その1 転校イベントさえも無し
「思い出すことはできるんだけどなぁ……」
いつもより少し早めに登校した暁雄は、机につっぷしながらぼやいた。
昨日、暁雄は、家に戻ったあと放課後の出来事を他人に伝える方法について、いろいろ試してみたがすべて失敗に終わった。
ノートにメモしてみたり、パソコンでテキストを打ってみたり、録音してみたりもしたが、どうしても直前で記憶が飛んでしまう。
(まぁ、あの2人に付き合うだけなら、このままでもいいんだよな)
抵抗を諦めてしまえば、これといって不都合は無い。割り切るのもいいだろう。
「おはようございます、大友くん」
「え?」
聞き覚えのある声に顔を上げた暁雄は、相手の顔を見た瞬間、椅子から転げ落ちそうになった。
「え、お前、なに? どうして?」
肩のあたりで切りそろえられた黒髪に、黄金率のように整った美貌。まぎれもなく、昨日、暁雄が駅前で出会った少女、すなわちカナン・シュライセンの変身した姿であった。
その隣には、カナン・シュライセンより頭ひとつほど背の高い少女が付き従っている。その容貌にも見覚えがある。
髪の毛の色が黒く、長さも異なっているが、リヨール・ノーダンに違いない。
2人は、暁雄の疑問に答えることなく、自然な足取りで窓際の列に移動し席についた。
(何してんだアイツら? 変装したくらいで紛れこめるわけないだろ!)
すぐに周りの生徒にバレて騒ぎになる。
そう暁雄は思ったが、不思議なことに、何分経っても騒ぎ立てる者がいない。
それどころか2人は普通にクラスに馴染んでいた。周りの生徒たちと挨拶を交わし、雑談をしている。
(どうしたんだ? まさか、まだクラスメイトの顔を覚えてない? いやそんなハズないよな? 第一、あの席の生徒が来たらすぐに分かることだし……)
「大友くん、おはよう」
「あ? ああ、杉山さん、おはよう……」
「? どうかしたの?」
「え、ああ、うん……。ほら、あの2人がさ、誰かなって。なんか、別のクラスの子がいるみたいで……」
「2人?」
「そう。あの窓際にいる女子2人」
「もしかして、白石さんと野田さんのこと?」
「知ってるの!?」
「え? それは、だって、クラスメイトだし……。話したことは無いけど」
「クラスメイト!?」
驚いたことに、杉山智環の中では、カナン・シュライセンたちは入学初日からこのクラスにいたことになっているようだ。だが、そんなはずはない。
(記憶を変えられている? 洗脳か?)
それしか考えられない。昨日は「使うつもりはない」などと殊勝なことを言っていたが、異世界人の言うことなんて信用できるわけがない。
(何のつもりだ? 俺を監視するためか?)
考えこむ暁雄を、杉山智環が不思議そうに見やる。
「あの2人がどうかしたの?」
「杉山さん、あの2人には、なるべく近づかないほうがいい」
「え? どうしたの急に」
「ごめん、理由は話せないんだ。けど、お願いだからそうして?」
「う、うん……。分かった……」
杉山智環は、暁雄のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、2人に関わらないと約束し席へついた。
しばらくして朝のHRが始まったが、案の定、担任もカナン・シュライセンたちについて何も言わない。
(アイツらは、この世界にも魔法使いがいることを知らない。もし知ったらどうする? アイツらにとって、よその世界の魔法使いって仲間なのか? それとも敵扱い? それが分からないうちは、杉山さんのコトは隠しておいたほうがいいよな)
侵略行為を否定していたが、それだって何の確証もない。魔法使いの存在を知ったら、あっさり撤回するかもしれない。
(にしても『白石』に『野田』だって? ずいぶん安直な偽名だな)
1限目の授業の間、暁雄は2人を観察していたが、とくに変わった様子は見られなかった。異様なほどに馴染んでいる。
カナン・シュライセンたちが行動を起こしたのは、休み時間に入ってからだった。
