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没落貴族と共に歩む異界の奴隷  作者: オリジン
始まりの夜明け
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専属奴隷

 

ーー夏


 マズイ......非常にマズイ。このままでは『また』お仕置きを受けてしまう。


 樹木にへばりつく『カナキリゼミ』の小うるさい鳴き声にイラつきを感じながら、緑生い茂る夏山の山道をかけ上がっていた。

 季節相応の気温とかんかんに照される日光で体に熱気が帯びている。体温調節の為に毛穴からどっさり放出される汗が着ている服にどっぷり染み込む。不快感が隠しきれない。だけどそんな些細なことはどうでもよかった。

 焦りと恐怖で踏ん張りが効かない足で野山を駆け巡る俺の脳裏には、遅れた時の『主』の嬉しそうな邪悪な笑顔がこびりついて離れない。万が一にも遅れれば今度はどんなお仕置きがまっているのか......考えただけでも震えが止まらない。


 ハルト 31歳 職業 『専属奴隷』


 俺がこの世界に来てもう10年が経とうとしていた。冬の寒さや仕置きの痛みに震えながら元の世界に帰ることを夢見ていた頃が懐かしく思える。

 今では帰ることではなく、如何にして上手く生きていくかを考えることしか頭になかった。立場的な問題と常に命の危機に瀕しているからだ。


「絶対に遅れることを望んでいるな主は......」


 屋敷で意気揚々に俺が間に合わなかった時のお仕置きを考えている主であるアリシア・テスタメント様の姿が用意に浮かぶ。どうせ屋敷の門の前で仁王立ちしながら待っているのだろう。間に合わなかったことを先ずは咎め、その後間髪いれずに笑顔でお仕置きを始める。


「ただし、思い通りにはさせないけどな」


 更にピッチを上げ山から山を越えていく。時速にして80km前後か? 時間にして2時間は走っているな。最近はこのペースでも息が上がらなくなってきたな良いことだ。


 この10年で俺は身体能力の底上げをした。魔法が使えず、生身に頼らざる得ない俺がこの世界で生きていく為には、限界以上に鍛え上げていくしかなかった。主に命の危険から身を護るために。

 その次は語学力。会話に困らなくなるようになるまでにこれも10年掛かった。会話による意志疎通は出来るようにはなったが如何せん読み書きは出来ないのが悩みだ。


「あの方は30を越えても容赦ないからな」


 決定的なのは俺の立場。『奴隷』であることに代わりはないが、『誰の奴隷』であるのかの位置付けがされた。そうなる前はテスタメント家の奴隷だったが、今はアリシア様の『専属奴隷』。基本的に全てアリシア様の意思。テスタメント家の為にならなくてもアリシア様の為になるのならば従わなければならない。そして当主であるユーリ様と伴侶のリューネ様の命よりもアリシア様の命の優先度が高く断ることもできる。

 尤も無理矢理にでも従わされるけど。専属奴隷にするにさしあたってアリシア様は俺の所有権をテスタメント家から買収。家族同士であってもそこのところは家族関係無しのようだ。テスタメント家が購入した金額の倍で俺をアリシア様は買ったのだ。


「あと5分......」


 山の山頂に辿り着いたところで、ようやく屋敷の敷地が見えてきた。一旦息を整える為にも徐々にスピードを落とし、完全に減速したところで足を止め、中腰の姿勢をとる。時速80kmから時速100kmぐらいにはなっていただろう。途中、目に入る周りの景色が高速道路を走る車の窓から覗く景色と同じになっていたからな。隣の街の市街地に出るまでに山を1つ越えないといけないとか怠すぎる。

 一息ついたとこれで再び敷地に向かって全速力で下山を開始。いきなりトップスピードを出したから足の筋肉が張るのを感じるが、なんとか吊るまではいかないだろう。

 登りは尾根を走ってきたが、帰りは時間短縮の為に崖を下っている。傾斜は30°ぐらい。一度落ちれば麓まで、一定のところまで真っ逆さま。

 そうならないように僅かな崖の岩肌の突起や木の枝を蹴りながらスピードと体制を崩さずに崖を下っていく。

 万が一体制を崩しても前回り受け身や四点着地をして極力体へのダメージを受け流す。これは暇潰しにやっていたパルクルーでの経験だ。それでもこんな速度で走っていたら受け身もクソもないかもしれない。

 体へのダメージも酷いが、主のお仕置きの方がそれよりも更なに悲惨な結果になる。肉体的にもそうだが、なんというか色々とくる。口では説明しづらい。


「あと一分か......厳しいな」


 崖を下り終えた俺は山の麓の平地を今日一番の速度で駆け出す。平地を通りすぎる時に道端の草花が通過の際の風圧で空中に舞い上がる。


「ここで前方に『かまいたち』かよ」


 目視でもはっきりと認識出来る規模の、球状の風の塊が平地のど真ん中に形成されている。かまいたちってのは名前の通りかまいたち現象が発生する場所のこと。

 かまいたちという呼び名も俺が勝手に分かりやすいように付けただけで、こっちの世界でのこの現象に正式な呼び名は無い。当たり前な自然現象であり、魔法が使えるこの世界の住人にとっては特に危険性が高いわけでもなく、昔からあるものらしく珍しくもないため誰も調べようとはしていないらしい。

