その4 約束破りはダメ絶対
カナンとリヨールは、杉山智環にすべてを語って聞かせた。
自分たちがクァ・ヴァルトという世界から来た魔法使いであること。
この世界に来たのはトゥルノワというゲームに参加するためであること。
闘技に必要な闘技兵を探していること。
そして、他のプレイヤーを探すために学校へ潜入していたこと。
「ゲームの進行にとらわれるあまり、よく確認もせぬまま魔法を使い、貴方まで巻きこんでしまったことは、本当に申し訳なく思っています。重ねてお詫びいたします」
これでようやく暁雄にも合点がいった。
カナンたちは、杉山智環に魔法をかけてしまったことに罪悪感を抱いていたのだ。
(にしても、俺のときとはえらい違いだな)
これは不満というわけではなく、純粋な驚きだった。
(それだけ、あっちの世界では、魔法をかけることがタブー視されてるのかな?)
ちなみに、暁雄にかけられた制約は、カナンが自ら秘密を明かした相手には無効になるようだ。
その暁雄も説明に加わったことで、杉山智環もおおよその状況を把握できた。
「あの、そんなに謝っていただかなくて大丈夫です。私、気にしてませんので……。私も同じようなコトしてましたし……」
最後の方はボソボソ声のため、聞こえたのは隣に座る暁雄くらいで、向かいに座るカナンたちの耳には届かなかった。
「それで、お話というのは、私に、そのア、闘技兵? になれ、ということですか?」
「いえ、無理強いするつもりはありません。協力していただければ」
恐る恐るたずねる杉山智環に、カナンは穏やかな微笑を浮かべて応じた。
「そうですか、よかった……。私、運動はあまり得意じゃなくて、そういうのはちょっと……」
カナンに微笑みかけられたためか、安堵する杉山智環の顔は、わずかに赤らんでいた。
「それと、これもお願いなのですが、よろしければ私の友人になっていただけませんか?」
「え? わ、私がですか?」
「はい。こちらの世界の魔法について、いろいろお聞きしたいことがありますし、これからは同じ教室で学ぶのですから。……お嫌ですか?」
「いえっ、そんなコトないですっ。光栄ですっ。私でよろしければっ」
「よかった。では、私のことは伽那と呼んでくださいね。私も智環とお呼びしますので」
「えぇ? は、はいっ」
「リヨールのこともよろしくお願いいたしますね。私の大切な友人ですので」
「お嬢様……」
「は、はい。あのリヨールさん、よろしくお願いいたしますっ」
「こちらこそ。私のことも、どうか良とお呼びください」
和気あいあいなムードのなか、とんとん拍子に話がまとまっていく。
(どうやら危ないコトは無さそうだな。女の子同士、うまく気が合いそうだし。ん? この場合、魔法使い同士か? いや、いっそ、魔女っ子同士?)
カナンとリヨールが何かしでかしはしないかと、密かに緊張していた暁雄もほっと一安心する。
ただ、3人が仲良くなるのは良いのだが、ひとつ心残りがあった。言うべきかどうか悩んだが、やはり好奇心には勝てない。
「あのさ、いちおう闘技値だけでも確認させてもらえば?」
誰のかは言うまでもない。カナンが小首をかしげる。
「なぜです? チワにその気はないのですから必要ないでしょう?」
「そうだけど、ほら、念のためっていうか。結局、今日の闘技兵探しは収穫ゼロだったんだし」
いちおう理論武装してはいるものの、あくまで暁雄の個人的興味なので言葉に勢いがない。カナンも智環も乗り気ではないため、「やっぱダメか」と暁雄も説得を諦めかけた。
ところが、意外なところから援軍があった。
「カナ、私もアキオの意見に賛成です。万が一のことを考えて、仲間の能力を把握しておくのは悪いことではありません」
「ですがリョウ、チワは嫌がっているのですよ?」
「もちろんチワの許しがあればの話です。ただ、これは我々だけでなく、チワのためにもなることです」
「私の?」