2人が教室を出て行くのを見て、暁雄もすぐに後を追った。こっそり尾行して、彼女たちの目的を探るつもりだった。
ところが、2人に続いて階段ホールに入った直後、暁雄は失敗を悟った。先行していた2人が、下の踊り場で暁雄を待ち構えていたのだ。
「どうぞこちらへ。結界を張りましたので、周りには声が届きませんよ」
カナン・シュライセンに微笑みかけられ、暁雄は、最初からバレバレだったのだと察した。やはり場数が違いすぎる。
こうなると暁雄としては、開き直って直球で攻めるしかない。
「何のつもりだ? みんなを洗脳してまで、学校に潜入してくるなんて」
「洗脳などしていませんよ。初対面の記憶だけ1週間ほどずらしているだけです」
暁雄としては、洗脳とどう違うのか問い質したいところだが、聞いても無駄な気がしてやめた。
「潜入した目的は、いくつかありまして、ひとつはスカウトです。優秀な人がいたら、ぜひ闘技兵に勧誘したいと思いまして」
「それでなんで高校へ来るんだよ。戦える人間を探しているなら、警察とか防衛軍にでも行ったほうがいいぞ。ここにいるのは平凡な学生だけだ」
「その手の人間とは、とっくに接触している。お嬢様の話を聞いていなかったのか? 条件が合わなかった、とおっしゃっていたろう」
リヨール・ノーダンが肩をすくめる。
「子供ばかりの施設を選んだのは、これまでに集めた闘技値の統計を検証した結果、面白いことが分かったからです。どうやらリモシー人は、私たちに比べて、ポシビリティの数値が伸びやすい傾向にあるようなんです」
「もちろん例外はあるがな」
リヨール・ノーダンが暁雄に意味ありげな視線を向ける。暁雄はその意味を察したが、言い返しても無駄だと思い無視を決めこむ。
「昨日も説明しましたが、闘技で最も重視されるのはポシビリティです。極端な言い方をすれば、闘技値が同じでも、ポシビリティが異なれば、闘技兵としての能力にも差が出ます。そしてこれが重要な点なのですが、一般に、ポシビリティは、未成年時にピークを迎え、成年後は緩やかに減退していきます。以上の点から、このコウコウという施設は、闘技兵探しにうってつけなのです」
「ココで闘技兵を探す理由は分かったけど、わざわざ生徒になりすます必要はないんじゃないか?」
「そこは個人的な理由です。せっかく他の世界へ来たのですから、こちらの風俗や社会制度について学びたかったんです」
「ゲームの最中に? ずいぶんのん気だな。他のプレイヤーのコトとか気にならないのか?」
暁雄は、歴史SLGをやるときは、有能キャラの確保に躍起になるタイプなので、悠長に構えているカナン・シュライセンの態度が理解できない。
「もちろんゲームの勝敗が最優先です。今は戦力を整えている時期なので、やれることも限られているんですよ」
「そういうことなら、なおさら戦力確保に専念したほうがいいんじゃ……」
「そう思うなら、お前も闘技兵探しに手を貸せ」
口調はぶっきらぼうだが、リヨール・ノーダンから協力を求められたことに暁雄は驚いた。あるいは彼女も、暁雄と似たような心境なのかもしれない。
「俺が? なんで?」
「闘技兵になる気があるのなら、仲間との顔合わせにもなるだろう。べつに無理にとは言わない」
「手伝うって言ってもどうやって? 俺、アンタらのこと他人に話せないぞ?」
「優秀な者を教えてくれるだけで構いません。交渉は私たちで行いますから」
そういう話であれば暁雄にも理解できる。校内での情報収集という点では、確かに暁雄のほうが向いているかも知れない。
「……分かった。探しておく」
暁雄は少し考えてからそう答えた。
(こっちで候補を選べるなら、2人を杉山さんから遠ざけておける)
とはいえ問題もある。
2人の注意をそらすためにも、早いうちにダミーの人選をしないといけないわけだが、一言で優秀な者と言われても、漠然としすぎていて、どこから手をつけていいものやら、暁雄には思いつかなかった。




