その1
「おや、まだいましたか」
声の主を初めて目にしたとき、暁雄は、天使かと思った。
風に揺れる長い金髪、西洋風な奇妙な衣装、そして、背中ではためく白い翼。
彼女は、高さ5mほどの街灯の上に悠然と立っていた。
コスプレなんかではない。なぜなら、その<天使>は、街灯を軽やかに蹴りつけたかと思うと、まるで風に舞う花びらのように華麗に宙を移動し、暁雄の目の前に降り立ったからだ。
「えっと、あの……、どなた、ですか?」
胸の鼓動が早くなるのを感じた。
側に立たれて初めて分かったが、<天使>は、暁雄より頭一つほど背が高い。腕や脚は細く長く、そのくせ出るところは出ている完璧なプロポーション。世界トップレベルのモデルと言われても鵜呑みにするだろう。肌は雪のように白く、露出の激しい衣装のせいで、つい胸元や太ももに目がいってしまう。
「イェータに名乗る名はありません」
「イエ? は? なに?」
聞き覚えのない単語に、暁雄は戸惑いを覚えた。と同時に、ひとつだけ確信できたことがある。
この<天使>は自分を嫌悪している。
暁雄に向けられた眼差しは温もりに欠け、声も口調も冷えきっていた。
まるで氷水を浴びせられたような気分になり、興奮で沸騰していた脳みそが急速に冷やされていく。そこでようやく、暁雄は、彼女が右手に槍のようなものを持っていることに気づいた。
「では、ご機嫌よう」
「――!?」
<天使>は優雅な仕草で右腕を前に突き出した。
何をされたのか自覚するより先に、暁雄の左胸に熱い痛みが走る。直後、息がつまり、何かが喉元を逆流してきた。
「あら?」
<天使>が意外そうな声を上げる。
小首を傾げ無造作に槍を引き抜くと、その勢いに引っ張られる形で暁雄の体が前のめりに倒れる。胸に空いた穴から血が流れだし、身体の周囲に赤い水たまりが広がっていく。何か言おうにも口からも血が溢れだし、声を発することすらできない。
意識が溶けていくなか、暁雄が最後に耳にしたのは、別の誰かが叫ぶ声であった。
「……なさい、……リン! その方は……す!」
(……だ、れだ……っけ……)
――暁雄の意識は闇に落ちた。