新しい人生
俺の人生は劇的に変わってしまった。この世界に迷い込み、訳のわからないまま独房生活を強いられ、そして今度は『奴隷』として人権無き生活を、余生を約束されてしまった。この右腕の刻印がその証。これから生涯死ぬまで俺はここで奴隷として牛馬として働かなくてはならない。
特定の誰かや不特定多数の為に働くことを拒んできた。もたらされるモノや結果がどうなるかは求めていなかった。自分の思うまま夢を追い求める冒険家を目指していた。なのに俺の人生の着地地点が労働力として最悪の形、結果となってしまった。
俺はもうこの運命から逃れられることは出来なくなった。この奴隷としての証である刻印を焼き付けられることで。
俺の右胸には龍のようなモノが象られた刻印が痛々しく刻まれている。何百℃もの熱で熱せられた鉄の棒を直接肌に押し当てられたことで刻印周辺の皮膚にも焦げあとが残っている。生きている限りは一生消えることのない傷。皮膚を除去すれば消せるかもしれないがそんな度胸も自由もない。
それが行われたのはこの屋敷に連れてこられた当日だった。ホワイトハウス並の規模の屋敷に連れてこられた時は空いた口が塞がらず淡い期待を寄せていたが、拷問部屋のようなところに入った瞬間に希望は砕け散った。
台の上で拘束され、猿轡で口を塞がれ有無も言えないまま無情に刻印を刻まれた。
その後納屋のようなところに放り込まれた。中には同じ境遇の奴隷が何人もいた。そして気持ちを落ち着かせる暇もなく俺は何人かの仲間と共に屋敷の裏の敷地の一部であろう森の開拓作業に投入された。ここで初めて自分があの二人の奴隷にされたのだと察した。始めにいたあの建物は大方奴隷商の奴隷の販売場だったのだろう。俺は知らない内に奴隷商の商品にされ、知らない内に買われていたわけだ。
毎日牛馬のように深夜まで働かされては納屋で僅かな睡眠と食事を与えられる。そして日が昇れば朝から晩まで働きっぱなし。奴隷商のところとこことではどちらが良かったのか。どちらも地獄であることに変わりはない。
動きが悪いと容赦なく監督者からの鞭打ちが入った。背中の皮膚は鞭打ちによる傷で抉れ生皮膚をさらけ出していた。傷が治る前に同じところに鞭を打たれ、与えられた奴隷用のローブは既に血で真っ赤に染まっていた。
それでも執拗に容赦なく監督者からの仕置きは続く。年齢などお構い無し。奴隷仲間の少年少女にもその魔の手は伸びていた。傷つき倒れる仲間に寄り添うと自分にも飛び火した。
傷の舐め合い。奴隷仲間同士で言葉は通じなくとも寄り添い合い苦難を共にした。
ここの奴隷の扱いは上手いのか、俺達が潰れるか潰れないかのギリギリをいつも攻められ、簡単には死ねないようになっている。生殺し状態。首をきつく閉められては少し緩められまたきつく閉められる。それの繰り返しだった。
肉体的にも精神的にも限界を遠に迎えていたが、それでも手を休めることも体を休めることも許されなかった。
肉体の疲労、傷病は監督官若しくは俺達の『雇い主が直接手当て』に当たっている。勿論それも『魔法らしき』力を使って。なので俺達に付けられた外傷や作業に影響が出るような疾病は全て完治されていた。
そして精神に関しては時折心優しく接触してきて、手厚い恩恵を受けれる時もある。中には功績が認められ奴隷の中でもそれなりの地位に登りつめている者もいる。監督官などがそうだ。ようはアメと鞭。微かな希望を敢えて見せることで意欲を削がさない。それがほとんど叶わない希望であっても。
だから仲間の奴隷は誰一人として逃げ出そうとも、自害しようともしない。貧相だが最低限の衣食住は確立されており功績が認められば昇格もあるからだ。そこのところは俺の知る奴隷制度とそこは少し違った。尤もここだけのことかもしれない。
しかしながら俺だけが他の奴隷とは違った。いつかここの連中に報いを与える気なんかない。功績が認められばある程度ならば扱いが変わるのならば、上手く立ち回っていったほうが余程建設的だからだ。
そして、本題の俺の言いたい『他とは違う』というの体質みたいなものだった。
『俺には魔法が効かない』
これが最大の理由であり最大の欠点であった。
ここでの治療は全て魔法頼み。塗り薬や手作業での治療は皆無に等しかった。つまり俺だけが治療を受けることが出来ずに生傷を増やしていく一方だったのだ。風邪を引けば当然治るまで寝たきり。骨折等をしてもずっと放置。
ようは俺は使い物にはならないのだ。他と同じように働かせれて傷ついても自然治癒に頼るしかなく、ここでの労働力としては最低。
仲間の奴隷が気を使って看病をしてくれているが、作業がメインであるため就寝の時ぐらいである。
たまに監督官らしき人物達が俺のことを観察しては紙に何かを書き記していた。
そんな生活を続けて気がつけば一年が絶っていた。
言葉のほとんどは未だに解らない。精々解るのは簡単な挨拶やちょっとした単語。
『起きろ』『働け』『飯だ』『立て』『休憩だ』『寝ろ』『見せろ』