 地球でのかまいたち現象と同じで、体に切り傷が出来るだけのこと。こっちでははっきりとした自然現象という理由で発生している。

 切れ味も低く、その気になれば子供でも体に魔力の『膜』を張って簡単に防げる。

 だけど俺は『魔力がなく』、『魔法も使えない』。この10年どれだけ頑張ってみても俺は魔法が使えなかった。それもそのはず、俺には魔力がそもそもない。

 これに関しては俺の勝手な憶測だが、元々俺はこの世界の人間ではない。この世界の人間が魔法を使うことが出来るのもゲームでお馴染みの魔力とかいう物質、概念があるからであって、それが通っていない俺が魔法を使うことが出来るはずがない。そんな都合よくこの世界の体質にあった体に作り直されるわけもなく、逆立ちしても俺には無理な話。


「だからこんなかまいたちでも、俺には脅威に為りうる」


 速度が速度だから急旋回による回避は無理。急ブレーキでスピードを緩めても、車と同じで一定の距離まで俺は止まれない。接触は致し方ないのだからこのまま突っ切る方が良い。

 脅威にこそなれど、俺はこのかまいたちに興味が引かれている。いつ、どのタイミングで、どうすれば発生するのかその全てが謎なこの自然現象。冒険家を目指していた端くれとしては知的好奇心をそそられる。今はそんな暇はないけど。


「わかっていても痛いな......」


 直径20m、高さ3mドームのかまいたちを越える頃には俺の露出されている皮膚は切り傷だらけで、傷口から鮮血が垂れていた。この程度なら傷も残らず直ぐに適当な処置をしなくても勝手に止血される。

 だが、事態は既に一刻を争っていた。胸中の懐中時計による時刻は予定の時刻まで秒読みとなっているからだ。


 今日このあとはもう走れなくなってもいいから今だけ限界を越える!


 そう意気込んで限界を迎えそうだった両足に更に負荷を掛ける。ランナーズハイで疲れを感じなくなってはいるが正直元に戻った後が怖い。

 

    ◆ ◆ ◆


「間に合え......!」


 見慣れた門の前には誰もいなかった。時計の秒針は間も無く正午を指す。規定の時間は正午ピッタリ。門まで10mを切った。これなら間に合う。


 多分だが第三者が俺の姿を見ればドン引きするだろう。全身に染み込んだ汗まみれの体と服。雑巾のように絞れば汗が止まることを知らないだろう。

 よろよろの足でびっこを引きながら走る様も見苦しい。実はもう足は限界を超えていて、見事に左足を吊ってしまった。吊るどころではないな。最悪肉離れかもしれない。

 目には写る視覚情報は門付近しかない。視野が完全に狭まっている。潜水するときの視野狭窄に近い状態だな。結構危険だ。

 水分も録に補給していないから脱水症状も出てる。冷静に考えれば倒れてそのままご臨終してもおかしくはない。鍛えているとかそんな問題ではなく、人間の生態機能として起こりうる当たり前のこと。そしてその未然防止を怠ってもいけない。それを知っておきながら何もしなかった俺。わかってもらいたいのはそれでもしなければならないことがあったのだ。


「セ、セーフ......」


 屋敷入り口の門まで辿り着いた俺は門の前で大の字になって寝転がる。もう走れない。


「ちっ、間に合ったのね」


 わざととしか言い様のないあからさまな音で舌打ち、声量で憎まれ口を平然と放つ幼少期よりも磨きの掛かった美貌、艶のある美しい銀色の長髪を靡かせた浮遊美少女、『アリシア・テスタメント様』がいつものように上空から歩いて来た。

 何度もスカートで上空を歩かないように進言しているのに一向に直そうとしない。丸見えになっているというのに。はぁ、眼福、眼福......今日は青ですか。


「仰せ......の物を......買って参り......ました」


 主を前にごろ寝する訳にもいかなく、動かない体に無理矢理命令して意気も絶え絶えになりながらも、膝つきの姿勢で左手で保持していた物を献上する。


「確かに受け取ったわ」


 ぶっきらぼうになりながらも、俺の左手から小さな箱を受けとる。俺が命を睹してまで届けたのは2m四方の箱。それもただの箱ではなく、中身は隣街で、有名なスイーツの『アイシクルケーキ』。『ニブルスミルク』と『カルバン砂糖』と『コルブスの卵』を合わせたクリームを『ケーブルスのシフォンケーキ』に乗せ、凍土で採れた新鮮な『甘味氷結』を全体にふんだんなく使った極上の一品。女子を始めとした若年層に人気。


 たかだかケーキの為に命を張るとかバカなのでは? と疑われても仕方がないが、主の命となれば奴隷の俺は従う他ないのだ。


「......『イチゴ』が崩れてるわね」


 何故か満面の笑みで俺に告げる主。あっ、これはマズイ奴だ。


「惜しかったわね。時間は守れても物を守れていないのじゃあ失敗と同じね」


 そして唐突な邪悪な黒い笑顔。口元を三日月上に吊り上げ、フフフと必死に笑いを堪えている。たかだかイチゴ。されどイチゴ。主がお気に召さなかったらそれは全て奴隷の俺の責任になる。


「どうか何卒寛大な主のご慈悲を......」


 無理とわかっていながらも主にすがる30代の大人。情けないかもしれないが、もう諦めたことだ。


「残念、無理ね」


 即効で判決が言い渡された。全身くたくたなのに......踏んだり蹴ったりで理不尽過ぎる。


 そのまま俺は有無も言えずに首に巻き付けられた鎖で屋敷の館内まで引きずり込まれた。


 『ボロボロの門』を超えて『廃れた屋敷』には俺と主の他誰もいない。かつての栄華を誇ったテスタメント家の姿はもう何処にも無かった。

 ギギギ、と擬音を交えた寂れた屋敷の門が閉ざされる音が何処か寂しさを醸し出していた。


これって本当に奴隷なの?と疑問符をお持ちの方もいると思いますが、私としても疑問が残る箇所があるのが事実です。この先はもう少し奴隷としての立場を際立てれるように努めます。

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