「そうです。我々と行動を共にしている限り、いつゲームに巻きこまれるか分かりません。万が一、そのようなことが起きたとき、チワの能力が分かっていれば、より具体的な対応策が講じれます。それに中央へ報告するのであれば、いずれ詳細なデータの提示を求められるはずです」
「それは、そうかも知れませんが……」
中央からの要請は十分にありえる話であり、実現すればカナンがこれを拒否することはできない。
「大友君も、調べてもらったの?」
「あー……、うん、まぁ……」
不安そうな智環に問われ、暁雄は返事に詰まった。
経験者の立場から少女の不安を解消してあげたいが、計測の結果を聞かれたらどうしよう。そのためらいが暁雄の口を重くさせた。
「アキオは自分から立候補してくれました。まだ返事は保留されていますが、こうして闘技兵探しを手伝ってもらっています」
言葉を濁す暁雄に救いの船を出したのは、またしてもリヨールだった。
「そうなんだ。それなら……、調べてもらうくらいなら……」
「よろしいのですか? チワ、ありがとうございますっ」
歓喜したカナンは、智環の両手をとると、胸の前で抱きかかえる。
「!? い、いえ……っ、そんな……っ。お、大げさですっ」
カナンに手を握りしめられた智環の顔は、今度こそはっきりと真っ赤になっていた。
闘技値の計測方法は、暁雄が受けたときと変わらない。
カナンと智環が隣同士の椅子に座り、席を開けた暁雄は智環の後ろへ、リヨールはカナンの側へ移動する。
カナンの差し出した右手に、智環の手が重ね合わせられると、闘技値の計測映像が空中に浮かび上がる。
カナンとリヨールが感嘆の吐息を漏らしたのは、計測が終了してまもなくのことであった。
「闘技値4170! チワ、貴方は素晴らしい能力の持ち主です!」
「御覧ください、ポシビリティも800を越えていますっ」
「うわ、マジかぁ。すごいじゃん、杉山さん!」
「え? え?」
数値の意味が分からない智環は、三人から浴びせられる称賛にも戸惑うばかりだ。
「杉山さんの闘技値4000って、メチャクチャ高い数値なんだよ。今日調べたセンパイたち、みんな大会で結果を出してる人たちだったけど、その人たちでさえ1000前後だったんだ。4000超えって、この世界では英雄か、英雄候補クラスらしいよ?」
「え、英雄ぅ? そんなっ……、それじゃ、きっと何かの間違いだよ……っ」
「間違いなどではありません。貴方には闘技兵としての資質がある。その力、ぜひお嬢様のためにお貸しいただけませんか?」
「リョウ!?」
リヨールの発言は、智環だけでなく、主人であるカナンをも驚かせた。
「え? あ、でも……、私……」
「戦いを恐れる気持ちは分かります。当然のことです。ことに闘技の迫真性は実戦と変わりませんから、不慣れな方はその恐怖に耐え切れないでしょう。ですが、そこをあえてお願いいたします。それほどに貴方の力は大きいのです。代わりにお約束します。貴方とお嬢様のことは、私がこの身にかえてお守りすると」
「あ、あの……」
「リヨール、おやめなさい。チワを困らせてはなりません」
「ですが、お嬢様……」
このときカナンの心境は複雑であった。
生真面目な性格のリヨールが、ここまで執拗な真似をするのは、主君である自分のためであり、その心遣いを嬉しく感じている。
けれども、いくら予想外の結果が出たからといって、一度交わした約束を反故にすることはカナンの信条に反するし、それでは智環の信頼も得られない。
リヨールの気配りに感謝しつつも、あえて厳しい態度を示さねばならなかった。
「約束を違えることは許しません。闘技値の計測は、チワが私たちを信頼し委ねてくれたもの。その善意につけこむような真似をして、私に恥をかかせる気ですか?」
「はっ、申し訳ありません」
カナンがリヨールを理解するように、リヨールもまたカナンの真意を汲みとっていた。
この先、不利になることを承知のうえで主人が決断したとあれば、彼女も引き下がるしかない。
「あのさ、試しに一度やってみてもいいんじゃない?」
三対の視線が一斉に暁雄へ向けられる。




