かかったぞ」
あれだけトラウマになっていたサッカーの話を、智環の前だけとはいえ、自然に口にできるようになったことは、暁雄にとって大きな変化であった。
「そう、かな? ……うん、ありがとう。がんばる」
ドリブルがどういうものかよく分からないが、暁雄の励ましの気持ちは智環にも伝わっていた。
「あせらなくていいんだよ。時間はたっぷりあるだからさ」
カナンたちの参加しているゲームは負けたら終わり。であるからには、能力を使いこなせないうちから駆り出されることはないだろう。
そう暁雄は思っていたのだが、当人たちには、また別の思惑があった。
訓練の間、フィールドの外からようすを見ていたリヨールは、休憩をとるカナンの世話をしながら、訓練の内容で気づいたことを報告していた。
「チワはだいぶコツをつかんできたようですね。あとはもう慣れの問題ですから、そろそろ次の段階に移ってもよいのではありませんか?」
「実戦ですか? それは少し早くありませんか? コツをつかんだとはいえ、まだ完全に制御しきれていませんし」
「力の制御は実戦でも学べますが、戦場の空気は訓練で学ぶことはできません。実際に体験してみないと分からないことですから、早いうちに慣れておくべきかと。例の闘技兵の件もありますれば」
リヨールのいう「例の闘技兵」とは、暁雄が巻きこまれた闘技で倒した者のことである。
その場にプレイヤーが現れなかったため、敵の正体も、その意図もつかめていない。いつ次の闘技を仕掛けられてもおかしくない状況なのだ。
「……そうですね。貴方の言うとおりです。しかしそうなると、もうひとり前衛が欲しいですね。貴方だけで私とチワを守りながら戦うのは大変でしょう」
「いえ、お嬢様。実戦といっても、闘技の相手はゴーレムです。それでも戦場の雰囲気に慣れるには十分ですし、ゴーレムならば私ひとりでも問題ありません」
「ゴーレムですか……。そうですね、それなら……」
ゴーレムとは、トゥルノワの進行を盛り上げるため、管理委員会が配置するモンスターで、倒せば強さに応じたボーナスが得られる。
倒すこと自体は難しくはない。カナンとリヨールの2人だけでも勝てる相手だ。
カナンが懸念しているのは、勝敗の行方ではなく、戦場に投入することで智環が受ける心理的な影響であった。
実戦では不測の事態が起こりうる。能力も使いこなせないうちから戦場に投入した結果、力の制御を学ぶより先に、戦場に対して過剰な恐怖心を持たれるようなことがあっては困るのだ。
戦場に慣れさせるというリヨールの発想は、兵士の鍛錬としては有効だろうが、それが果たして一般人、それも戦いとは無縁のリモシーの少女に適用してよいものだろうか。
休憩スペースへやって来たカナンが、何やら考えこんでいることに暁雄が気づいた。
「どうかしたのか?」
「いえ、たいしたことではありません。次の闘技兵について話していたのです。チームのバランスを考えると、前衛が欲しいところなのですが……」
「ヴァンガード?」
「チーム内で攻撃を担当する者のことだ。敵陣に攻めこんだり、反対に攻めてきた敵の迎撃を請け負う。チワのように索敵を担当する者や後方から敵を狙する者などは後衛と呼んでいる」
説明されれば何のことはない。RPGにありがちな区分で、暁雄にもすぐ飲みこめた。
「なるほど前衛に、後衛ね。それって、どういう人が向いてるとかってあるのか?」
「なんとも言えません。闘技兵としての能力は、本人の性格や身体能力、特技なども反映されますから。ただ、どちらかといえば、騎士や傭兵のように普段から戦い慣れた者のほうが前衛向きの能力を持つ傾向にありますね」
「戦いに慣れてる人間、か……」
暁雄は両腕を胸の前で組み、天井を見上げながら考えこむ。
「となると、文化部より運動部のほうが確率高のか? それよか武道系の班活に絞ったほうが……。剣道班とか柔道班、弓道に、あとは……あっ!」
「ど、どうかしたの?」
「なんだ? 心当たりでもあるのか?」
意図せず強めに飛び出した暁雄の声に、智環が腰を浮かせて驚き、リヨールが怪訝そうな目を向ける。
「あー……、うん、あった。ケッコウな武闘派で、おまけにこういう話が好きそうなヤツ」
「どなたですか? アキオの知り合いですか?」
最高級の金糸細工を思わせる艷やかな髪を細指に絡ませながら、カナンが興味深そうに問う。
「知り合いってより、幼なじみだな。最近はあんまり付き合いもないけど。明日、紹介するよ」
これほど身近な人間を忘れていたのは、なんともマヌケな話だが、あるいは心のどこかで考えないようにしていたのかもしれない。
その幼なじみは、暁雄のトラウマを知る数少ない人物のひとりであった。




