その2 総当りは無駄の極み
こういうとき、暁雄には頼りになる友人がいた。2限目が終わると、さっそくその友人、旗野台の席へ移動した。
「なぁ、この学校の有名人って誰かな?」
年の近い兄弟がいるウテナは、人好きのする性格なこともあって交友関係が広く、上級生や下級生にも顔が利く。おかげで名物教師や生徒の恋愛ネタなど校内の噂話に通じているのだ。
「有名? どんな系で? 人気ってことなら、3年の下神先輩と2年の南先輩が2トップだけど?」
「んー、そういうのもありだし、他のスペック的なことでもいいんだけど……」
「? ずいぶん曖昧だな。ならガッコのホームページは? 生徒の活動報告で、何かの賞をとった人とか分かるけど、それじゃダメなん? 玄関ホールには賞状やトロフィーも飾ってるし」
「それだっ。サンキュー!」
暁雄は、さっそく玄関ホールへ行き、陳列されたトロフィーや賞状のチェックを始めた。
思っていたより数が多く、その中から在校生を選び出すだけでも大変だったが、休み時間をフルに使って、何とか放課後までに十数人のリストアップを終えた。
ちょっと悩んだのが野球やサッカーなどの団体競技だ。個人競技と違って、MVPでも獲ってない限り、選手個人の成績や活躍までは分からない。
詳しく調べる時間が無かったので、ひとまず代表として班長を候補リストに挙げることにした。
「大友くん、なんか大変そうだね? 手伝おうか?」
「あ、うん、いや大丈夫っ、もう終わるから。ありがとうっ」
昼休みも忙しそうに作業する暁雄を心配し、杉山智環が手伝いを申し出てくれたが、うまくごまかして断った。
申し出はありがたいが、彼女がカナン・シュライセンたちと関わる可能性は少しでも減らしておきたい。
「お話というのはなんでしょう」
放課後、暁雄が、前と同じ階段の踊り場で待っていると、カナン・シュライセンたちがやって来た。帰りのHRが始まる前に伝えておいたのだ。
「実績のある生徒たちのリストを作った。これで全員ってわけじゃないけど」
「まぁ、それはありがとうございます」
リストを受け取ったカナン・シュライセンは、リストアップされた生徒の数を見て感心した。
「わずか半日でこんなに。大変だったのではありませんか?」
「いや、それは、べつに。まだ名前だけで、顔までは分からないしっ」
「それは問題ない。所属と名前が分かれば、直接出向くだけだからな。では、どこから参りましょうか、お嬢様」
数秒の沈黙が続いた。
違和感を覚えたリヨール・ノーダンがリストから目を上げて主人を見やると、カナン・シュライセンは口を閉ざしてそっぽを向いていた。
「……お嬢様? どうされました?」
再度問われてもカナン・シュライセンは顔をそむけている。
暁雄が見たところ、少女は機嫌を損ねているようだ。かすかに頬を膨らませて口をつぐんでいる。端麗な顔立ちだけに、そんな不機嫌な表情さえも可愛らしい。
だが、なぜ急に不機嫌になったのかが分からない。それはリヨール・ノーダンも同じらしかった。
「お、お嬢様? いったいどうされたのですか?」
再三の問いかけに、カナン・シュライセンはようやく重い口を開いた。
「リョウ、外では学友として振る舞いなさいと言ったでしょう」
じつは、この武蔵大附属高へ潜入するにあたって、2人は取り決めを交わしていたのだ。
いつ、どこで、他のプレイヤーの目が光っているか分からない。敵の目を欺くためには、魔法で姿を変えただけでは不十分で、言葉遣いや態度も改めねばならない、と。
「! 申し訳ありません!」
「……」
「わ、悪かった……カナ」
「それでよいのです。それとアキオ」
リヨール・ノーダンの狼狽ぶりを面白そうに眺めていた暁雄は、いきなり水を向けられてギョッとなる。
「は、はい?」
「貴方もこれからは私をカナと呼びなさい。私もそうしますので」
「え?」
「何か不都合でも?」
「いやぁ……、下の名前で呼ぶのって、ちょっとハードルが高いというか……」
「ハードル?」
