その6
「……ホントにゲームだけが目的なのか? 何か隠しているんじゃないのか?」
「先ほども申し上げましたが、この場で嘘を言う意味がありません。そのようにお尋ねになる理由はなんでしょう?」
「いや、だって……、たかがゲームのために、よその世界に行くって、やっぱおかしいだろ……。あえてこの世界でやる理由があるんじゃないのか? ……た、例えば、優勝者がこの世界の支配者になる、とか……」
「そういうことでしたらご心配には及びません。私たちに侵略の意思はありません。ゲームが終了すれば、すみやかにクァ・ヴァルトへ帰還します」
カナン・シュライセンは暁雄の疑念を一蹴したが、それが余計に怪しく思えてならない。
「支配欲が無いってコトか? 仲間内で競争意識があるのに? ちょっと信じられないな……」
「ああ、これは言葉が足りませんでしたね」
少女は暁雄の指摘に動じず、それどころかより過激な表現で言い直した。
「私たちにとって、この世界は侵略する価値が無いのです」
「価値が、無い……?」
「ええ。マナに乏しいこの世界は天然資源に恵まれず、知識や技術も不要なものばかりです。多少価値がある物といえば芸術や工芸の類ですが――」
カナン・シュライセンは、おもむろに左腕をかたわらのテーブルに伸ばす。最高級の白磁器を思わせる美しい手から、さらさらと砂粒のようなものが舞い落ち、テーブルの上に金色の山を作っていく。
照明の光を反射してキラキラと輝く粒の正体は砂金であった。
「手に入れる方法はいくらでもあります」
中世の時代、数多の錬金術士たちが挑戦し、誰一人として達成できなかった黄金作成を、この少女は手慰みにやってのけている。
黄金を自由に作り出せるということは、この世界で金銭に不自由することはない。高層マンションの1フロアを買い取るくらいわけもないはずだ。
「付け加えて言えば、私たちは、この世界を発見者の名に因んで『リモシー』と呼んでいますが、これは数百ある発見例のひとつに過ぎません。それらの中には、私たちに有益と判断され統治下に組みこまれた世界もありますが、リモシーは68番目に発見された世界でありながら、これまで一切干渉することなく放置されてきました。いかにこの世界に対して関心が薄いかお分かりいただけると思います」
「はあ……、まぁ、そうですね……」
つい間の抜けた返事をしてしまったのは、話のスケールが大きすぎて現実味がないせいだ。だが、とりあえず、彼女たちがアンタッチャブルな人種だということはよく分かった。
理不尽な目にあったという被害者意識もあって強気に出ていたが、態度を改めたほうがよさそうだ。
数百の世界を監視下に置き、必要とあらば武力制圧して植民地にする異世界人の相手なんて、一介の高校生には荷が重すぎる。
(それこそ主人公サマの出番だわな。脇役Aごときの出る幕じゃない。どうせ外に出たら全部忘れるみたいだし、そろそろ切り上げて帰らせてもらおうかな)
軽く腰が引けて、現実逃避気味な思考になってしまう。しかしその一方で、未練がましい期待感から、最後にどうしても確認したいことが1つあった。
「あー……、それで、シュライセンさんの闘技兵って、今、何人くらいいるの?」
「まだリヨールだけです。声をかけた方は数名いたのですが、条件が合わず断られました」
「え? そうなの? 洗脳するんじゃないの?」
暁雄の問いかけに、カナン・シュライセンは微かに眉をひそめる。
「そういう者もいるというだけで、私はそこまでするつもりはありません。洗脳した闘技兵は、能力が半減してしまうという欠点もありますし」
「はぁ、そういうものですか……。あー、闘技兵を選ぶときの基準みたいなものってあるのかな?」
「最初の段階では、優秀な経歴や実績のある者を選びますが、決め手となるのは闘技値です。これは闘技に必要な能力を数値化したもので、例えば、私の闘技値は6,520、リヨールは8,740ですね」
「言うまでもないが、闘技値で分かるのは闘技の適性だけだ。その人物の人間性や本質が問われているわけではない。勘違いしないように」
「え? はぁ……? そうですね?」
念押しするリヨール・ノーダンの口調は、どこかムキになっているように思え、その理由が分からない暁雄は呆気に取られた。
そんな2人のやりとりを見てカナン・シュライセンがクスクスと笑う。
「リヨール、貴方は誰もが認める優秀な戦士で、その強さと気高さは私の理想とするところです。謙遜は不要ですよ」
「もったいないお言葉です」
主になだめられ恐縮するリヨール・ノーダンを見て、ようやく暁雄にも合点がいった。
要するに、リヨール・ノーダンは、自分の闘技値が高いことで、主人が侮られるのではと危惧し、事前に暁雄に釘を差したというわけだ。
堅苦しくもあり、微笑ましくもある話だ。
(フツーの主従関係とは違うのかもなぁ……)
この2人の間には、もっと深い結びつきがあるのかもしれない。暁雄は漠然とそんな印象を抱いた。
「リモシー人、つまりこの世界の住人の場合、闘技値の平均は650から750、1,500を越えるとかなり優秀な部類ですね。2,000を越える者は歴史に名を残す英雄、あるいは英雄になる資質を持った者でしょう」
(英雄で2,000!? じゃあ6,000超えてるコイツらは何なんだよ!?)