これもはっきりと判別出来ている訳ではない。相手の身振り手振りや、口の動きかたや大体のニュアンスで判断しているだけに過ぎない。だから会話や長々と早口で喋られてはお手上げ。俺の意思を伝えることもできない。
前途多難な日々を過ごしている中、いつものように私有地の開拓に明け暮れていた俺の元にあの夫婦がやってきた。
『来い』
恐らくそう言っていたのであろう。夫婦は俺についてくるように命じ、ボロボロの肌着を身につけたまま雇用主達の屋敷に足を踏み入れた。奴隷商の館よりも広いホール。天井までの高さは5m前後はあるだろう。昼にも関わらず絢爛に光輝く金銀色の装飾に彩られたシャンデリア。中央の階段は二階に続いており、二階の空中通路の先には幾つもの扉がある。一回にも同様に扉が複数。
白い床のタイルの上には赤い絨毯が引かれ、玄関から直ぐの左右の扉と中央階段に続いている。屋敷の白い壁には絵画が飾られている。油絵や風景画、そして夫婦の肖像画。
館に連れてこられた俺はそのまま中央階段から二階に上がり、階段に一番近い扉から更に先に進む。扉の先の通路からは屋敷の中庭が一望出来る。
とても物静かな中庭で、野鳥等が群がっている。これだけ見ればとても裏で奴隷達が血と汗と涙を流しているとは到底思えない。
そして夫婦は二階の通路の一室の前で足を止めた。一室の扉を開け中に入るように促す。中に入った俺の目に写り混んできたのは部屋中に散乱されている人形や本やオモチャであった。
ピンク色のキングサイズのベッドに白いレースのカーテン。吹き抜けとなっている天井からは空を見上げることも出来る。壁紙には動物のような絵柄が書かれている。落書きも多々ある。
物の散乱状況や部屋の風景から一目でここが子供部屋だと判断した。子供部屋にしては間取りが広く無駄なように思う。
部屋に入った俺の背後で扉が閉められる音と鍵の掛かる音が聞こえた。鍵穴が見つからずこれも魔法でロックされているようだ。魔法が効かない俺だがそれはあくまでも自分自身に対してのみ。物体に働いている魔法に関しては介入出来ないのもこの一年で把握した。
閉じ込められたことも去ることながら、何故ここに閉じ込められたかの方が気になった。使い物にならなくなり処分するのならば子供部屋に閉じ込めたりはしない。夫婦は何を考えているのか。
暇を持て余した俺は散乱されている本の内の一冊を手に取りパラパラと流し読みしてみた。どうやら絵本のようで、左のページに絵。右に文章が綴られていた。残念ながら内容は解らない。同様に絵の方も何の絵なのか解らない。
周囲に気を配らず不用心に本などを読むのが間違っていた。俺の立場とここが何処なのか忘れていたわけではないが、子供部屋に限ってそんなことはと甘い考えを持っていたせいでもある。
風切り音が聞こえてきた俺は頭上を見上げる。するとすぐ目の前に巨大なブーメランのような形をしたナニかが迫ってきていた。
反応が間に合わず俺の首にブーメランのようなナニかが命中した。しかしダメージは何もない。当たると同時に消滅していた。後退りする俺にまた今度は先ほどのものと同規模のものが無数に降ってきた。
横飛びして物陰に隠れる。ブーメランのようなナニかは戸棚や床等を切り裂いて再び消失。命中したら消えるみたいだ。だけどその切り口はとても鋭く鮮やか。切れた部分と本体をくっつけたらくっつくのではないかと思うほどに。
それを見た俺は冷や汗と悪寒が止まらなかった。そんなものが平然と俺の首に命中したからだ。もし俺に魔法が効かないというアドバンテージがなければ俺の首は床に転がっていたであろう。
それよりもそんな危険なモノを放ってきたのは誰なのか。作業であったもここまで直接的に命の危機に瀕するようなことはない。
すると俺の足元に俺のものとは別の影が形成され、それが徐々に大きくなってきていた。天井を見上げると遥か上空から日光を背に小さな女の子がゆっくりと空から降りてきていた。落下ではなか階段を下りるような感覚で空中を歩いていた。
ありえない。幾ら魔法であっても空中に浮遊するなんて。規格外すぎる。一体どういう理屈で浮いている......いや、歩いているんだ?
初めは小さかった子供の姿も近づくにつれて、背丈や着ている服から容姿まではっきりと視認できるようになった。
銀色の長髪を靡かせ若干釣り目がちだが年相応の幼さがあり、透き通るような白い肌に碧い瞳。俺は相手が子供にも関わらず目を奪われた。
フリルがついたネイビーブルーの半袖のゴスロリというような服を着ている。スカートだから下りてくるときにスカートの中が普通に見えていたのは内緒だ。
少女は吹き抜けの天井を通過し、俺の前に静かに下り立った。そして口元を吊り上げ邪悪な笑顔でこう言ってきた。
「『新しいオモチャ』」
正確にはそう言っているように聞こえただけ。これが後に俺の『主人』となる『アリシア・テスタメント』の最初の出会いだった。彼女との出会いから10年の歳月を経て、俺のこの世界での物語は本格的な始まりを告げることになる。
導入はここで終わりですね。次から本編に入っていきます。作者のセンスの無さは許してください。