その3 マリーシアかよ
「!? ……な、なんで? 俺の、頭の中を覗いたのか? いつ!?」
暁雄は無意識のうちに数歩後ずさりしていた。
「貴方が自分で言ったのですよ。昨日、私たちが魔法使いだと知ったとき、『君たちも』と」
「その一言で、この地に我々以外の魔法使いがいることを確信した」
「もともと私たちがこの地へ来たのは、魔力の発動を感知したからです。おおよその位置しかつかめなかったので、密かに調査を進めていたのですが、昨日、闘技兵を発見しました」
「だが、闘技を仕掛けてもプレイヤーは出てこなかった。まぁ、慎重なプレイヤーにはありがちだから、予想できたことだがな」
「そんなとき、貴方が現れ、魔法使いの存在を示唆した。私たちとしては、貴方が、他のプレイヤーに関する何らかの情報を持っているとみています」
「そ、そんなコト言ったっけ? 言ったとしても、ただの言い間違いだよ。そんなのよくあるだろ」
「ほう、まだ白を切るつもりか?」
リヨールが一歩前に進み出た。声のトーンが一段低くなり、剣呑な空気が暁雄の心肺を圧迫する。
「い、いいのか? 虐待は禁じられているんだろ?」
「他プレイヤーに関する情報収集は正当な行為であり、闘技兵に志願したお前は、すでにゲームの関係者だ。多少締め上げたところで問題はない」
「ちょっ、ズルい!」
「保留とはいえ、闘技兵を希望してくれた者に、強引な方法をとりたくありません。素直に教えていただけませんか?」
初歩的な飴と鞭だが、頼みの綱を断たれた暁雄には効果的であった。理不尽なほど絶体絶命な状況で、差し伸べられた手をはねのけられるほどタフな高校生などいない。
「か、彼女はこっちの世界の魔法使いだ。アンタたちとは関係ないぞ」
「彼女、つまり女性ですか」
「う……」
「その『彼女』がこの世界の人間だとなぜ分かるのです?」
「え?」
「その人物と知り合ってから、まだそれほど経っていないはず。『彼女』が貴方にどんな話をしたかは分かりませんが、それを信じるに足る証拠を見せられたのですか?」
「え……、いや……」
カナンの言葉は暁雄の盲点をついていた。
確かに杉山智環と知り合ったのはつい最近のことで、彼女のことについては何も知らない。
どこの中学の出身かも知らないし、彼女には親しそうな友人もいない。
考えれば考えるほど、クァ・ヴァルト人の条件に当てはまる。だが。
(けど、なんで俺を騙す? どんなメリットがある? 班室のことがバレたからか? そんなの記憶を消せばすむじゃないか!)
暁雄には、どうしても信じられない。
まだそれほど親しい間柄ではない。言葉を交わすようになったのは、ほんの2日前のことだ。
それでも、たがいの悩みを打ち明けあった仲であり、あのときの言葉に嘘があったとは思えないし、思いたくない。
「クァ・ヴァルトの者であれば、こちらの人間になりすますことくらい簡単なことです。貴方はその人物のことをどれだけ知っているのです? 記憶を操る類の魔法を受けた痕跡はありませんでしたが、騙す方法ならいくらでもあるのですよ?」
「……そんなの、いつ調べたんだ?」
「お前が気絶していたときだ。そのくらいの用心は当然だろう」
カナンとリヨールは、どうあっても謎の魔法使いを探しだすつもりでいる。それを止めることは暁雄にはできない。
(くそ、ほんと何もできないな、俺って……)
しかしへこんでる暇はない。いかに無力とはいえ、確認しておかねばならないことがある。
「彼女が、本当にこっちの世界の魔法使いだったらどうするんだ?」
「リモシーに魔法が存在するとしたら大発見ですね。中央がどう判断するかは分かりませんが、私個人としては友好な関係を築ければいいなと思います。このような荒んだ環境で、魔法技術がどのように発展したのか興味がありますし、こちらの方々にも私たちの魔法技術を知ってもらいたい。可能ならばクァ・ヴァルトへの移住を勧めたいですね。間違いなく本人たちのためになるでしょう」
「乱暴な真似はしないんだな?」
「少なくとも私たちにそのような意志はありません」
「……分かった。彼女のいるトコに案内するよ」
何の保証もない言葉だが、今は信じることしかない。仮に嘘だった場合のことを考えれば、ここで無駄に抵抗して魔法で操られるわけにはいかなかった。
カナンとリヨールが周囲の変化に気づいたのは、階段ホールを抜けて4階のフロアに出たときであった。
「! おじょ、いえ、カナ、結界が張られています」
「ええ。人を遠ざける魔法ですね。それもかなり古い」
「分かるのか?」
2人の前を行く暁雄が肩越しに尋ねる。