ゲーム上の数値とはいえ、そのゲームが実戦形式なのだから、数字の差は、2つの世界の戦力差につながると見てよい。
実際、リヨール・ノーダンは、先ほど暁雄の体を片腕で軽々と持ち上げていたが、この世界でそんな芸当のできる者がはたしてどれだけいるか。
(どこの戦闘民族だよ。そんだけ強ければ地球人なんて戦力にならねーだろ。M87星雲かクリプトン星にでも行けばいいだろうに)
「気が済んだか? では行くぞ」
「あ~、いや……、えっと……」
リヨール・ノーダンの催促に暁雄は口ごもった。
質問が無いわけではない。内容が内容だけに、言い出す決心がつかずにいるのだ。
できるだけ軽いノリで聞き出せるよう、話を持って来たつもりだったが、闘技値の話を聞いたせいで、また決心が揺らいでしまった。
しかしこれ以上は引き伸ばせそうにない。暁雄は覚悟を決めた。
「あ、あのー、俺は、どうかな?」
「? どう、とは?」
カナン・シュライセンに見つめられた暁雄は、居心地悪そうに視線をそらす。
「いや、その、俺の闘技値って分からないかなぁ、って……」
「闘技兵に立候補するということですか?」
「あ、いや、そこまでは……、っていうか、まぁ、数値次第では、協力してもいいかなって……」
本音を言えば、暁雄は闘技に関心があった。
もしここで話を終えてしまえば、マンションを出た時点で、この美少女たちや異世界のコトを忘れてしまう。暁雄が普段言ってるような平凡な人生を送るなら、それで何の問題もない。
(けど、それじゃ、もったい無いんだよなぁ)
杉山智環のときと同じだ。非日常の扉を目の前にしたら、どうしたってドアノブに手を掛けたくなる。
(なら、仲間になればいいワケだ。ゲームにつき合うだけだろ? ヨユーじゃん)
ケガの心配が無いというのも気楽でいい。
ただ、それを自分で言うのはちょっと違う。暁雄の美意識としては「頼まれたから仕方なく」という流れがもっとも望ましいのだ。
(自分で言って断られたらカッコ悪いし、辞めたくなったときに言い出しにくいしなぁ)
「何をブツブツ言ってるのだ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「いやぁ、えっと……、いちおう、先に、数値を教えて欲しいかなって」
「何か思うところがあるのですね。いいでしょう」
カナン・シュライセンは椅子から立ち上がると、優雅な足取りで暁雄の前に立った。
「手のひらを見えようにして、右手を出しなさい」
暁雄が言われるがまま従うと、その差し出した右手にカナン・シュライセンの右手が重なる。
「え!? あ、あれ?」
「そのままに……。すぐに計測が完了します」
驚いて手を引っ込めようとした暁雄を、カナン・シュライセンが静かな声で制止する。
少女の顔のすぐ横には、大学ノートほどの大きさの映像が現れていた。どうやら計測中の暁雄の身体能力が一覧で表示されているようだ。
見たことのない文字のため内容は不明だが、一覧には十数の項目があり、それぞれ数字らしきものが回転している。
しばらくして、すべての項目が動きを止めると、カナン・シュライセンが計測の終了を告げた。