「あー、えっと、あんまり慣れてないもんで……」
「では慣れてください」
「……はい」
少女の口調から妥協の余地がないと分かり、暁雄は抵抗を諦めた。
その後、3人は、闘技兵をスカウトするため、暁雄のリストをもとに校内を巡回した。スカウトは、おおよそ以下のような手順で行われた。
①候補者に話しがあるともちかけ、ひとりになったところで結界を張る。
②候補者を催眠状態にし、闘技値を計測する。
③カナンたちが置かれている状況について魔法で理解させる。
④闘技について魔法で理解させる。
⑤闘技兵になる意志の有無を確認する。
「はい」なら即契約。
「いいえ」なら記憶を消去。
「保留」なら契約書を渡したうえ、制約の魔法をかける。
魔法のおかげで同じ説明を繰り返す手間が省けるのは大きいが、それでも移動を含めると1人あたり10~20分ほどの時間がかかるため、最初の1時間でコンタクトできたのは4人だけであった。
●1人目 男子A (3年生/野球班班長/闘技値:1,210)
「班活に専念したいという理由で拒否」
●2人目 男子B (2年生/剣道班/闘技値:1,350)
「同上」
●3人目 女子C (2年生/美術班/闘技値:1,110)
「同上」
●4人目 女子D (2年生/茶道班/闘技値:980)
「人と争うのは苦手なため拒否」
結果は全員空振り。最初からすべて上手くいくとは暁雄も思っていなかったが、さすがに全員に断られるのは予想外だった。
(1人か2人は保留すると思ったんだけどなぁ……)
単純なルーチンワークとはいえ、1時間を費やしてまったく成果無しでは徒労感を覚えずにはいられない。
そばで見ているだけの自分でさえそうなのだから、当事者であるカナンたちはもっと応えているだろう、そう暁雄は思った。ところが、
「次は誰にしましょうか?」
「この料理班はいか、……料理班はどうだろう? 活動場所も近いようだ」
「そうですね。そうしましょうか」
カナンもリヨールも、まるで平気な様子で次の候補者を選びにかかっている。
「? どうしましたアキオ」
「いや、2人ともへこんで無いのかなぁって」
「へこむ? 何がです?」
「あー、『疲れたり落ちこんだりしないの?』ってこと。こんだけ断られてるのに」
「闘技兵の勧誘は上手くいくことのほうが珍しい。たった4人に断られたくらいで泣き言をいっていられるか」
リヨールは、不思議な物を見るような目で暁雄を見返す。
「いや、それはそうかもしれんけどさ、1時間を無駄にしたわけじゃん?」
「あの4人の意志は確認できたし、闘技値も分かった。なにが無駄なんだ?」
「闘技兵になってくれなかったんだから、無駄だろ? 他の奴に聞けばよかったじゃん」
「? 仮に他の者を選んでいたら、その後にあの4人に話を聞くだけだろう。順番が変わるだけではないか」
「そうだけど、そうじゃないって言うか。……まぁ、いいよ、へこんでないなら」
何事も効率重視な暁雄にとって、結果の伴わない行為は時間の浪費でしかないのだが、この2人とっては違うようだ。
前向きなのか楽観的なのか知らないが、暁雄とは考え方が違うのだろう。ならば説明するだけ無駄なわけで、暁雄は会話を打ち切った。
「? ハッキリせぬやつだ。だいたいこれだけ楽ができて疲れる理由などなかろう」
「普通は、話を聞いてもらうだけで一苦労ですからね」
カナンたちによれば、クァ・ヴァルトでは、交渉の場で魔法を使うなどありえないのだという。
魔法が当たり前に存在する世界では、魔法に対する警戒心が強い。よほど信頼できる相手でもない限り、他人の魔法を安々と受け入れるような真似はしない。
「へぇ……。まぁ、言われてみればそうだよな。じゃあ、魔法で手間が省けるぶんマシってことか」
「そういうことです。ところでアキオ」
暁雄を見つめるカナンの瞳は、まるで心の奥底まで見通すかのように澄み切っていた。
「時間が気になるのでしたら、そろそろ貴方の知っている魔法使いについて教えていただけませんか?」