「これだけ魔力が集まっていればな。イエ……、魔力を持たない者には有効だが、我々には逆効果だ」
「そういえばこの結界、俺にも効果が無いらしいんだけど、なんか理由分かる?」
「なに? お前は、魔力を感じ取れるのか?」
「いや、そうじゃなくて、逆に何も感じないっていうか。フツー、結界の影響を受けると、この先へ進めないんだろ? けど俺は大丈夫なんだよ」
「なるほど、それは興味深いですね」
そう言って考えこむカナンは、しなやかな右手人差し指を軽く曲げ、艶のある唇に触れさせている。
こういうときの仕草は、どこの世界でも共通なのだろうか、と、暁雄はやや場違いな感想を抱いた。
「アキオが闘技に紛れこんだことと関係があるかもしれません。のちほど管理委員会に報告しておきましょう」
カナンがそう結論づけたときには、すでに目的の部屋の前に来ていた。
扉の装飾を目にした2人は、すぐにその用途を察したようだ。
「結界を固定する魔法陣ですね。これは、ザタ・ン秘術の系譜でしょうか?」
「おそらくは。自然物を利用する結界はザタ・ンの特徴ですからね。ただ、このような配置は見たことがありません」
「これらが増量の浴槽だとすると、組み合わせにも意味がありそうですね。どれも見覚えのない品種ばかりですが……。羽があるということは……、ああ、やはり枝葉の下に石の細片が見えます」
「ソウラ効果を意図するのであれば、経絡には金羊毛か浮魚鱗を使うはずですが……。その代用ということでしょうか? やはりクァ・ヴァルトの技術とはかなり異なるようですね」
意見を交わしながら食い入るように眺め回す姿は、まるで貴重な名画を発見した好事家のようだ。
2人が十分に満足したところで、扉をノックし中へ入った。
「あ、大友くん、いらっしゃい。……え? 白石さんと野田さん? どうやってここに?」
杉山智環は、暁雄の後に続いて部屋へ入ってきたカナンとリヨールを見て目を丸くする。
「あのね、杉山さん、この2人が杉山さんに話があるんだって」
「え? なに? 話って」
「ごめん、俺からは説明できないんだ。まずは2人の話を聞いてあげてくれない?」
カナンたちの正体に触れようとすると、制約の魔法によって暁雄の記憶が飛んでしまう。慎重に言葉を選ぶが、曖昧な表現にならざるを得ず、どうにも怪しい口ぶりになってしまう。
暁雄が杉山智環を説得している間、その後ろではカナンとリヨールが小声でうなづき合う。
「扉の結界は彼女の魔力と連動している。どうやら、アキオが正しかったようですね」
「はい、驚きました。まさか、リモシーに魔法使いがいたとは……!」
なんとか杉山智環が落ち着いたところで、暁雄は脇へよけて、カナンたちに場所を開けた。
このとき、さりげなく杉山智環のそばへ移動したのは、なにかあったときに彼女をかばうためだ。魔法の前では無力だと分かっていても、そのくらいの責任は負いたかった。
暁雄と入れ替わりに杉山智環の前に立ったカナンは、戸惑う杉山智環に微笑みかけると、空中に文字を描くように右手の人差し指を振った。
「え? ええっ!?」
唐突に変身を解いたカナンを見て、杉山智環が驚きの声をあげる。カナンの背後では、リヨールも正体を露わしている。
「白石さん……! それに野田さんも! ……あれ? え? しら、いし……? だれ……?」
カナンたちが正体を表すと同時に、杉山智環の中では、クラスメイトだった2人の記憶が消えていた。
「? どうした? 杉山さん? ……おい、何をしたんだ!?」
「心配はいりません。ズレていた認識を元に戻したことで、記憶が混濁しているだけです。すぐによくなります」
その言葉通り、杉山智環の混乱は間もなくして収まった。正常な記憶を取り戻したことは、カナンたちに向けられる、不信と不安のないまぜになった目を見れば明らかだ。
「杉山智環さん、不躾な真似をいたしましたこと、深くお詫びいたします」
暁雄の背に隠れるように立つ杉山智環に、カナンは粛然と頭を垂れた。
「そして、改めてご挨拶させていただきます。私は、デルフィナス皇国、アイヴァン・シュライセン男爵が嫡子カナン・シュライセン。こちらは侍女のリヨールです」
「リヨール・ノーダンと申します。以後、お見知りおきください」
リヨールも主人に倣い、こちらは凛然とした雰囲気のまま丁重に頭を下げる。
「お、大友くん……。あの、これ、どういうことなの……?」
突然の謝罪に戸惑う杉山智環は、暁雄に事情を尋ねるが、問われた暁雄にも訳がわからない。
謝罪の理由も分からないが、それ以上に、昨日、あれだけ自分たちの非を認めなかった2人が、一転してしおらしい態度を見せていることに、ただただ驚くばかりであった。




